商談、成立!
快適なホテルでの目覚めは、すこぶる爽かだった。ホテル内のレストランで朝食を済ませて、迎えを待つ。今日はBuckが店を開ける前にじっくりと商談をすることになっている。程なく迎えに来た彼のコンバーティブルに乗って、街へ。車を駐車場に入れ、軽く街中を案内してもらう。途中、彼の奥さん、Bethの働く所謂幼稚園みたいな所に立ち寄る。この日は、末っ子のNikkieもお母さんを手伝って子供たちの面倒を見てやっている。因みにここでも私の名は発音しにくいということで、"Hidie"と呼ばれることに落ち着いた。
店に辿り着く。品定めの開始である。日本での相場とプレイヤー向けの店にしていこうという自分の方針とを軸に、目ぼしい物全てを手に取り、一本一本音を出させてもらう。高価なオールド・ストラトが何本もあったが、弾かせてもらうと今一つで、今回はリストから除外する。ギターの品定めがほぼ落ち着いたところで、ツイードのデラックス・アンプが目に入る。音を出させてもらうと、気合の入った実に良い鳴りをしてくれる。値段を聞くと、持って帰って売り物にするにはちょっと高すぎる。が、諦めるにはもったいないほどの良い音。小っちゃな店でのライブならこのデラックスを充分に鳴らせて、相当気持ち良い音で演奏できるのでは、と自分用に購入することを真剣に考える。Buckにそう話すと、"Hidieの顔色を見ていたら、きっとそう言いだすと思っっていたよ。良かったらHidieの為にツイードのリバーブ・タンクも見つけてあげるよ。"、とすっかりお見通しであった。結局、この三年間生活のためにくだらない仕事に耐えてきた自分に対するご褒美、とこじつけて購入を決意する。
一通り品定めも済んだところで、Buckの売り込み及び私の値切りタイムが始まる。今回は、ギター6本、ベース2本そしてデラックス・アンプを1台ということに落ち着き、配送の手配と支払いを済ませる。これで本日の商売はO.K.、ということであろうか、サンドイッチを食いに行こうと誘われる。その為この日は彼の店、開店が午後2時となってしまう。
彼の店の真ん前にあるレストランへ。落ち着いた、とても良い雰囲気の店構えである。ここではBuckお薦めの、パストラミ・サンドとブルーリッジ・マウンテンといったと思うがここの地ビールを試してみる。地ビールはダーク・タイプでコクのあるしっかりとした味。パストラミも美味く、満足、満腹。カプチーノを飲もう、とコーヒーショップに向かう道すがら、再び簡単に街を案内してもらう。"Hidie、この街は全く安全なところだから、ゆっくりと見て回っておいで。戻ってきたらホテルへの足を手配してあげるから。"、と言う彼の勧めに従い、しばし観光モードに入る。
ここフレデリックは、南北戦争中は北部と南部の中間地点ということで、中立を保っていたという。その為古い建造物が焼失することなく現在に至っており、美しい街並みが築かれることに至ったようだ。こうした歴史ある街ということを反映してか街にはアンティーク・ショップが数多く、相当どさくさな店もなくはないが、ちょっと覗いてみた何軒かでは安くて趣味の良いものを見つけることが出来た。一方、南北戦争の資料館というものもしっかりあり、入ってみるとアメリカ人の家族が一つ一つの展示物や資料VTRを真剣に眺めている姿が印象的であった。個人的にはそれ程南北戦争に興味がある訳ではなかったので軽く流しながら見ていったが、こうした小さな資料館は予算的にも厳しいようで、保存と運営のために小額の寄付だけは自主的にさせていただいた。資料館のエントランス脇にはスーバニア・ショップもあり、こういったショップにお馴染みのバッジやトレーナー・Tシャツ類から南北戦争関連・フレデリックの歴史関連の写真集・書物が揃っていた。
街をぐるっと一巡りし、インディアン工芸の店などに立ち寄りながらBuckの所に戻る。タクシーを呼んでもらい、閉店後、奥さんのBethを伴って夕食に行く約束をして別れる。
ホテルに戻り、Buckが行ってみろと言っていたホテル脇のショッピング・モールに行くことにする。アメリカの郊外に良くあるいくつかのデパート、スーパー、多くのショップがくっついた複合商業施設である。旅の前半で小っちゃなスーツケースしか持たない私は、ここで買い物に励むわけもいかずウインドウ・ショッピングに留めたが、こういったところで売られている家庭用品は実に魅力的。ワッフルを焼く器具、BBQの道具、バスルーム関連の品々、寝具等々いずれも安い。モールでの買い物で大事なのは、時間を有効に使うことと自分の居る位置の確認。これを怠ると余計に歩き回ったり時間が足りなくなったりと散々な目に合う。さて、小一時間ほど歩き回りながら購買意欲を諌めた私はホテルへ。
