30. Pop Life - Prince & The
Revolution
思えば僕のシンプルライフ志向はこの曲に出会った85年から始まっていたのかもしれない。"PURPLE RAIN"
で頂点に上り詰めた紫の貴公子が矢継ぎ早にリリースした次回作は、意外なくらい非コマーシャルな1日間世界一周旅行記。中でもこの曲に流れる如何ともし難
い無常観と寂寥感に心奪われた自分は、繰り返し繰り返し同作を聴き込んだのでした。
"Baby I'm A Star"
なんて曲まで歌ってロックスターとしての美学を確立した前作から一転、ここでは人間の抱く際限のない欲望を醒めた目で見つめるプリンスがいます。お金持ち
になりたいとか、女の子が生まれたけど実は男の子が欲しかったとか、もっともっと刺激のある生活をしたいとか…
果てしない欲望の行き着く果てはドラッグまみれの廃人。プリンスは歌います。
♪Pop life / Everybody needs a thrill
Pop life / We all got a space 2 fill
Pop life / Everybody can't be on top
But life ain't real funky unless it's got that pop
Dig it
確かに誰しもスリルを求めるし、他の誰かに埋めてほしい空洞を抱えている。だが皆がトップに立てるわけではないし、トップを走る人生なんてむしろ虚し
い、ポップな人生こそが実は最もファンキーであるという逆説。殿下と一緒に「Dig it / 分かるかい?」と胸に問いかけてみる。あく
せくと常に新しいものを追いかけ、より多くのものを欲しがっていた自分ですが、大切なものは全然別のところにありました。ウェンディ&リサの気だるいコー
ラスとシーラ・Eの切れ味鋭いドラムスも忘れ難い平凡人生賛歌。
29. Song About - Wendy & Lisa
王子が革命を起こした時代がありました。オフィシャルには1984年の "PURPLE RAIN"
からの3作、実質的にはその前後数作に渡り、プリンスのバックバンドとして機能したザ・レヴォリューション。Matt Fink の鍵盤や Bobby
Z のドラムス
が要所を締めてはいたものの、殿下が全幅の信頼を寄せていたのは2人の女性、ウェンディ・メルヴォワンとリサ・コールマン。唐突な解散劇の後、実力派デュ
オとして独立したのも当然と言えましょう。もっとも、この業界は王子の息がかかってるというだけでヒットするほど甘い世界ではなかった。
だが「売れる」音楽と、ある人にとって「良い」音楽とは全く別物。むしろしばしば対極。2人の名前を冠した "WENDY AND LISA"、"FRUIT
AT THE BOTTOM"、"EROICA"
の3枚の音楽的充実度とセールスの乖離も決して珍しいことではありません。プリンスという偉大な才能に見出され、惚れ込まれ、共に世界を制覇した彼女たち
が、ある日突然彼に棄てられた哀しみを思いつつ静かに聴かれるべき音楽。この曲は流れるようなストリングスに彩られたピアノベースのワルツ。三拍子の楽曲
はだいたい好きなのですがこれは格別。何気ないコード進行が醸し出す喪失感が涙腺を刺激します。これはただの恋の歌、どこにでもあるような恋の歌なのよと
歌うコーラスもある種爽やかな哀感に満ちて。
♪So strange that no one stayed at the end of the Parade...
そう、殿下との最後のコラボレーションはアルバム "PARADE"。王子と革命家たちのパレードは終わりましたが、遺された芸術は永
遠に輝き続けるのです。
28. Carnival - Cardigans
1995年、日本に吹き荒れた異様なカーディガンズ人気。僕はたまたまその1年を英国で過ごしていたので、あちらの音楽業界紙で「日本では北欧のかー
でぃがんずなる無名バンドがチャートを席巻中」などと取り上げられるのを読んで、居ても立ってもいられず現地のタワーレコードで購入。そして絶句。
「か、可愛い…」。
そんな初期の彼らを代表するヒット曲です。イントロのやや不穏なオルガンコードでいきなり掴まれる。どこか懐かしいレトロなトラックに乗っかるニーナの
舌足らずなロリ声。狙いすましたように哀愁系ストリングスが被さるキッチュな確信犯アレンジ。ちょっぴり毒があるところも含め、実に完璧な産業北欧ポップ
なのでした。当時、北欧ポップはいわゆる「渋谷系」のムーヴメントに乗り、大量に輸入されていました。玉石混交で当たり外れも大きく、個人的には渋谷系と
いう言葉にあまり良い印象はありません。トーレ・ヨハンソンの息がかかってれば何でも買ってみたあの頃は懐かしいけれど、本当に気に入ったのはこの時期の
カーディガンズくらいのものかなぁ。
バンドはこの後、"Lovefool" で全米エアプレイチャートを制覇し、世界的に大ブレイクを果たします。さらにアルバム "GRAN
TURISMO"
では大胆にエレクトロニクスも導入して新境地を開きました。しかし僕にとってはいつまで経ってもカーディガンズといえばこのフレーズ。脳裏にはぐしゅぐ
しゅのルーズソックスをたるませた茶髪の女子高生たち in 渋谷センター街。
♪I will never know
'Cause you will never show
Come on and love me now
Come on and love me now...
