King Crimson @ Royal Albert Hall
17 May 1995 今年もっとも動向が注目されるバンドのひとつ、King Crimson がついにロンドンに上陸しました。もちろんルーツは英国にあるプログレッシヴ・ロックバンドですが、現在のラインナップには米国人がずいぶんいるので、必ずしも母国凱旋という感じではないかもしれません。 会場に選ばれたロイヤル・アルバート・ホールは、ロックファンの間でも Emerson, Lake & Palmer や Eric Clapton のライヴ盤などで知られているでしょうが、本来はクラシック音楽が中心の実に由緒正しいホールです。円形に配置された座席に高い天井、紅(=crimson!)を貴重にした座席シートとカーテンによる内装から、私の心に『宮殿』とか『王朝』といったフレーズを想起させてくれます。まさに、King Crimson を迎えるに相応しい会場であると言えるでしょう。 午後7時30分、オープニングアクトの California Guitar Trio が演奏を開始します。 以前聴いた時にはずいぶん単調な音楽だなぁという印象を持った彼らですが、今夜の演奏は緩急自在の押しと引きを身につけたようで、バッハの「トッカータとフーガ ニ短調」を含むレパートリーを緊張感を保ったまま約30分プレイし、大きな声援に送られてステージを後にしました。 前座が演奏している間に、会場の方がだいたい埋まっていきます。こちらに来てからはメタル系のライヴを多く見ているせいもありますが、今夜の観客は実に年齢層が高いです。40代から上もかなりいそうで、自分のような20代はむしろ少数派。男性の割合が多いのも印象的です。プログレ者独特の構成かもしれません。仕事帰りにコンサートに足を運ぶ自分ですが、メタル系だとスーツ姿のビジネスマン然とした人は皆無なのに、今夜はそういう人も多くて少し安心。 20時30分、この会場独特の上品な客電の落ち方、そう「まろやかに落ちる」と言ってもいいくらいのフェードアウトに感心している間もなく、割れんばかりの拍手に迎えられて King Crimson の6人がステージに現れました。ステージ向かって左側に Robert Fripp, Pat Mastelotto の2人、中央手前に Adrian Belew、その後ろに Trey Gunn、ステージ右側には Tony Levin と白のシャツにネクタイを締め、黒のパンツの上に黄色のジャケットを羽織った Bill Bruford の2人が配置されて、Fripp の言う「ダブル・トリオ」という編成を視覚的にもはっきりと意識させます。 静まり返った会場に、Bill が振る鈴のような楽器のサウンドが小さく、しかしはっきりと響き渡ります。各楽器を構えて微動だにしない他の5人のメンバーの後ろで、Bill は静かに鈴を置き、続いてシンバルに触れるか触れないかの微妙なクラッシュから、次第にクレッシェンドしながらシモンズのドラムパッドを叩き始め、ステージ逆サイドの Pat Mastelotto がリズムをカウントして1曲目の "Vrooom" が一気にスタートしました。 見事なまでに微妙にずれたリズム! 2人のドラマーの役割分担は曲によって異なりますが、この曲をはじめとする新曲群では、Pat がメインのビートを刻み Bill がシンコペーション的にパーカッションを加えていきます。Tony Levin の弾く安定したベースラインの上でひたすら裏を裏を叩きまくる Bill。彼のリズム感の凄さをこの1曲からも十分に感じることができます。しかも、単に独走してしまうのでなく、Pat や Tony、さらには Adrian Belew らとしっかりアイ・コンタクトを取りながら、「音で会話している」のです。 前半は新しめの曲が並びました。しかしどれひとつとしてレコードと同じものはありません。「ライヴ」という場においてまったく新しい命を吹き込まれた楽曲たちに、音楽がまさに生きものであり、今この場で生み出されつつあるのだということを思い知らされる瞬間。ダブル・トリオという新概念も、予想以上に分厚く、それでいて切れ味の鋭いリズムを生み出すという点において、かなり成功しているように感じられます。 今回のツアーの見せ場のひとつはやはり往年の名曲 "Red" の再演。 唐突にイントロが鳴り響いた瞬間、はっきり言ってその場に凍りついてしまいました。会場のどよめきも一際大きかったように思います。これまでレコードでは何回も聴いてきた、あのメタリックで激しいリフが、ナマで動き出します。ステレオスピーカーの前でただ想像するだけだった縦横無尽な Bill Bruford のスティックさばきがまさに目の前で再現され、肘から先がまるで別の生き物のように自由に動く、シャープで華麗なドラミングが展開されます。