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artist : BRIGITTE FONTAINE, ARESKI AVEC ART ENSEMBLE OF CHICAGO
title : 『 COMME À LA RADIO 【ラジオのように】』
release : 1969年('69年、'70年、'71年、'72年諸説見られるが、ブリジット・フォンテーヌの公式サイトでは'69年になっているので、それに準じた)
label : SARAVAH
tracks ( cd ) : (1)COMME À LA RADIO 【ラジオのように】 (2)TANKA 2 【短歌 II 】 (3)LE BROUILLARD 【霧】 (4)J'AI 26 ANS 【私は26才】 (5)L'ÉTÉ L'ÉTÉ 【夏、夏】 (6)ENCORE 【まだ】 (7)LEO (8)LES PETITS CHEVAUX 【小馬】 (9)TANKA 1 【短歌 I 】 (10)LETTRE A MONSIEUR LE CHEF DE GARE DE LA TOUR DE CAROL 【キャロル塔の駅長さんへの手紙】
※CD化の際に2曲のボーナス・トラックが追加収録されたが、本作が10曲で完結している作品であることを重視して、ここではあえて省略する。
tracks ( analog ) : 未確認
musicians : BRIGITTE FONTAINE,vocal,poetry reading ; ARESKI BELKACEM,vocal,percussion ; JACQUES HIGELIN,guitar ; LESTER BOWIE (ART ENSEMBLE OF CHICAGO),trumpet ; LEO SMITH (ART ENSEMBLE OF CHICAGO),trumpet ; ROSCOE MITCHELL (ART ENSEMBLE OF CHICAGO),flute ; JOSEPH JARMAN (ART ENSEMBLE OF CHICAGO),oboe,sopranino ; MARACHI FAVORS (ART ENSEMBLE OF CHICAGO),acoustic bass.
producer : PIERRE BAROUH
related website : 『 Brigitte Fontaine Le Site 』(公式サイト)




 濃い紫のフレームの中に若い頃の野際陽子似の粗めのモノクロ写真。僕は紫という色があまり好きではないが、しかし本作のジャケットの紫は見事にサウンドにはまっており、この色以外にはありえないような気がする。僕が嫌いな紫を許容してしまうほどまでに、僕は本作を気に入ってしまった。

 僕が本作を知ったのは、ルイス・フューレイの 『 LEWIS FUREY 』 のページでも触れたように、'94年の4月頃に友人に「気に入るはずだよ」と言われ、 『 LEWIS FUREY 』 と一緒に (両方共アナログ盤) 借りたのがきっかけで、一聴して気に入ってしまった。宝島'92年No. 246号のルーツ・ミュージック特集でうっすらと名前とジャケットは目にした記憶があったが、まさかこんな摩訶不思議な音が飛び出してくるとは思わなかった。では、そんな摩訶不思議なアルバムを紹介していきたい。


(1)COMME À LA RADIO 【ラジオのように】  ▲tracks
 太古の呪術的な躍動性を感じさせるパーカッションとウッド・ベース。たとえようのない郷愁のようなものを感じさせる、拙さと紙一重なトランペットやフルート達。アート・アンサンブル・オヴ・シカゴによる“幻の国(それは何となく中近東周辺のどこか)”を想わせるような演奏をバックに、今にも消え入りそうでありながらも限りなくリアルな質感のブリジット・フォンテーヌの声が展開されるタイトル曲(1)。数あるサラヴァ・レーベルのコンピレーション盤には必ずといっていいほど収録されている、サラヴァ・レーベルを代表する一曲であると同時に、ブリジットを代表する一曲でもある。
 「身の回りに起こる様々な事象は“何の妨げにもならないもの、ただの物音、ただの言葉、ただの音楽、ラジオで言っているようなもの”」と、ブリジットはこの世界を歌い、詩を読む。トランペットやフルートはブリジットが歌うメロディーとユニゾンになったりフリーな演奏をしたり、クラリネットは途中インドの蛇使いのような雰囲気になったりもする。
 前衛的な演奏とはいえ、この曲のメロディーはとてもキャッチーで、いつまでも耳に残る。そんな効果を狙ってか否か、'03年、向田邦子原作の映画 『 阿修羅のごとく 』 のテーマ曲として使用された。ひょっとして“阿修羅”→“インド”→“インドっぽい”繋がりか?
 それと元ピチカート・ファイヴの小西康陽は“Readymade FM”名義で雑誌 『 REMIX 』 が企画したオムニバス盤 『 REMIX TRAX Vol.6〜JAPANESE NEW VIBES 』 ('94年5月リリース)でこの曲をカヴァーしている。しかもアレンジは確かスカのリズムだったような気がする。


