|
初めて見る船上からの景色が悦子の目にはまぶしい。「それじゃ、千本こぎいきます」「オーリャ!」。悦子の役目は百ずつ数えて大声でコールを入れていく。ひたすらこぎ続ける部員たち。ボートはぐんぐん加速していく。波が高くボートが揺れた瞬間だった。オールに手をはじかれて、悦子は持っていたカウンターを海中に落としてしまった。「すみません」。うなだれる悦子の耳に「乗せたんが間違いじゃ」のつぶやきが聞こえた。ボートが浜辺へ引き返しだした瞬間だった。悦子はいきなり体操着のまま海中に飛び込んだ。
悦子は福田から「勝手したらいかん」と叱責されてうなだれた。「漕ぎたいんです。ボート…」しかしよりこたえたのは仁美の言葉だった。「ようおるんよ。何やつまずいて逃げるようにしてこの部に入ってくる子たち」。青い空と広い海は嫌なことを忘れさせてくれそうに見える。「でもボートはそんな甘いもんやないよ。ナメんといて」。
ボート部員行きつけのお好み焼き屋でも悦子のしでかした騒動でもちきり。夫の満(小日向文世)が黙々と焼く隣りで、妻の緑(友近)は男子部員たちのおしゃべりに「ほいでどないなったん?」と興味津々。意気消沈して帰宅した悦子はキヌに「どんなにやりたくても、やれんこともある」とグチをこぼした。昼間の一件で女子ボート部の夢が遠のいたのは間違いない。「こんな思い、姉ちゃんやったら、せんのやろね」。悦子が思わず声をつまらせるとキヌはさりげなく言った。「牛は牛なり、馬は馬なり。どっちも立派に人の役に立つ。比べることないぞね」と。
すっかり元気を無くした悦子は真由美が三郎に告白する場面に出くわす。真由美は三郎にふられたものの、悦子はその勇気に驚いたが、真由美は「自分をごまかすより後悔はないから」と悪びれた様子はみじんもなかった。悦子の胸の中で何かがふっきれた。放課後、帰り支度をしているクラスメートたちに宣言した。「皆さん、女子ボート部、作ろ思います。我こそはと思う人、入ってください」。
悦子は隣りのクラスにも向かった。ケータイをかけていた多恵子が「うざいなあ、はよう出てって」と食ってかかってきたが、三郎とふと目のあった悦子は勇気をふるいたたせた。「やりたいんよボート。その場しのぎの毎日は嫌や。深い、深い友達がほしい。濃い、濃い高校生活を送りたい」。いつしか利絵も多恵子も敦子も真由美も、悦子の熱い叫びにじっと聞き入っていた。
悦子が艇庫前でスペアのボートを磨いていると、利絵が歩み寄ってきた。「篠原さん言うたこと聞いて、私も思たんよ。ボート、乗れるん?」。うれしくて艇庫へ行こうとした悦子を呼び止める声があった。「ああまで言われちゃぁ、いっぺん乗ってみな」「あんなに頑張ってる篠村さん、ほぉってはおけんよ」。真由美と敦子も微笑んで悦子を見ていた。伝説の女子ボート部がこうして始まった。けれど出航するにはまだまだ問題が山積みだった。
|
|