BuckとBethが今度はランドクルーザーで迎えに来る。食事にはちょっと早いので、フレデリックの街が見渡せるところに買った、彼らの地所までドライブしようと言う。途中で彼らの友人の家に立ち寄る。フレデリックの街に建つ家々は煉瓦造りのものが多く、故に街並みがとてもきれいで魅力溢れるものとなっている。この友人宅近辺は前庭の緑も美しく、落ち着いた佇まいを見せている。この写真にあるような家は、確か"Bi-flex"と言ったと思うが、左右対称の二世帯住宅となっていて違う家族同士でシェアしていたりもするらしい。話を聞くと彼の友人の家賃は、日本でワンルームを借りる程度だそう。これで二階建てのゆったりした家を借りられるなんて、実に羨ましい限り。さあ、いよいよ車は街中を離れ山へと分け入っていく。道中に空軍基地があったので、X-Filesファン同士ということで意気投合したBethに、"ここではUFOを隠していたり、飛行実験をやったりはしないの?"と聞いてみる。すると"UFOは隠してないみたいだけど、アウトブレイクという映画は知ってる?
そのロケーションでこの基地が使われていて、映画の中では西海岸ということになっているけど、実はこの街が舞台だったのよ。ここが病原菌に汚染されていないことを祈るわ。"というお答え。へー。
彼らの地所は、新たに山を切り開いて開発を進めている地域の一角にあった。これが彼らの言う様にとっても素敵な場所である。Bethはここからの景色が大好きだそうだが、確かにフレデリックの展望を独り占め、といった感じ。"今日はディアは出てこないな。"、と二人が言っていたが、本当に鹿が遊びに来ちゃうらしい。しばしその絶景と森の薫りを楽しむ。"次に来る時は彼らの新しい家が出来て、ここに泊まれたら良いなー。"と、これは独り言。
その後この一角を走りながら新興の住宅街に建つ家々を品評して行く。やはりこちらの人は家造りに対する考えをしっかりと持っている。Bethは、特にこうしたい、という意見を強く持っている様子。Buckはこの所日本庭園をホームページで見歩くことが好きということで、友人の薦めも手伝って、新しい家には日本庭園を造るんだ、と息巻いていた。
夕食は、今晩もイタリアン・レストランへ。これは、得体の知れないアメリカの飯屋の中でも比較的日本人が親しんでいる料理ということで、彼らが気を使ってくれたからに他ならない。色々と話をする中で、この二日間の礼と今後も付き合いを深めていこうということを話す。また、冗舌ではない私の英会話に付き合わせてしまったことを詫びる。Buckは、"日本に行ったらHidie以上に困ることになるんだから、それをフォローするのは当然、お互い様だよ。"と、極めて大人である。アメリカ人も捨てたもんじゃない。ビジネスマンはさすが違う、と感心しきり。料理もビールもワインも昨晩より格段に美味しく、楽しい晩餐。料理ではこちらに来て初めて口にしたのだが、トマトにモッツァレラ・チーズを乗っけた奴とホワイト・ピザというものが最高であった。私がイタリア料理屋など行かないから知らないだけだったようだがトマトにモッツァレラ・チーズというのは、結構スタンダードではあったみたいだ。ホワイト・ピザというのは、言ってみればチーズを乗せただけ、具もソースも無いピザである。それだけにピザの本質が問われるようで、ピザの王様も勉強させてもらいました。
楽しい食事の時間も終わり、Buckのコンバーチブルを取りに街中の駐車場へ。ここで乗り換えてBethは一足先に帰宅、Buckはもうしばらく私に付き合ってドライブをしてくれることに。と、駐車場の料金所で前を行くお嬢さん方の車が1ドル札が機械に入らずに立ち往生。困っている様子にすかさずBuck、車を出て彼女達のところへ。彼女達のために1ドルを出してあげ、無事車を出せるようにしてあげる。紳士である。我々はすっかり暗くなったフレデリックの街をあちこち見て歩く。犯罪件数も少なく、古き良きアメリカの街であり続けるフレデリック。最初はColieのとこに続きまたもや田舎町であったことに落胆すらしていたが、今やお気に入りの街として君臨している。彼や彼の家族の親切に感謝、そして再びこの街を訪れることを約束して、Holiday
Innの駐車場で彼と別れる。
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