第五章 〜二つ目のパズル〜
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いつきはこっちを笑いながら見て、体育着を拾ってもう走っていた。笑ってた。その顔はもう、工場長の一人息子のボンボンなんかには見えなかった。僕より大人な、いくつも上の先輩のような顔をしていた。もう一度手すりに寄りかかって、今度は自分の意思とは関係なく、座り込んだ。きっと、言葉が無いってこんな感情のことを言うんだろうな。いや、ボウゼンってこんな感じなのか。もう授業なんか出る気持ちにはなれなかった。それすらも思ってなかったと思う。
ただ、空を見ていた。まだうっすらと寒い風だった、汗が体温を奪っていくのを感じながら。何気なく目線を下げていくと方舟が見える。今日も風のような地球が揺れているような低いような高いような、汽笛のような音がこの町を包んでいる。
でも気付いた。僕は校歌を歌ってたんだ。そう、校歌を歌ってた。何も考えずに。ただ、自然に。