月日 |
出来事 |
解説 |
1月 |
イギリスで「コンピュータ・ゲーム」がシングル・カットされる。 |
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1979年
12月31日
〜
1月5日 |
FM東京で、11月6日のボトムライン(ニューヨーク)公演がオン・エア。 |
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2月3日 |
フジ・カセットのCF撮影が行われる。(東映、大泉撮影所) |
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2月7日 |
高橋ユキヒロ、ソロ・アルバムのレコーディングを開始。(CBSソニー 六本木スタジオ) |
このアルバムは、4月2日の終了時までに、のべ170時間かけて制作されている。参加ミュージシャンは、細野晴臣、坂本龍一の他、鮎川誠、松武秀樹、大村憲司、立花ハジメ。
高橋は、「僕個人のアルバムは、YMOの延長線上として考えてくれてもいいし、YMOが嫌いな人に受け入れられるような要素もあると思う。」と語っている。 |
2月21日 |
ライブアルバム「パブリック・プレッシャー」(アルファ)発売。
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1979年のトランス・アトランティック・ツアーのロンドン(ヴェニュー)公演、ニューヨーク(ボトムライン)公演、およびロサンゼルス(グリーク・シアター)公演を収録したYMO初のライブアルバム。
アルバムタイトルの通り、レコード会社の契約の関係で、渡辺香津美のギタートラックがカットされており、代わりに坂本龍一のシンセサイザーに置き換えられている。 |
3月4日 |
坂本龍一、NHK朝のニュース番組用の音楽をレコーディング。(NHK、509スタジオ) |
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3月7日 |
フジ・カセットのポスター「音楽は増殖を始めた」が貼り出される。 |
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3月10日 |
「オリコン」誌のアルバム・チャートで「パブリック・プレッシャー」が1位を獲得する。 |
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3月14日 |
フジ・カセットのCFがオンエアされる。 |
CF曲は「テクノポリス」。 |
3月21日 |
<TECHNOPOLIS 2000-20>
初の国内ツアー「テクノポリス2000-20」を開始。
愛知勤労会館公演
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サポート・メンバーは大村憲司(ギター)、橋本一子(キーボード)、松武秀樹(コンピューター・マニピュレータ)の3人。
渡辺香津美に代わって大村憲司がギタリストとして起用されたほか、キーボードも矢野顕子が出産のため、サイエンス・フィクションの橋本一子が起用された。
このツアーでは「ナイス・エイジ」、「シチズンズ・オブ・サイエンス」、後に高橋ユキヒロのソロ・アルバム「音楽殺人」に収録された「コア・オブ・エデン」などの新曲を披露した。また、コスチュームも赤い人民服から、紫のスーツに代わっている。(アンコールでは、赤い人民服に着替えて登場)
オープニングには、フジ・カセットのCFが上映されていた。 |
3月22日 |
ヤマハ渋谷店で行われたイベントに松武秀樹が出演。YMOサウンドについて語る。 |
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3月23日 |
ヤマハ渋谷店で行われたイベントに坂本龍一が出演。相倉久人と対談する。 |
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3月25日 |
Phewのシングル「終曲」(トリオ)発売。
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坂本龍一がプロデュース、アレンジ、演奏を担当。ドラムも演奏している。
”Phew+坂本龍一”の名義で発売された。このシングルは、インディーズとして画期的なセールスをあげる。
B面は「うらはら」。 |
3月26日
〜27日 |
瀬戸龍一のコンサートに、細野晴臣がゲスト出演。(渋谷、西武劇場) |
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3月31日 |
<TECHNOPOLIS 2000-20>
仙台市民会館公演
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このコンサート終了後、ギターの大村憲司が感冒性内耳炎の恐れがあると診断されたため、ツアーメンバーから外れる。この後の公演は、鮎川誠、サイエンズ・フィクションの藤本敦夫、ローディの藤井丈司がギタリストをつとめた。 |
4月1日 |
<TECHNOPOLIS 2000-20>
秋田県民会館公演
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ギタリストは藤井丈司。 |
4月4日 |
<TECHNOPOLIS 2000-20>
広島郵便貯金ホール公演
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ギタリストは藤本敦夫。 |
4月5日 |
<TECHNOPOLIS 2000-20>
福岡市民会館公演
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ギタリストは鮎川誠。 |
4月7日
〜8日 |
<TECHNOPOLIS 2000-20>
大阪毎日ホール公演
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ギタリストは藤本敦夫(7日)、大村憲司(8日)。