この曲においては Pat Mastelotto はドラムセットから降りて、時々出てきてはシンバルワークだけヘルプするという変則的なスタイルで、スポットライトも主として Bill Bruford に当たっていました。リリースされてから早20年近くが経過しようとしている曲とはとても思えない圧倒的な迫力。 そして、続く "B'Boom" では Pat Mastelotto と完璧に息の合ったドラム・デュエットを披露。残念ながらいい組み合わせとは言い難かった8人組YESでの Alan White とのデュオに比べると、素晴らしくこなれた演奏です。音合わせもずいぶんやったんでしょうね。ツインドラムは各々の役割を分担できる分、自分のプレイは表現しやすくなります。Bill は『太陽と戦慄』アルバムでの Jamie Muir から大きな影響を受けたと語っているところからも、打楽器奏者が2人いる構成そのものは嫌いではないというか、むしろ気に入っているのかもしれません。 そして "THRAK"。爆発する瞬間から静まり返る瞬間まで、極めて振幅の大きいインプロヴィゼーションで、6人の演奏家が自分の楽器で可能な表現の限界に挑みます。CDにおけるこの曲の演奏なんて、ライヴを聴いた後でははるか遠くに霞んでしまうというくらい、物凄いものを見せてもらいました。インプロヴィゼーションを売りにするバンドが少なくなってきた現在、敢えてここまでやってみせる彼らに本当に驚かされます。 さて、実は今日は Bill Bruford の誕生日でした。 アンコール前のラスト、"Indiscipline" の途中で、Adrian Belew が "It's Bill Bruford's birthday!" としゃべって観客に紹介し、ホールが多いに盛り上がります。自分の周囲では、"HAPPY BIRTHDAY, BILL!" と大きな声で叫ぶファンの声も聞こえます。ニコニコと微笑んでちょこんと頭を下げる Bill。実に楽しそう。大好きなクリムゾンでプレイし、満員のロイヤル・アルバート・ホールに祝福されながら誕生日を迎えるという状況が嬉しくないはずはありませんよね。 アンコール1回目は、やはり Bill と Pat の猛烈に高速なドラム・デュエットで始まりました。次第に Adrian Belew のギターや、Trey Gunn の弾くスティックの音が加わっていきます。そして、Tony Levin のベースが刻み始めたリフは… …そう、"The Talking Drum"! どんどんクレッシェンドし、加速していく不穏なフレーズと原始的なリズムが頂点に達したその瞬間、突如すべてのライトが落ち、会場は真っ暗闇に。漆黒の闇をサーチライトのように白いライトがいくつもかき回し、観客の心臓が早鐘のように打ち続ける中、全てを切り裂く絶叫のような "Larks' Tongues In Aspic Part 2" のイントロのギターリフを Robert Fripp がかき鳴らします。 この時点に至り、もう完全に切れてしまって、全身に鳥肌が立つのを感じながら、飛び出してくる音にただひたすら身を任せていた自分。クリムゾンは本気だ。彼らは単なるノスタルジアや、小銭稼ぎのためにこのツアーをやっているのではない。そのことをハッキリと、身体全体で感じました。音楽の何たるか、ライヴの何たるかを知り尽くしたベテランたちが、わざわざ多忙なスケジュールを調整して一堂に会し、それを我々に見せつけてくれているのです。 アンコール2回目はアルバム "THRAK" の中でも非常に印象的な優しい曲、"Walking On Air"。Adrian Belew の声には賛否両論ありますが、この曲では全てを包み込むような実に繊細なヴォーカルをホールに響かせ、最後は Fripp のプレイする Soundscape の効果音がエンドレスにリピートされる中、彼らは1人ずつステージから降りていきました。 客電がついてもしばらくは茫然として立ちあがれず。それくらい、余韻が身体中に残っていました。 …そして、脱力感の中で、Robert Fripp にはただの1度たりともスポットライトが当たらなかったことに気がつきました。影になる位置に椅子を置いて腰掛け、じっとバンド全体に目を配りながら的確なギターを弾いていた彼は、ライヴにおいてもプレイヤーというよりはむしろ監督の役割を果たしていたようです。8人も集めておいて、結局自分が中心でスポットライトを浴びていなくては気が済まなかった某YESの某ジョン・アンダーソンとは大違いですね。もちろん、それでこそジョンなのですけれど… 率直に言って、これは近年稀に見る素晴らしい、凄すぎるライヴです。 