第九章 〜スピーク〜
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そういった瞬間、磯野さんはものすごい速さで袖を隠した。丸い赤鉛筆がコロコロと回りながら下へ落ちる。そしてそのまま、両手をヒザに乗せて、黙ったまま動かなかった。
「・・・・あの・・・・赤鉛筆落ちたけど・・・・」
反応は無い。頭の中は真っ白だった・・・慌てて赤鉛筆を拾って、磯野さんの机に戻した。でも芯が折れてしまっている。
「・・・折れちゃってる・・・僕の良かったら使っていいから。こ、ここに置いておくから・・・」
でも、それから、一度も両手は動かない。僕はなにがなんだか分からずに、顔を動かさずに横顔を何度も見た。でもダメだ、髪の毛で表情がわからない。なんだ?僕が何かしたのか?・・・あれはなんだったんだろう、シワにしては違和感はあったけど・・・なんであんなこと言っちゃったんだ・・・どうしていいか分からないまま、時間が過ぎていった。僕に出来るのは、何事も無かったようにノートに書き写して、教科書をめくって行く。ただ、それだけだった。授業が終わる時に、一言、
「・・・いいの?ノートに書かなくて・・・」
って聞いたけど、磯野さんは黙ったままだった。
「ノート・・・いつでも見せるからさ・・・じゃぁしまっちゃうよ・・・?」
お互い下を向きながら、僕は机を離していく。段々と教室も話し声が響き始めた。お爺ちゃんが教室へやってきて、改めて、磯野さんと仲良くするようにと説明している時も、僕と磯野さんは下を向いて何も話すことは無かった。なにかとんでもない失礼なことを言ってしまったようで僕はますます塞ぎこんでいた。でも、幸いにも、いつきがすぐにやってきた事で救われた。