第三章 〜「主」〜
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正面から入ると玄関があってなんと引き戸だった。こんな最新式の建物の中に引き戸なんて。いつきの話によると鍵はかかっていないから自由に入れるとのことだった。なんて無用心なんだろうと思ったけど、方舟の合言葉や警備員を見るとこの中での鍵の意味なんて無いんだって分かる気がした。戸を開けてクツを脱ぐ。念のため、クツは持っていくことにした。あぁ、人の家の匂いがする。なんで人の家ってそれぞれ匂いがするんだろう。小さい頃によく遊んだお婆ちゃんの匂いに似ていて少し安心した。いつきの家もなんてことは無い、玄関にはブリキのお菓子の箱の鍵入れがあって、いつきのヘルメットをかける場所もちゃんとある。そして、すぐ正面に二階へとあがる階段もあった。僕の家とかわらない。ただ、方舟の中にあるというだけ。ほかの場所には目もくれず僕は2階へと上っていく。ギシギシという音と、僕の靴下がこすれる音が響いていた。