全てのロックファンにぜひとも見てもらいたいショウだと思います。 日本公演も決定したようですね。ロイヤル・アルバート・ホールで売られていたツアーTシャツの背面に早くも日本の都市名がいくつか書いてありました。ちなみに今回はツアーグッズもかなり豊富。商売っ気溢れる Fripp 先生なのでした。Tシャツだけでもいろいろありますが、やっぱり『太陽と戦慄』ロングスリーヴTシャツあたり、かなりカッコイイですよ。 【セットリスト】 1. Vrooom 2. Vrooom: Coda Marine 475 3. Frame By Frame 4. Dinosaur 5. One Time 6. Red 7. B'Boom 8. THRAK 9. Matte Kudasai 10. Sex Sleep Eat Drink Dream 11. People 12. Vrooom Vrooom 13. Elephant Talk 14. Indiscipline - 1st Encore - 15. The Talking Drum 16. Larks' Tongues In Aspic Part 2 - 2nd Encore - 17. Walking On Air (ちょっと補足) コンサートが Bill Bruford の誕生日だったこともあって、彼に関する記述が多くなってしまいました。もう少し他のメンバーの様子について細くしましょう。 まずは私自身にとってオールタイム・フェイヴァリットのベーシスト、Tony Levin ですが、基本的には4弦のベースを弾いていました。そしてたとえば "Coda: Marine 475" のような楽曲でアップライトベースを弓で弾く技を見せてくれます。この時の左手のヴィブラートのかけ方がただ者ではなく、音に素晴らしい表情が加わるのです。本当に器用な人なんですね。アップライトは楽曲によっては指弾きもします。また、DISCIPLINE 時代の曲はスティックでプレイ。スティックソロ的な短いインプロから、あの超有名な "Elephant Talk" イントロのスティック・リフにつながった時はもう、口あんぐり状態で、ただただ彼の複雑な指の動きを見つめるばかりでした。 Adrian Belew は、歌がとても上手くなっていて、昔とは別人のようでした。意外かもしれませんが、私はヴォーカリストとして見直しました。もちろんトレードマークのギターイフェクトもあちこちで炸裂し、「いったい何の音だろう?」というようなサウンドの多くは彼のギターから鳴っていたようです。"Dinosaur" では恐竜の声、"Elephant Talk" では象の鳴き声と大活躍でした。Trey Gunn のスティックはサイズがやたら大きくて目立つのですが、肝心の音の方はどれなのか、演奏中に耳で探すのに苦労しました。他の3人の弦楽器奏者の中に埋もれてしまっていたかもしれません。ただ、4人で強烈に自己主張し合うとバランスを欠くでしょうから、敢えて通奏低音として屋台骨を支えていたのかもしれません。Pat Mastelotto は、想像していたよりもずっと切れるドラマーでした。Bill とここまで張り合えるとは、失礼ながら思ってもみませんでしたから… Bill がイエローのジャケットを着ていたのに対し、この日の Pat はパープルで、視覚的にも好対照で綺麗でした。 とにかく全体として、観客に対する媚もないし、ダサいコール&レスポンスもない真剣勝負のライヴでした。演奏する側も観る側もとても集中していて、とても好感の持てるコンサートであったと思います。 August 2001 追記 この後ちゃんと来日公演もこなして、いいライヴを行ったようですね。 キング・クリムゾンというバンド自体はまだ存在しますが、ご存知のように、既にこの時の6人のメンバーでは活動していません。自分自身にとっては Tony Levin + Bill Bruford というリズムセクションは何ものにも代え難い組み合わせなので、正直言ってその後はやや興味が薄れています。ただ、TOOL のような言わば「クリムゾン・チルドレン」ともいうべき世代が台頭してきたことを思うと、まだまだ現役で頑張る Robert Fripp 先生に敬意を表さないわけにはいきません。 このツアーでのライヴは、上にジャケット写真を載せた "B'BOOM" というオフィシャルブートレグや、インプロヴィゼーション楽曲 "THRAK" のテイク違いのライヴを多数収めた "THRAKATTAK" など、いくつかの音源で確認することができます。興味がおありの向きは、ぜひトライしてみてくださいませ。 |
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