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指揮者を志す方へ
指揮者になるには

 指揮者になるために必要な能力は、いくつかありますが、第一に音楽の素養です。演奏する作品がどの時代のどの様式で作られているのか、音楽はどのような構造になっているのか理解していないといけません。そのためには音楽史、和声学などの音楽理論を勉強する必要があります。
 次には耳の良さです。これはかすかな音が聞こえる、と言ったようなものではなく、演奏者が出している音を冷静に聞き分ける力です。
 そして音楽に詳しくない方や、指揮者に憧れを持つ方が重視する、指揮のテクニック(メカニック)ですが、これは指揮者として絶対の条件ではありません。
 最後に最も重要なことですが、統率力を持つことです。指揮者自身は音を出すことが出来ないので、演奏者から信頼されなければなりません。
 それでは以上のことを詳しく説明致します。

 
音楽的素養

 指揮者は当然の事ながら、演奏される曲を熟知していなければなりません。
 ですから、その曲がどのような音がするのか、ピアノ等の楽器で演奏して音を確かめられる能力が要求されます。これは読譜能力の問題ですので、ピアニストのように流暢に弾ける必要はなく、何段にも分けて書かれた楽譜(総譜)の音を同時に読みとる弾く能力が要求されます。
 ピアニストが指揮者として活動する例が多いのはこのためです。サヴァリッシュ、アシュケナージさんがこの例です。
 では指揮者は誰でもピアノが弾けるのか、と言われれば、必ずしもそうではありません。活躍中の指揮者の方でも、ピアノを弾けず、CD等を聴いて曲を勉強する方もいらっしゃいます。しかし後期ロマン派以降の曲ですと、CDでは聴き取れない音が多いので、やはりゆっくりでも結構ですから、自分で音を出して確かめてみる必要があります。また、録音がない曲も世の中には数多く存在します。ピアノが弾けない指揮者は、やはりそれなりの地位以上を目指すことは難しい様に思われます。
 ピアニストの例のように、オーケストラ内で演奏していた方が指揮者に転身することも良くあります。この場合も多くの楽曲に接し、多くの指揮者の薫陶を受けると言うことでは、楽曲を熟知するのに充分な勉強となります。但し、その場合でも読譜能力が欠けると、レパートリー以外の曲を演奏する場合に支障があると思われます。
 そして楽譜が読める、と言う意味では、作曲の勉強もとても重要です。
 作曲が出来ると言うことは、和声学、対位法、楽式論などの知識が備わっていると言うことです。メンデルスゾーン、マーラーなど現在では作曲家として知られていますが、同時代の人には、それ以上に指揮者としての認知度が高かった方々です。日本でも、山田耕筰、團伊玖磨さんなどが指揮者として知られています。
 言い換えれば、指揮者は作曲も出来なければいけないと言うことで、作曲は創作力の問題なので一概に出来るとは言えませんが、ほとんどの指揮者は編曲程度なら出来る能力を持っています。
 余談ですが、作品が後世に残る分、指揮者よりも作曲家の方がステータスが高いと考えられ、フルトヴェングラーさんですら、自分は指揮も出来る作曲家だと世間に思われたかったようです。
 音楽は時代によって作曲技法、演奏方法が変わってきたので、音楽史についても熟知するに越したことはありません。
 特に装飾音譜の奏法などは、しっかり勉強しないと的はずれなことになりかねません。
 また楽器自体も時代によって変化しており、例えばベートーヴェンの曲を当時の楽譜のままに演奏しても、現代の楽器では作曲者の意図を再現することは出来ませんので、時代の知識、作曲の知識が要求されます。

耳の良さ

 耳の良さは、まず一つには読譜能力に関連しています。つまり演奏者が正しい音を出しているかどうかを判断できなければなりません。指揮者コンクールで「間違い探し」と呼ばれるのがこれで、オーケストラの楽員にわざと間違えた音を演奏させ、受験者がその間違えを指摘しなければなりません。これは集中力と、その前提になる読譜能力の問題です。
 つぎに指揮者は明らかに間違いではないものの、好ましくない音を正さなければなりません。これは微妙なピッチの狂いであるとか、音色の設定などを正せる力です。ですから指揮者は自分の望む音のイメージを持っていなければなりません。
 但しある程度以上、楽器の音色、声楽の発声などを直すことは指揮者の範疇ではなく、トレーナーなど専門家の力を必要とします。
 また声部のバランスなどを按分良くすることも指揮者の使命です。実際には指揮者の位置で聴く音と、客席で聴く音はかなりバランスが違って聞こえるので、経験を積んで想像力を養う必要があります。

指揮のテクニック

 昔はほとんど重視されませんでしたが、世の中が地球規模で動くようになって、だんだん問題になってきたのが指揮のテクニック(メカニック)です。今でもアマチュア合唱団などの指揮者と演奏者が常に接していられる環境では、多少変な指揮をしても、演奏者は指揮者の意図を充分に理解しているので、ほとんど問題はありません。とは言え、あまりに不明瞭な指揮では、演奏者に不要な圧力を与えることになりますし、その時の指揮者のメカニックによって引き出される音が大きく変わることも事実なので、やはりメカニックを身につけることは必要でしょう。
 ここで重要なことは指揮が「格好良い」ことではなく、「判りやすい」ことですので、勘違いなさらないよう留意下さい。
 指揮のメカニックとして頓に有名なのが「齋藤指揮法」です。但し齋藤先生自身の棒は今では多く問題視されています。現在その流れをくむ指揮教室ではその反省から、新しい「齋藤指揮法」を編み直そうと研究中です。私自身、その方法を身につけたものの、使ってみると演奏者の音が硬直してしまった経験があります。
 重要なことは演奏者の邪魔をせず、意欲を引き出す指揮をすることです。

統率力

 しかし何と言っても指揮者は演奏者が協力して音を出してくれないことには、何の意味もありません。
 ですから演奏者に好意を持たれないことには理想の演奏を実現することはできません。
 統率力、と言ってもそれは他人に命令し君臨する事ではなく、自然と尊敬を集めるようでなくてはなりません。
 それには何より信用されることが大切です。演奏上のことで得る信用は当然ですが、私生活に置いても信頼を得られる人間であることが何にも増して重要です。

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