第六章 〜noa's child〜
P.5
地面をほじくってた鉛筆が止まった。いつきの顔を見ると、髪の毛で目が見えない。でも口は閉じたままで、ほっぺにはスジが立ってた。震えてるのか、怒ってるのか、泣いてるのかは判らない。歯を食いしばってた。僕はそれを見ちゃいけないような気がして、また地面を見た。グルグルは止まったままだ。
「・・・勉強は人並みでいい。大事なのは、この、よどんだ世界のとらえ方だ。とか何とか言っちゃってさ。毎日のように工場を一緒に見て回るんだ。でさ、これは何だ、とか、この人たちがお前の将来の骨組みだ、とか紹介してくんだよ、まだ子どもにだぜ?俺は全く疑問にも思わなかったよ。だってそれが普通だと思ってたから。でもさっきも話したろ?小学校に入ってからの周りの反応。あぁ、俺って、方舟ってこんな風に思われてたのか、俺はただのカゴの中の鳥だって思った。そこからは父さんが方舟について話してくれるだけで苦痛でさ。毎日、毎日、毎日、毎日。本当に聞きたくなかった。
一回さ、中学の時に言ったんだ、町の人が方舟についてどう思ってるか知ってるのかって。でも見当違い。全くの。「方舟のことをどう思うか問題じゃない。この町は、方舟に乗り込んだアダムとイブの子どもたちで出来た町なんだ。いつき、判ってるだろう?私がどんな気持ちでお前を育ててきたのか。」なんて言うんだ。狂ってるよな。パスワードの声だってそうだよ、アレは生前、ビデオで残ってた母さんの声を編集して作ったヤツでさ。これも皮肉なんだ、俺、母さんの声知らないから、ぜんっぜん、懐かしくも嬉しくも悲しくも無いんだぜ。はは。
不思議に思わないか?あのパスワード。あの人が工場長になってから変えたんだって。笑えるだろ?パスワードがIt's Key、いつき。俺だよ。俺ってなんのために生まれたんだろう、って。父さんのおもちゃなのかな、って。方舟と一生離れることが出来ないのかなって思ってた。でもさ、俺を変えたのが、ピストルズとの出会い。感情って言うのかな、気持ちは音楽で表せればいいんだ!って気付いたんだ。それまで、ずっと自分を隠してきた。・・・違う、自分の感情が分からなかったんだ。僕とか言ってたけど、本当の自分「俺」っていうのが無かったんだ。今でも周りには僕って作り物の自分で通してるけどさ。・・・それで父さんに言ったんだ。死ぬほど緊張しながら。部屋の奥を防音室にして欲しい。それで、ベースを買って欲しいって。
そしたら、理由も聞かず、継ぐなら許すだってさ。一緒にご飯もまともに食べない父親が初めて父親らしく見えた瞬間だったよ。いっつも家政婦さんに掃除から何から何まで俺の世話やらしてさ、自分は夜中に帰ってきて寝るだけ。それで朝も、もういない。初めて父親らしい言葉がそれだぜ。とりつかれてるんだよ、あの人。」
「・・・そうなんだ」