第六章 〜noa's child〜
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「父さんがこの町に初めて来た時は工場長じゃなかった。普通の作業員だった。
朝も話したけど、すっごい変わってるんだ。あの人。子ども時代のことは話さないし、母さんがどんな人だったかも話さない。でもさ、この町にきて、しばらくして俺が生まれる時、難産で・・・母さんは俺の変わりに死んだってことは話してくれた。それでずっと、罪悪感に押し潰されそうな気持ちを持ったまま働いてきたんだって。そりゃそうだよな。恋愛してさ、アツアツな二人に、ようやく授かった子どもだったのに・・・一番幸せな一日になるはずだったのに、愛する人が死んじゃうんだぜ?まだアツアツなままなのにさ。それでさ、その当時、二人で読んでたのがノアの方舟、それとアダムとイブの話だったみたいなんだ。
いや、キリスト教徒って訳じゃない、俺だって違う。町の人たちだって違うだろ?でもそう信じてんだ。その世界に入り込んだって言うのかな。いや、俺から言えば、とりつかれたんじゃないかって思ってる。二つの話のどこに惹かれたのか分からない。誰が考えても分かるだろ?全然違う話なのに父さんは信じてんだ。アダムとイブが方舟に乗って助かって、世界をもう一度作る話なんだって。あの人にとっては母さんが、母さんこそイブだったんだ。そして自分がアダムなんだって信じてたんだよ。今もな。結局・・・運ばれていったのは母さんだけだったけど・・・。
でも、そこからガムシャラに取り付かれたように働いたんだってさ。それで、会社の中枢でもあるこの工場を任されたんだ。それで、今に至るって訳。そして・・・工場を自分の想像する方舟にした。すごいよな、誰も見たことが無い物を見たことあるみたいに作り変えたんだからさ。
でさ、従業員には、「君たちは選ばれし者たちだ。この工場はひとつの舟だ。ここから作り出されるものは小さく、それだけでは分からないだろう。しかし、この部品が日本を、世界を動かすのはまだ誰も知らない。始まりを作る場所にしよう。運んで行くんだ。そう、あなた達がアダムなら、作り出すこの部品こそイブだ。共にこの舟で世界へ繰り出していこう。」とか何とか言って、挨拶したみたいなんだ。言っとくけど、家族自慢じゃないぜ?居間に大きく習字みたいな字で額縁に入ってるから覚えただけ。せいたろうと同じだよ。そんなの興味なかったしさ。
でも・・・ウソみたいだけど、この町ではいつの間にか当たり前になってる。皆がノアの方舟にはアダムとイブが乗ったって信じてる。どうかしてるよ。どうかしてる、どうかしてんだよ・・・。
それで、俺はといえば、小さい時から箱入りで可愛がられてきた。皮肉だよな。方舟に箱入り息子だぜ。はは・・・。」