第二章 〜「せ」と「い」〜
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方舟が喋った。つなぎ合わされた機械の声で、おばあちゃんのようなこどものような、男なのか女なのかわからない声で答える。山びこのように僕の心臓が揺れた。手のひらには汗がぐっしょりだった。
「相手はいますか?」本当に方舟に乗る時には動物たちはこんな質問をされたのかもしれない。初めて話したばかりのいつきを信じて、信じるしか無かった。僕は続ける。
「・・・・・相手、欲しい。」
「・・・・・・アイテ ハ イマス イブ ガ マッテイマス ドウゾ」
こんなとんちのような、ふざけた答えを誰が想像出来るだろうか。「開(あ)いて欲しい」と「相手が欲しい」。パスワードの理由も、何もかも僕は知らなかった。なぜ僕かは分からないけど、もう始まってたんだ。今思うと。
そして扉が音も無く開く。とても大きな扉なのに音も無く静かに開く。内側から風が吹く。鉄を溶かしたような、でも森の樹が雨に濡れたような、前に一度出会ってるような不思議な匂いがした。目の前には、方舟があって、僕が立っている。そして扉は閉まる。人は誰もいない。白い大きな砂利が敷き詰められている無限のような敷地の少し向こうに、瓦屋根の家がある。知らなかった。方舟の中にこんな家があったなんて。
そこがいつき住むの家だった。