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翌朝、浩之は悦子に謝ろうとするがきっかけがつかめない。ぎくしゃくした空気の中、仁美がうれしい知らせを届けてくれた。昨夜のOB会でボートの修理代のカンパが集まったのだ。喜び勇んで悦子はちえみに手渡そうとしたが、ちえみは「いらんから、このまま練習手伝うて」と受け取らない。しかも悦子が「私らも練習せんと」ともらすと、ちえみは「必要ないやない」と応じた。新海と松山第一ではボートのレベルが違う。悦子たちのボートはただ暇つぶしの部活と決めつけたのだ。「同じボートこいでてもあんたらとはまるきり違う。どうしても嫌いうなら、頭下げて。ほうしたらもう手伝わんでえぇ」。
悦子は悔しさを押し殺すと、ちえみに向かって「本当に申し訳ありませんでした」と頭を下げかけた。その瞬間、浩之が「もうえぇ、やめろ」と制止するとちえみをにらみつけた。「みんなオール持つ意味があるんじゃ。こいつらの何知っとんじゃ!」。浩之は悦子たちがどんなに熱い思いでボートに取り組んでいるかを一気にまくしたてた。「馬鹿にしたら許さん」。それでもちえみは怯まなかった。悦子たちに向き直ると「じゃあ、次の試合で私らに勝ってみせて」と言い捨てるとその場を去った。誰も何も言えなかった。大野と仁美は遠巻きにその様子を見ていた。まだどこかぎこちない空気だが、2人も小さく微笑みを交わした。
数日後、悦子はためらいながらも浩之に礼を言った。「うれしかったんよ。あんなふうに言ってくれて」。「そんなんえぇからもう許してくれ!ほんとはずっと悪いなぁとおもっとった。怪我させてすまん!」真剣な仲直りはどちらも照れくさいから、結局はいつものふざけあいになったが、2人とも晴れやかな顔になった。
そんな矢先、悦子は利絵から思いがけない告白をされた。浩之のことが好きだという。「だから悦ネェと仲良うしてるとこ、見てられん」。そういえばトレーニング中でも利絵は浩之の姿を目で追っていることがあった。悦子と利絵は浩之をめぐって対立したわけではなかった。秋がすぎて、冬がきて、年内最後の練習日を迎えても2人は相変わらず仲良しのままだった。しかし年頃の女の子の心理は簡単に割り切れるものではなかった。少しずつ何かが微妙にきしみつつあった。そして新学期、女子ボート部にも2人の新入部員がやって来た。先輩になった悦子たちは次の大会目指してトレーニングを再開した。
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