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仁美と悦子の口論を耳にした大野が割ってはいった。悦子は憤然と階下に降りていくと「あの人のいないうちに海に出よう」と言い出した。仲間たちは一瞬ためらったが、大海原で思うぞんぶんボートをこぎたい気持ちは一緒だったから、5人そろって砂浜へ向かった。その頃、部室では大野が仁美の指導方法にクレームをつけていた。「理屈が先やと楽しい気持ちがのうなってしまう」。仁美も大野の男子部の選手起用に異をとなえた。「もっとチーム全体見たほうがええと思う」「人のやり方に口出しするな!」。
2人がにらみあっていると、悦子たちが勝手にこいでいったことを浩之と三郎が知らせにきた。「いつもと違う方、こいで消えていきよった」。大野と仁美の顔色が変わった。心配した福田(相島一之)と佐野(菊池均也)も駆けつけたが、悦子たちのボートは戻ってこない。悦子の家にも連絡が入ったが、幸雄は妻子の手前「まだ遭難したとは決まっとらん」と努めて平静を装った。
大野の怒りは仁美に向けられた。「お前はただ俺が心配だっただけやろ?」。夫が男子部のコーチにのめりこむのが心配で、監視するために仁美も女子部のコーチを引き受けたのだと。しかし仁美は悲しげに首を振った。「あの子たち見て、戻りたいて思た」。大野との結婚を機に一度は諦めたボートへの熱い思いを悦子たちが呼び起こしてくれたのだ。「もう一度、あの頃に戻りたいて思た」。仁美は夫がボートでケガしないかと心配するだけの日々を選んだことを後悔していた。だからコーチを引き受けた。「本気でやろう思たんよ」。妻からの意外な告白に、今度は大野が驚くと同時に戸惑った。
その頃、水平線の彼方に沈む夕陽に見とれていた悦子たち5人は、エルゴメーターの特訓の成果をしっかりと感じていた。オールがきちんと渦巻きを作ってたし、なによりも楽にこぐことができた。「あの人の言うことちゃんと聞いて。ボートもっとうまくなりたい」。悦子の言葉にみんなしぜんとうなずいた。「帰ろう」。夕闇迫る海上に5人の「ロー、キャッチ」の掛け声が響いた。
海岸には通報を受けてパトカーも待っていた。戻ってきた5人は「何の騒ぎ?」と驚いたが、事情を知るにつれて自分たちの軽率な行動にうなだれた。「大事なのは基礎やいう話、わかった気ィしました」。悦子が仁美に謝ると他のメンバーも頭を下げた。しかし仁美は「さんざん心配かけて。あんたたちにはもう何も教えん」と言い捨てると憤然と立ち去った。追いかけた大野は「俺たち、別々にやった方がええのかもしれん」と迷う胸の内を仁美に伝えた。そして悦子たちの騒動は男子部の怒りもかった。レギュラーを交代させられた窪田(田中琢磨)が無念な気持ちをこらえて浩之に譲ったオールを無断で使っていたのだ。「俺らのボート用具、一切使うな!」「お前らとはようやらん。艇庫から出ていけ!」。
コーチからも男子部員からも絶縁状を叩きつけられた悦子たちは、夜の砂浜で呆然と立ち尽くした。
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