第十七章 〜 スメル ライク イブ 〜
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磯野さんが震えてる。僕も震えてる。玄関の土間から目の前の磯野さんを見ると、僕より身長が高くなる磯野さん。震えながら頭を下げるとおでこが僕の頭に当たった。ヘルメット越しでお互いに震えている。何か雫が落ちてきている。目の前に灰色のカーテンが小さく震えている。カタカタと震えながら僕らは立ちすくんだ。ただ、立ちすくんだ。
灰色のカーテンはかすかに甘い匂いがした。目の前にいる磯野さんが自分のような気がする。鏡に頭をつけているような、自分が目の前にいる。カタカタとかすかに聞こえるそれは、まるで時計のようだった。まるで世界が震えているようだった。
僕は何も考えられず、ただ、帰るしか出来なかった。一度も振り返ることはなかった。