(2)TANKA 2 【短歌 II 】  ▲tracks
 日本語の“短歌”と題された(2)。短歌とはいいながらも、別に短歌の形式に則っているわけではなさそうだ。しかも“ I ”よりも先にあるのに“ II ”。好きな人の前では気持ちとは裏腹の行動を取ってしまう者を歌っている。何となくブリジット版「I'M NOT IN LOVE」という感じもしないではない。
 サウンドはといえば、夢の奥のそのまた奥から聞こえてくるようなエコーのかかったパーカッションと、時折入ってくる生々しいウッド・ベースが延々と演奏を繰り広げる中(とはいっても2分弱だが)、ユラ〜っと現れては消えるように歌うブリジットの声が印象的だ。
 最後はブリジットが唱える一言と同時に演奏は突然終わり、その後には練習でもしているかのようなクラリネットほかのフレイズが鳴っている。


(3)LE BROUILLARD 【霧】  ▲tracks
 タイトル通りに“霧”のかかった世界から聞こえてくるような伴奏と、その霧の奥にある地下の牢獄から何かを訴えているようなアレスキー・ベルカセムの声。終始鳴らされる“A”の通奏低音と、エキゾチックで切ないクラリネット。この(3)を聴いていると何かこう胸をかきむしられるような気分になる。特に、目の細かいヤスリをかけたようなアレスキーの声は印象的だ。


(4)J'AI 26 ANS 【私は26才】  ▲tracks
 歌いだしのメロディーがとても強烈な印象を残す(4)。「私は蝶々が怖い」「私は経験を信じない」「私はカフェ・オ・レが大嫌い」「フライドポテトは涙が出るほど好き」etc...と彼女のあれこれを語り、「はい、これで全部」と〆る。
 タイトルは26才だが、'39年生れの彼女が'69年、30才の時にこの曲を歌っているということは、この曲は4年前の'65年に作られたものなのだろうか。
 この曲と同一のメロディーで歌詞の違う「JA'I 26 ANS, MADAME 【私は26才ですマダム】」という曲が 『 JE NE CONNAIS PAS CET HOMME 【私はこの男を知らない〜ブリジット・フォンテーヌ4】』 に収録されており、そこでヴォーカルをとるのはアレスキー。
 ピエール・バルー、バンジャマン・バルーの親子もお気に入りの一曲。


(5)L'ÉTÉ L'ÉTÉ 【夏、夏】  ▲tracks
 アレスキーが歌う憂いに満ちたリフレインと、それにユニゾンで奏でられる“カナカナ”とした弦楽器(ひょっとしたらバンジョーかも?)の音色がとても幻想的で印象的な(5)。
 ブリジットはか細い声で上品なメロディーを歌っているが、途中アコースティック・ギターをバックに子守唄のようになる場面や、前述のアレスキーが歌うリフレインに合わせる場面もある。
 そして、終始鳴り続けるクラリネットやミュートしたトランペットが、その幻想的な雰囲気にさらに“異民族性(どこか未知のエリアの民族という感じ)”を加味している。


(6)ENCORE 【まだ】  ▲tracks
 何か虫達がざわめくかのような「シシシシ」というパーカッションの音のみをバックに、ブリジットが詩を読む(6)。少し鼻歌のような節を口ずさんだりもしている。1分半ほどの短い曲。
 僕のCD(ポリスター、PSCY-5130)では、トラックの区切りがずれていて、ブリジットが手を叩きながら言う(7)のセリフ「Mes enfants le 19ième siècle est terminé (さあみんな、19世紀は終わったよ)」が、この(6)の終わりになってしまっている(もしかしたらその逆で、歌詞の区切り方の方が間違っているのかもしれない)。その後にリリースされたオーマガトキ盤は修正されているのだろうか?