8日に大村憲司が復活。YMOのライブでは、楽器のほとんどがシンセサイザーでラインアウトされるため、コンピュータのシグナルをヘッドフォンでモニターする必要がある。これを内耳炎で弱っている耳で聞き続けると危険という判断から、大村憲司は大事をとっていた。 |
4月9日 |
<TECHNOPOLIS 2000-20>
神戸国際会館公演
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ギタリストは大村憲司、鮎川誠。 |
4月11日 |
<TECHNOPOLIS 2000-20>
京都会館公演
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ギタリストは大村憲司、鮎川誠。 |
この日発売の雑誌「ぴあ」でYMOが表紙になる。 |
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4月13日 |
<TECHNOPOLIS 2000-20>
東京NHKホール公演
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ギタリストは大村憲司、鮎川誠。
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4月15日 |
<TECHNOPOLIS 2000-20>
札幌厚生年金会館公演
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ギタリストは大村憲司、鮎川誠。 |
4月21日 |
フジ・カセットのポスター「音楽はいつも先兵だ」が貼り出される。 |
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4月23日 |
どうしようもなく世界一/写楽 IN 武道館
*小学館、雑誌「写楽」創刊記念イベント*
イエロー・マジック・サーカス
(東京、日本武道館)
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サポート・メンバー:
松武秀樹、大村憲司、鮎川誠、橋本一子
イベント出演者:
咲坂守(小林克也)、畠山桃内(伊武雅刀)、生島ヒロシ(司会)、シーナ&ロケッツ、EX(梅林茂、羽山伸也)、サンディ、久保田真琴、スーザン、近田春夫、クリス・モスデル、村井邦彦、川添象郎他
「イエロー・マジック・サーカス」と銘打って行われた武道館でのイベント。シーナ&ロケッツのライブ(当初はシャネルズの予定だったらしい)、YMOによるキングストン・トリオのパロディやギャグによって構成されたが、制作上の意図が観客に伝わらず失敗に終わった。(ラスト40分のYMOのライブは大盛況)
公演終了後に、坂本龍一が「YMOの演奏は、NHKホールでやった直後だったので、武道館ではギャグをやることがメインだったんだけど、分かってくれた人は少なかったみたい。本当にサイケな体験だった。」と発言しているように、送り手と受け手とのギャップを感じさせるライブであった。
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4月24日 |
NHK「朝のニュースワイド」で「YMO特集」と題して、前日の武道館公演の模様を放送。 |
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4月25日 |
フリクションのアルバム「軋轢」(トリオ)発売。 |
坂本龍一プロデュース。 |
4月26日 |
パス・ツアー'80でのPhewのライブで坂本龍一が後藤美孝とともにバックをつとめる。(青山ベルコモンズ) |
坂本龍一はスウェット・スーツを頭からすっぽりかぶった姿で登場。 |
5月1日 |
南佳孝のアルバム「モンタージュ」(CBSソニー)発売。 |
坂本龍一がアレンジ、細野晴臣と高橋ユキヒロが演奏で参加。 |
5月4日 |
4月13日に行われた<TECHNOPOLIS 2000-20>NHKホール公演の模様が、NHKーFMでオンエア。 |
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5月7日 |
フジカセット・セレクテッド・アーティスト'80スペシャル
*FM東京開局10周年記念公開録音*
(新宿、東京厚生年金会館) |
サポート・メンバーは大村憲司(ギター)、橋本一子(キーボード)、松武秀樹(コンピューター・マニピュレータ)の3人。
2000人の観客は全て招待。
富士フィルム提供によるこの番組で、ライブの模様を2週(6月9日と16日)にわたって放送した。
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5月26日 |
フジ・カセットのポスター「音楽は磁世紀に入った」が貼り出される。 |
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6月 |
坂本龍一、ソロアルバムのレコーディング開始。 |
大村憲司とグンジョーガクレヨンの組原正がレコーディングに参加。 |
6月2日 |
フジテレビ「夜のヒットスタジオ」に出演。 |
YMOとして初のテレビ出演。「テクノポリス」と「ライディーン」を演奏。 |
6月4日 |
ファッション・ショー「'80コレクション・オータム&ウィンター・バズショップ・ブリックス」で、高橋ユキヒロデザインの作品15点を発表。(芝、白金迎賓館) |
BGMにはYMOが使われる。 |
6月5日 |
ミニLP「増殖」発売。
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当初は「パブリック・プレッシャー」の続編になるはずだったが、細野晴臣が「僕なら絶対買わない。特に選りすぐったものを1枚出したんで、後は二番煎じになっちゃう」と言うように、メンバーはあまり乗り気ではなかった。
そこで企画されたのが「増殖」である。桑原茂一が率いるスネークマン・ショウとのコラボレーションによって制作された本作は、「ギャグのコンセプトに合わせて流れを作った。「ジャパニーズ・ジェントルマン・スタンダップ・プリーズ」っていうのは、前後の英語のギャグに曲を近づけて作った」という坂本龍一の発言からも分かるように、非常に企画性が高いアルバムである。
