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ボート部を引退しても5人は仲良しだったが、悦子は進路を決めかねていた。さんざん迷った挙げ句、出した結論は東京の写真専門学校。あの全国大会で悦子は仲間たちのレースを軽い気持ちで撮影して以来、すっかりカメラの魅力のとりこになっていたのだ。幸雄は「寝言は寝て言え!」と早速カミナリを落としたが、キヌが「子供には子供の人生がある」と味方になってくれたから、なしくずし的に認められた。悦子は根本のお好み焼き屋でバイトを始めて、学費を貯めはじめた。
卒業式まではまたたく間だった。仁美は悦子たち1人1人に花束を手渡すと、女子ボート部を復活させてくれたことを改めて感謝した。「もう一度こぐ楽しさ、教えてくれたんはみんなよ」。大野も「教えるつもりがめいっぱい教えられたわ」とうなずいた。悦子たちは卒業証書と花束を持ったまま、3年間の思い出がいっぱいつまった艇庫へ向かった。「ほいじゃ、青春の記念に」。ユニフォームに着替えるとボートをこぎだした。みんなの脳裏にこの3年間のさまざまなシーンがよみがえった。「悦ネェがおったから、私らやってこれたんよ」「大好きや、キャプテン」。悦子はこみ上げてくる思いをこらえて「オールメン、ご苦労さまでした」と言うのがやっとだった。5人を乗せたボートは青空の下、いつまでも波間を揺れていた。
出発前夜、荷物の整理をしていると久しぶりに浩之が現れた。「俺、船乗りになる」浩之は東京の商船大学を選んだ。そして戸惑いをふりきるように告白した。「俺はこれからもずっと悦子のことだけ見とる。誰かそばにいてほしくなったら、いつでも連絡くれ」。悦子にとっては初めての告白だ。浩之はドギマギする悦子の手にそっとメモを握らせた。翌朝、悦子は背中を向けたままの幸雄に「行ってきます」と声をかけると、家を出た。定期船の甲板から悦子が港とぼんやりながめていると、見送りの人並みの中に幸雄の姿を見つけた。「お父ちゃん」。しかし幸雄は身動きしない。「悦ネェ!」。堤防を利絵たちが駆けてくる。「がんばっていきまっしょいーっ」。姿が見えなくなっても悦子は手を振りつづけた。「しょい」。つぶやく悦子の顔は輝いていた。悦子のレースはこれからだ。 |
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