(7)LEO  ▲tracks
 「ダムダム」としたリズミカルな太鼓と共に、フルートやトランペット、クラリネット、ピアノがフリーな演奏を展開する(7)。最後に少々ブリジットが呟く。「私の夫は今朝処刑された〜いや、それ以上、とてもひどい・・・・・・・・・・・・質問:私の悔恨の念はどうなったの?」。そしてタイトルは「LEO」。どういう意味があるのだろうか?


(8)LES PETITS CHEVAUX 【小馬】
(9)TANKA 1 【短歌 I 】   ▲
tracks
 ブリジットが「ランランラン」と無邪気に歌う童謡のような小品(8)を挟んで、「遠い夢幻の彼方からの調べ」といった趣きの(9)。(5)でも登場した弦楽器が、悲しいようで懐かしく、懐かしいようで初めて聴くような響きを奏でる。しかし、そんな響きに耳を奪われているのも束の間、弦楽器は残響感を増しながら再び夢幻の彼方へと消え、この曲も短く2分弱で終わってしまう。(2)で出てきた“短歌”の“ I ”。


(10)LETTRE A MONSIEUR LE CHEF DE GARE DE LA TOUR DE CAROL 【キャロル塔の駅長さんへの手紙】  ▲tracks
 短い曲が続いたせいか、最後は長尺(約6分)の曲(10)で締めくくる。謎の弦楽器とコントラバス、パーカッションらの共演にブリジットの詩が絡む。何となく平安時代の琵琶法師の中近東〜アフリカ版といった感じがする。
 弦楽器からはアラブ音階が顔を出し、リズムは徐々にニュー・オーリンズのセカンド・ライン的なニュアンスを帯びてくる。ここら辺がアレスキーとアート・アンサンブル・オヴ・シカゴ共演の妙味というところか。


 最後に、ブリジットやアート・アンサンブル・オヴ・シカゴといった強烈な個性によって忘れられがちだが、その実、本作のほとんどの作曲を手掛け、その音楽的な鍵を握るアレスキー・ベルカセムと本作との関係等について少々触れておきたい。

 ブリジット/アレスキー名義の'76年の作品 『 VOUS ET NOUS 【あなた達と私達】』 のライナーで大里俊晴氏は、アレスキーは北アフリカ一帯(モロッコを始め、アルジェリア、チュニジアなど)に住む“ベルベル人”という民族の血を引く者なのではないかと推測している(実際彼はアルジェリア出身らしい)のだが、この“ベルベル人”というのが実にミステリアスな民族なのである。
 彼らは人種的なルーツがはっきりせず、アラブ人、ヨーロッパ人、アフリカ人、そしてなんと、はるか昔に西方へ遠征した日本人がルーツなのではないかという説まであるというほどで、実際ベルベル人の赤ん坊には蒙古斑があるという。このようなルーツの曖昧さが、そのまま本作の“異民族”感や、“幻の国”感、そして“摩訶不思議”感に繋がっているのではないだろうか、とさえ思ってしまう。

 そしてここでもう一つ思ってしまうのが、'60〜'70年代のミュージシャンが追い求めていた“異民族性”というものはこのあたり(北アフリカ〜中近東)にあるのではないだろうかということだ。ブライアン・ジョーンズの 『 JOUJOUKA 』 然り、サンタナの 『 CARAVANSERAI 』 然り、バルネ・ウィランの 『 MOSHI 』 然り、マーク・ボラン然り、レッド・ツェッペリンのいくつかの曲然り...。

 本作を気に入った人ならティラノサウルス・レックスのアルバムやT.REXの 『 T.REX 』 も気に入りそう。アート・アンサンブル・オヴ・シカゴのようなフリー・ジャズ的要素はほとんどないが、アコースティック・ギターとパーカッション、そしてマーク・ボランの個性的な声の組み合わせは、本作と何か似た世界観を感じる。


 なお、訳詞部分はブックレットに掲載されたもの(潮田敦子バルーさんのものと思われる)より要約または引用させていただいた。


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