ジャケットは、もともとフジ・カセットの宣伝用ポスターのために撮影されたもので、人形は各メンバーにつき約100体、合計300体以上が制作された。この”増殖人形”を作成したのは、市田喜一で、エクアール樹脂で出来ている。この人形は、大手電気店でも飾られていたほか、雑誌のプレゼントにもされた。
「イイものもある、ワルいものもある」などが流行語になった本作は、、主に小学生に人気のあったアルバムで、いわゆる”YMO世代”に影響を与えた作品である。 |
6月9日 |
FM東京の番組「セレクテッド・アーティスト'80」で5月7日の新宿厚生年金会館でのライブがオンエア。 |
2週連続オンエアの1回目。 |
6月12日 |
米「ローリング・ストーンズ」誌でYMOが紹介される。 |
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6月16日 |
FM東京の番組「セレクテッド・アーティスト'80」で5月7日の新宿厚生年金会館でのライブがオンエア。 |
2週連続オンエアの2回目。 |
「オリコン」誌のLPチャートで「増殖」が1位にランクされる。 |
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6月16日
〜20日 |
東京12チャンネル(現テレビ東京)の「ステレオ音楽館」でYMO特集が放送される。 |
「ステレオ音楽館」では、ハラー公演、グリーク・シアター公演などを放送した。 |
6月21日 |
シングル「ライディーン」(アルファ)発売。
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B面は「コズミック・サーフィン」。 |
高橋ユキヒロのソロ・アルバム「音楽殺人」(キング)、シングル「音楽殺人」(キング)発売。
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参加ミュージシャンは。坂本龍一、細野晴臣、大村憲司、鮎川誠、立花ハジメ、サンディ、松武秀樹他。
「ザ・コア・オブ・エデン」収録。 |
YMOのメンバーそれぞれが曲を提供したベンチャーズのアルバム「カメレオン」(東芝EMI)発売。
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プロデュースは加藤和彦。細野晴臣が「オクトパス・ツリー」、坂本龍一が「MUSHUKU」、高橋ユキヒロが「スイミング・スクールの美人教師」という曲を提供している。高橋ユキヒロの曲は「音楽殺人」にも収録されているが、このアルバムではベンチャーズ・バージョンとして聴くことが出来る。
コンピュータ・プログラマーとして松武秀樹が参加。 |
6月26日
〜7月4日 |
ソロ・アルバムの準備と、YMOのワールド・ツアーの打ち合わせのため、坂本龍一がロンドンに滞在。 |
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6月29日 |
フジ・カセット「YMOシャツ」のプレゼント開始。(8月2日まで) |
紙製のYMOシャツが期間中合計1万人に当たった。シャツのデザインは、高橋ユキヒロ。 |
7月5日 |
フジ・カセットのテレビCF「YMOシャツ・プレゼント」のオンエア開始。 |
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7月18日
〜8月上旬 |
加藤和彦のレコーディングに参加するため、細野晴臣と高橋ユキヒロがベルリンに滞在。 |
レコーディングは、ハンザ・スタジオで行われた。当初は坂本龍一も参加する予定であったが、過労のためキャンセル。代わりに大村憲司と矢野顕子が参加。 |
7月21日 |
坂本龍一のファースト・シングル「ウォー・ヘッド」(アルファ)発売。 |
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メンバー3人の参加による大貫妙子のアルバム「ロマンティーク」(RVC)発売。 |
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サンディーのアルバム「イーティン・プレジャー」(アルファ)発売。 |
細野晴臣プロデュース。
高橋ユキヒロ作曲の「ドリップ・ドライ・アイズ」収録。この曲は高橋幸宏のソロ・アルバム「ニウロマンティック」にも収められた。 |
7月29日 |
米A&Mから「マルティプライズ」発売。 |
このアルバムは、「ソリッド・ステート・サヴァイヴァー」と「増殖」から編集されたベスト盤的な内容。 |
8月 |
細野晴臣プロデュースによるスネークマン・ショウのレコーディング開始。 |
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イギリス盤「マルティプライズ」とシングル「ビハインド・ザ・マスク」発売。 |
こちらは、ファーストアルバムの音源まで含めた選曲となっている。細野晴臣は、「これは我々の意図する選曲ではない」と語っている。 |
坂本龍一がソロ・アルバム「B-2UNIT」制作のため、共同プロデューサーの後藤美孝とともにロンドンへ行く。 |
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8月18日
〜22日 |
NHK-FM「サウンド・オブ・ポップス」でYMOの特集を放送。 |
聞き手は、糸井重里。 |
8月25日 |
グンジョーガクレヨンの12インチシングル「GUNJYO-GA-CRAYON」(トリオ)発売。 |
坂本龍一がダブ・ミックスを担当した曲「35」を収録。 |
8月26日 |
大村憲司のニュー・アルバムのレコーディング開始。(六本木、CBSソニー・スタジオ) |
プロデュースは大村憲司。坂本龍一と高橋ユキヒロが共同プロデュースで参加している。また、メンバーは演奏でも参加している。
このレコーディングは、12月22日まで行われた。 |
9月5日 |
米盤「マルティプライズ」が日本発売。
