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放課後になっても悦子は図書室でぼんやりと時間を過ごすようなった。見かねた三郎が「ええ暇つぶしになるぜ」とカメラを手渡してくれた。「同じ風景が違って見えるんや」「ありがとう」。数日後、悦子の部屋に仁美が利絵たちを連れてやって来た。「練習にも琵琶湖にもできる範囲でええから来てもらえんやろか?」。悦子はうれしさよりみじめさがこみ上げた。「雑用係、やれ言うことですか?オール持てんなら意味ないです」。誰にも目を合わせようとしない悦子に、みんなはもう何も言えなかった。
ぼんやりと帰路に着く悦子に浩之が声をかけてきた。「乗れや、後ろ」。悦子のかばんを自分の自転車に乗せると、強引に悦子を自転車の後ろに乗せて艇庫に向かって走り出した。「今のお前、ただただ後ろ向いてつまらなさそうや。きちんとイージーオールせんと、次のレース始まらんやないか」。浩之の優しい声は悦子の心にしずかにしみいった。
全国大会の朝がきた。「みんな、頑張ってほしいなあ」。今ごろは会場へ向かうバスに揺られているだろう。家族と朝食の卓を囲んでいた悦子のほおをいつしか涙が伝わっていた。「みんなが頑張るいうときに、私、何しとるんやろ」。悦子が泣きながらご飯を食べていると、突然幸雄が大きな音を立てて茶碗を置くなり「オレは満足ぞ」と声をあげた──。
幸雄は一言ずつかみしめるように言った。「そんな風に仲間を思いやれるだけで、オレは満足ぞ」。それは大会に出場することよりも、レースに勝つことよりも大事なこと。「なのにボート好きという気持ちにまで背ぇ向けるんか」。悦子は再び涙があふれてくると「今でも好きや」としゃくりあげた。「行くぜ琵琶湖」。幸雄が部屋を出て行くと悦子もはじかれたように立ち上がった。キヌ(花原照子)、友子(市毛良枝)、法子に見送られて悦子は幸雄の車に乗り込んだ。目指すは全国大会の行われる琵琶湖。こうして松山第一クルーにとって、生涯忘れられない1日が始まろうとしていた。 |
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