第十三章 〜 ハグルマ 〜
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「おはよー!」
教室に響き渡る大きさの声を出して、いつきが入ってきた。
周りが、おはようと言い返す言葉を振り切るように、
「せいたろう、磯野さん、おはよう!磯野さん!!聞いたよ、せいたろうから!!詳しく話したいからあとでまた来るよ!あとさ、カセットデッキ持ってきたから帰りに渡す。先生に見つかるとやばいから隠してあるんだ。じゃぁ、俺、一限目音楽だし、行くわ。んじゃね!」
いつきが教室から出ると、ますます皆がコソコソとこっちを見て何かを話している。下を向いて目だけで気付かれないように磯野さんを見ると、ノートを机にしまったり、一限目の準備をゆっくりとしている。まるで何も聞こえていないようだった。
お昼までの間、僕と磯野さんは何も話さなかった。教科書を貸すため、机をつけているのに、何も話さなかった。「ここから・・・」とか「今、この本授業でやってるんだ」とか、一言だけ。
いつきは授業の合い間に来ては、音楽のピストルズのことだったり、用意したカセットテープには、何を入れただの、僕にはついていけないことばっかりを話していた。僕はいつきと磯野さんが話す中にはいたけど、頭の中はずっと朝の通学のことでいっぱいだった。あとで気付いたけど、磯野さんがノートで何かを書いて会話することは無かった。