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「マルティプライズ」には、ポスター(ハラー公演のビデオ映像をもとに作られたもの)が封入されている。 |
9月13日
〜18日 |
2回目のワールド・ツアー「FROM
TOKIO TO TOKYO」のリハーサルを行う。(東京、アルファ・レコード Aスタジオ) |
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9月21日 |
坂本龍一、セカンド・ソロ・アルバム「B-2UNIT」(アルファ)発売。
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YMOでは聴けない”テクノ・ダブ”とも言うべきサウンドの「B-2UNIT」は、坂本のアルバムの中でも異色な作品。初回のみポスターがついた。
第2回ワールドツアーのオープニング曲「ライオット・イン・ラゴス」収録。
ジャケットデザインは井上嗣也 |
スーザンのアルバム「DO
YOU BELIEVE IN MAZIK」(EPICソニー)発売。 |
高橋ユキヒロプロデュース。細野晴臣と坂本龍一が演奏で参加。 |
9月22日
〜25日 |
2回目のワールド・ツアー「FROM
TOKIO TO TOKYO」のリハーサルを行う。(東京、アルファ・レコード Aスタジオ) |
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9月25日 |
加藤和彦のアルバム「うたかたのオペラ」(ワーナー・パイオニア)発売。 |
細野晴臣と高橋ユキヒロが参加。 |
9月26日 |
フジ・カセットのポスター「音楽は104番目の元素だ」が貼り出される。 |
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10月 |
イギリスでシングル「ナイス・エイジ」発売。 |
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10月1日 |
矢野顕子のアルバム「ごはんができたよ」(ジャパン)発売。
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坂本龍一と矢野顕子の共同プロデュース。
YMOのメンバーが全面協力。他に大村憲司、鮎川誠、ペッカー、松武秀樹らが参加。
第2回ワールド・ツアーのアレンジに近い「東風」や、YMOのライブではおなじみの「在広東少年」が収録されている。 |
10月2日 |
YMOの2回目のワールド・ツアー「FROM
TOKIO TO TOKYO」の記者会見が行われた。(有楽町、外国人記者クラブ) |
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10月3日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
YMO、第2回ワールド・ツアーに出発。
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サポートメンバーは、矢野顕子(キーボード、ボーカル)、大村憲司(ギター、ボーカル)、松武秀樹(コンピューター・マニピュレータ)の3人。
第1回ワールド・ツアーは、ライブ・ハウス的な場所での演奏が多かったのに対し、今回はホール・クラスの開場が多く、細野は「開場が大きいほどYMOの音楽はイキてくるんです。そういう意味で、今回のツアーはYMOの真価を発揮できるツアーになる。」と語っている。前回を上回る大規模な今回のツアーは、A&M側から要請されたものであり、YMOに対する海外の関心の高さを物語ったものであった。
このツアーのスポンサーは、富士写真フィルムと日本航空。
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10月4日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
ロンドンに到着。
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10月6日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
リハーサル・スタジオ(ロンドン、シェパートン・スタジオ)に機材が到着。
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10月7日
〜9日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
ロンドン、シェパートン・スタジオでリハーサルを行う。
(SHEPPERTON・Shepperton Studio Center L Stage)
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このスタジオは本番同様のセッティングが出来るほど大きく、ライティング・リハも同時に行われている。 |
10月11日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
ニュー・シアター(オックスフォード)公演
(New Theater/Oxford)
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この日からスタートしたイギリス公演には、前座としてコムサット・エンジェルスが出演した。
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10月12日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
オデオン・シアター(バーミンガム)公演
(Odeon Theater/Oxford)
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10月13日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
アポロ・シアター(マンチェスター)公演
