I'm straight!
青春の街、グリニッジ・ビレッジ。といってもべつにニューヨーク市立大学に留学していたわけではない。学生時代に一週間ほどビレッジのホテルを根城にしていただけである。夕刻までをビレッジ散策で過ごそう、あの頃泊まったホテルや周辺の変化を見てこよう。私は夕方のラッシュが始まった地下鉄に乗り、ビレッジへと向かった。
地下鉄を降り地上に上がる。以前の記憶とそう変わっていないようではある。かつて結構危ないところもあったよなーとかクリストファー・ストリートはゲイが多いから気をつけなきゃ、とか思いながら気合を入れてワシントン・スクエア方向へ歩く。
"今日はやけに人が多いね。"という声がすぐ後ろからする。誰か友達同士でお喋りしながら歩いてるんだろう、と思っているともう一度、"今日はやけに人が多いね。"という声が、今度は右斜めすぐ後ろからするではありませんか。これは私に掛けられた言葉に違いない、と振り向くと、ゲイ、といったら簡単に信じられそうな印象のおじさんが。自慢ではないが私はアメリカのゲイに受けが良い。サンフランシスコでもニューオーリンズでも、それっぽいお兄さんにあっけなく声を掛けられてしまっている。で、このおじさん、イタリアから来たビジネスマンでニューヨークにしばし滞在中とか自己紹介をする。私に"学生?"とか聞いてくるので、"ファー・イーストからやって来たグレイトなギター・プレイヤーだ。"とか言ってかわそうと試みる。おじさん、"これからバナナ・リパブリックに行くんだけど、一緒に行かないか。"と誘ってくる。このままバナリパについてったら、今度は食事一緒にどう、その後は......と考えるとかなりヤバイ。"友人に土産物を探しに来たので、申し訳ないけどここで。"と言って別れようとすると、親切に"土産物なら通りのこっち側に色々あるよ。因みにクリストファー・ストリートには行かないほうが良い、あそこはゲイの集まるところだから。きみはゲイじゃないだろう?"、と言ってきたので人込みの中で思わず"I'm
straight!"と大声を上げてしまった。しかもしつこく聞いてきたもんでそれを数回繰り返してしまいました。ああ恥ずかしい。
モーホーと思われた彼と別れて通りを渡る。以前と変わらずストリートのバスケットボール・コートが。ジャコ・パストリアスは生前、バスケットが好きでここらのコートでプレイしていたという話を聞き及んでいたので、しばし感慨に更ける。ジャコといえば昔、Seventh
Avenue Southでのギル・エバンス・オーケストラのギグを見に行った際、ハイラム・ブロックとマーク・イーガンのトラとして登場して驚かされたっけ。当時ジャズなど全く聴きもしなかった私ではあるが、ハイラム・ブロックはニューヨークにいる間に見ておきたい一人であった。そこでギルとのギグに出演するハイラムを見ようと店に行ったわけであるが、ステージまではまだ時間が早かった。しばらく1Fのバー・カウンターでビールをやりながら時間を潰していると、野球帽を被った奴がすぐ脇に来て店の人と話しはじめた。そいつがまたジャコそっくり。大学時代の音楽サークルにも本名は覚えられなかったがジャコくりそつで"ジャコ"と呼ばれていた後輩がいたので、ニューヨークでここまでジャコに似てたら洒落になんないよなー、とか思いながら眺めていた。ステージが始まる頃合を見計らって2Fに上がるとオケのメンツが徐々にステージに乗ってきた。と、ベーシストに向かって"ジャコー。"と叫ぶ輩がいるではないか。ステージを見やると先ほどの野球帽のジャコ似、ではなくモノホンだあー。その時になってようやくジャコがトラで入っていたことを知った、間抜けな私ではあるが、今考えるとギルとジャコという今は亡き二人の天才の共演をニューヨークのクラブで目の当たりにすることが出来たのは、本当にラッキーなことであった。
ワシントン・スクエアに足を踏み入れる。と、"ハポン?"とアフリカ系アメリカ人から声を掛けられる。この公園は、かつて麻薬売買のメッカとして有名であったが、未だにその手の人達は出没してるのね、と思いながら無視。一回りしてみるとそこここにお巡りさんがべったりと張り付いて監視の目を光らせている。かつて程おおっぴらには出来なくなってるんでしょうね、葉っぱとかお薬の売買も。公園の中に鉄のフェンスでぐるっと囲まれた狭いエリアがあって、そこに入ることを許可された子供とその親だけが遊んでいる。何か物凄く煮詰まった気分にさせられる。
さっさとそこを出て近所にあったはずのEarl Hotelという以前泊まった格安ホテルを探す。どうやらこのEarl Hotel、その名もWashington
Square Hotelと改名・改装して営業中の模様。宿泊料や部屋の感じとかは変わっちゃったんだろうな、と思いながら通り過ぎる。
無目的にビレッジ内を歩いていると楽器屋を数軒発見。ちゃんとしたビンテージ・ショップもあってちょっとびっくり。住所や店名を確認してこなかったので、ここで案内できないのが残念である。
薄暗くなりつつある中、ホテルまで歩いて戻る。疲れたからだが猛然とピザを求めていたので、近所のピザ屋に行ってSupreme
Pizzaを注文。私の友人のようにSpermと言うようなボケをおかすこともなく、無事ミラー・ビールとともにテイクアウト。その晩は盛り上がるNBAプレイオフの中継とピザを楽しみながらのんびり過ごす。
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