第十六章 〜 グリーフ 〜
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磯野さんはその以降、ずっとうなずくだけだった。今日は誰の目も気にならなかった。学校へ近づいて、生徒が何人か見えてくると、磯野さんが「ありがとうございました」という文字と一緒にタオルも返してくれた。少し血がついていたような気がしたけど、僕はバッグにすぐに入れて気付かないフリをした。下駄箱で履き替えているといつきがやってきた。
「二人ともおっはよーす!磯野さんどうだった?ピストルズかっこよかったでしょ!」
いつきがそう言った時、磯野さんが少し止まった。真新しい上履きを持つ手が止まった。
「いや、まだ聞いて無いんだってさ。お父さんが帰ってきて片付けとか手伝ったら時間無かったみたいなんだよ。」
「そっか、じゃぁ今日こそ聴いてみてよ!すっげーかっこいいからさ!」
いつきにそう伝えながら視線の横の方で磯野さんを見ると、上履きを履いている。それはいつも通りの磯野さんだった。壊したことは言わない方がいい、今は言うタイミングじゃないって何か感じた。メモで書く前に僕はそう言った。