(Apolo Theater/Manchester)
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10月15日 |
フジ・カセットのテレビCF「テクノポリス25時」がオンエアされる。 |
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10月16日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
ハマースミス・オデオン・シアター(ロンドン)公演
(Hammersmith Odeon Theater/London)
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ロックの殿堂と言われるハマースミス・オデオンでのYMO初コンサート。オーディエンスのうち約3割は音楽関係者であった。コンサート会場には、ジャパン、スロッピン・グリッスル、レスリー・マッコーエン(ベイ・シティ・ローラーズ)、デヴィッド・カニンガム(フライング・リザーズ)、ブームタウン・ラッツ、トニー・マンスフィールド(NEW
MUZIK)、クリス・トーマス夫妻、ザイン・グリフらが訪れている。 |
10月18日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
ゴウモン・シアター(サザンプトン)公演
(Gaumont Theater/Southampton)
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10月20日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
マルケト・ホール(ハンブルグ)公演
(Markt Halle/Hamburg)
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今回のツアーで初めてのライブハウス公演。 |
10月21日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
デ・ランタレン(ロッテルダム)公演
(De Lantren/Rotterdam)
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シーナ&ロケッツのアルバム「チャンネル・グー」(アルファ)発売。 |
細野と高橋の共同プロデュース。坂本も演奏で参加している。YMO作曲の「浮かれのピーチ・ガール」を収録。 |
10月22日 |
アメリカでシングル「タイトゥン・アップ」発売。 |
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10月24日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
ゴタ・レオム(ストックホルム)公演
(Gota Lejon/Stockholm)
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10月27日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
ル・パラス(パリ)公演
(Theater Le Palace/Paris)
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10月29日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
テアトロ・エスメラルド(ミラノ)公演
(Thatro Esmeraldo/Milano)
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10月30日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
テアトロ・オリンピオ(ローマ)公演
(Thatro Olympio/Rome)
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10月31日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
ローマからロサンゼルスへ移動。
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11月 |
フジ・カセットが12月27日に行われる日本武道館コンサート招待プレゼントを開始。また、サウンド・ブティック2というキャンペーンの中で、ブック・カセット「テクノポリス」のプレゼントも行った。 |
フジ・カセットの品質保証マークで応募するもので、武道館コンサートは1万名、ブック・カセットは2千名に当たった。武道館コンサートの締め切りは12月5日だった。 |
11月1日 |
ラジのアルバム「真昼の舗道」(CBSソニー)発売。 |
高橋ユキヒロプロデュース。細野晴臣、坂本龍一も演奏で参加。 |
11月2日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
米NBCのテレビ番組「ソウル・トレイン」に出演。
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出演したのは、YMOの3人、大村憲司、矢野顕子、伊藤洋一(YMOのマネージャー)。松武秀樹は機材が届かず出演中止。
「ファイア・クラッカー」、「タイトゥン・アップ」の2曲が紹介された。(テープによるもので、演奏しているように見せかけているが、実際には演奏していない)
「タイトゥン・アップ」演奏時に、マネージャーの伊藤洋一氏がいかにも「日本人観光客」のいでたちで”ジャパニーズ・ジェントルメン・スタンダップ・プリーズ”の掛け声と同時に立ち上がった。司会者のドン・コーネリアス氏は同氏にインタビューを求める一幕もあった。 |
11月4日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
宇宙中継を行うA&Mのチャップリン・メモリアル・スタジオに機材が搬入される。
