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3レーンの悦子たちはボートをスタート台にぶつけた。その様子を隣りの2レーンからちえみ率いる新海高校チームが冷ややかに見ている。そして1レーンは宇和松女子だ。「スタート!」。ところが悦子たちはいきなり斜めに出てしまい、あわや新海のボートと接触しかかった。「お嬢さんクルーに負けるな」。ちえみがゲキを飛ばすと新海のボートはみるみる加速していく。かたや悦子たちは気が焦るばかりでオールの動きがバラバラ。新海と宇和松女子に大きく引き離されて、完全に一艇だけ取り残された。
ゴール近くの応援席で見ていた仁美は「最悪や。あの子たちにはまだ無理や」と思わずつぶやいた。すると隣りの根本は「あるのはゴールのゴール。スタートのゴール。ふたつだけ」ともらした。レースには終着点としてのゴールと、次の一歩に踏み出せるゴールがある。「どうゴールするかは、あの子ら次第じゃ」。根本のつぶやきには願いがこもっていた。
新海と宇和松女子はすでにゴールしたのに、悦子たちはようやく5百を超えたばかり。それでも少しずつオールがそろってきた矢先、利絵がシートを飛ばした。ボートはみるみる失速していく。今度は真由美が小さな悲鳴をもらした。オールを流してしまったのだ。
応援席は静まり返ると、やがてざわめきが広がっていった。審判艇が悦子たちのボートに寄ってくると「棄権しますか?」とレースの続行をたずねた。諦め気分になった悦子がふと目を上げると、応援席にじっとこっちを見ている父幸雄の姿に気づいた。「みっともないレースしよって」。去っていく父親の背中を見ているうちに、悦子の中に悔しさがあふれだしてきた。「ほんとはサボっとったんよ」。悦子は特別メニューをこなしていなかったことを仲間たちに告白した。「みんなに嘘ついた。ここでやめたら本当に負けや」。悦子の気持ちは仲間に通じた。「もう逃げんよ。がんばっていきまっしょいっ」。会場からわき起こった手拍子に包まれながら、悦子たちのボートはふらつきながらもなんとかゴールした。
レース後、敦子は編みあげた四足の靴下を仲間たち1人ずつに手渡した。これで5人そろうのは最後としんみりしていると、敦子はきっぱりと言った。「あんな負け方して、このままでは辞められん。勝ちたい」。ひどいレースだったが、それはまぎれもなくスタートのゴールだった。そして絆を強めた5人の前に仁美がやって来た。「教えるけん、ボート、あんたたちに」。悦子たちは驚きのあまり何も言えなかった。
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