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11月5日
〜6日 |
チャップリン・メモリアル・スタジオでリハーサルを行う。 |
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11月6日 |
ニッポン放送の深夜ラジオ「タモリのオールナイト・ニッポン」にYMOが国際電話で出演。 |
ハマースミス・オデオン公演の模様をいち早く放送している。 |
11月7日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
チャップリン・メモリアル・スタジオ(ロサンゼルス)公演。
(A&M The Chaplin Stage/Los Angeles)
日本への宇宙中継。
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日本では実際のライブより1時間遅れの16時(日本は11月8日)から、フジテレビ系でオンエアされた。チャップリン・メモリアル・スタジオは、A&M本社内にあるスタジオで、音楽関係者などの有名、著名人約400人が招待されている。 |
11月8日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
ハリウッド・パラディアム(ロサンゼルス)公演。
(Hollywood Palladium/Los Angeles)
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11月10日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
カブキ・シアター(サンフランシスコ)公演。
(Kabuki Theater/San Francisco)
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11月13日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
予定されていたエメラルド・シティ(フィラデルフィア、15日)公演とライブ(ボストン、16日)公演の中止が決定する
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11月14日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
パラディアム(ニューヨーク)公演。
(Palladium/New York)
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ワールド・ツアー最終日となった公演。この日のチケットは3ドルと格安だった。(通常、8〜10ドル)
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11月17日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
ニューヨークを出発。
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11月18日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
新東京国際空港到着。
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11月21日 |
YMO初のベスト・カセット「ベスト・ワン イエロー・マジック・オーケストラ」、YMOに関係のあるアーティストを集めたオムニバス「ベスト・ワン YMOファミリー」がそれぞれカセット・テープのみで発売。 |
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12月2日 |
FNS音楽祭でYMOが特別賞を受賞。 |
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12月20日 |
シングル「タイトゥン・アップ」発売。 |
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ジャパンのアルバム「孤独な影」がビクターより日本発売。 |
坂本龍一が8月にロンドン滞在時に録音されたもので、「テイキング・アイランズ・イン・アフリカ」という曲を提供した。また、演奏でも参加している。 |
12月24日
〜27日 |
<Yellow Magic Orchestra World
Tour'80 From TOKIO To TOKYO>
日本武道館公演。
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会場では「國際画報」というパンフレット、YMOシャツ、トレーナーなどが販売された。
27日のみ富士写真フィルムによる招待ライブ。 |
12月26日 |
東京12チャンネル(現テレビ東京)「ステレオ音楽館」でハマースミス・オデオン(ロンドン)公演の模様をオンエア。 |
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12月29日 |
FM東京「セレクテッド・アーティスト'80」でル・パラス(パリ)公演の模様をオンエア。(21:00〜) |
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NHK-FMで12月26日の日本武道館公演の模様をオンエア。(22:30〜) |
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12月31日 |
日本レコード大賞、アルバム賞を受賞。 |
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フジテレビで12月27日の日本武道館公演の模様をオンエア。 |
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