27. Kiss On My List - Daryl Hall
& John Oates
考えてみればキスというのは不思議な行為です。文化によっては広く友人や家族間でも行われますが、多くはこの曲の歌詞にあるように恋人同士の愛情表現。
食物を咀嚼し、摂取する器官を重ね合わせることにこれほど重い意味を持たせている生物って、人間くらいのものなんじゃないか。ハグとキスとどちらが好きか
と問われれば、「ハグしながらキス」とか答えちゃう自分だったりしますが。
それはさておき、「時代の半歩先を行く」と言われたホール&オーツが満を持して放った80年代初頭の全米#1ヒット。この曲を皮切りに、1曲の例外
(82年の "Your Imagination")を挟んで "Adult Aducation"
(US#5/85)
まで、実に12曲ものトップ10ヒットを量産することになります。まさに彼らの黄金時代の幕開けに相応しい楽曲。前2作を制作したデヴィッド・フォスター
に代わり、H&O自らプロデュースを手がけたアルバム "VOICES"
は、実にストレートで瑞々しい作品でした。中でも特に光る1曲がこれ。
オープニングの軽快なピアノ音が曲全体の基調。好きになった女性と交わしたあのキスが忘れられない。相手も同じように自分のことを思ってくれているのか
どうか気になってたまらない。そんな心を表現するように、長調っぽいコードと短調っぽいコードの間を揺れ動くメロディ。確信犯的なダリルのヴォーカルをサ
ポートするジョンのコーラスも、G.E.スミスのギターソロもまさしく絶妙。これ以上いじりようのない完璧なアレンジで、ちょっぴり甘酸っぱさを残しつつ
フェードアウトしていきます。キャッチーなコーラス部分を書いたのは、ダリルの長年の恋人だったサラ・アレンの妹、ジャナ・アレン。ご存知のようにジャナ
は白血病で亡くなり、ダリルとサラも2001年末に30年以上続いた関係に終止符を打ちます。…でも、どんなに時が流れても、この曲の輝きだけは変わらな
い。
26. Leather - Tori Amos
♪Look I'm standing naked before you
Don't you want more then my sex?
I can scream as loud as your last one
But I can't claim innocence...
歌い出しの4行がすべてだった。僕の人生はそこで大きく捻じ曲げられ、以後数年間はトーリ・エイモスの音源をとことん買い漁る日々が続くことになる。ソ
ロとして仕切り直した "LITTLE EARTHQUAKES"
アルバムには無駄な曲が一切存在しないが、中でもこの曲のジャズっぽいピアノは特に印象的だ。こちらの心の底まで見透かすようなトーリのヴォーカルに、身
も心もずたずたにされながら僕はCDをリピートし続けた。
彼女の他の曲と同様に、その歌詞は断片的で抽象的だ。心をよぎった言葉を書き留めて、韻を踏むように適当に並べ替えたようにも思える。だがそうした中に
はっとさせられるフレーズがたくさんあって、いつしか心を離れなくなっていることに気づく。ある人が言った。「重いものは慣性の法則で勝手に吹っ切れてい
くのですが、軽いものほどへばりついて離れなかったりするんですよね」。然り。例えば人生の哀しみをすべて背負ったこのコーラスのように。
♪Oh God
Could it be the weather
Oh God
Why am I here?
If love isn't forever
And it's not the weather
Hand me my leather
25. What You Need - Inxs
イン・エクセスとは82年に洋楽を聴き始めたときからの付き合いだ。"SHABOOH SHOOBAH" も "THE
SWING"
もFMのエアチェックで大半を録音したが、あまりピンと来なかった。ダイナミックなロックバンドになりきれず、小さくまとまっているように思えたからだ。
言わば、弾けきれていなかった。"LISTEN LIKE THIEVES" から先に米国でシングルになった "This
Time" を聴いてもその印象は変わらなかった。
しかし続く "What You Need" は決定的に異なっていた。当時、MTVの Sneak Preview Video
で何度も繰り返しオンエアされたそのビデオクリップは、あまりにも衝撃的だった。イントロにマイケル・ハッチェンス(vo.)の動くラフ・スケッチ風アニ
メを使ったり、歌詞に合わせて「WHAT YOU
NEED」の文字を画面に大きく映し出したり。マイケルのカッコよさを極限に引き出したビデオの製作者が元10cc の Godley &
Creme であったことは今さら説明する必要もないだろう。ついでに言えば、このビデオのイントロはアルバムと異なっていて、"What, what
,what..."
とマイケルの声がサンプリング/リピートされた後に「じゃーん」とギターが入る独自仕様だったように記憶する。その後あらゆる音源を購入しても見つからな
いので、あるいは勘違いなのかもしれないが…
大胆に、ワイルドに。何か振っ切れたようなマイケル・ハッチェンスがセクシーなヴォーカルを聴かせまくる。シャープなギターのカッティングに、カーク・
ペンギリーの乾いたサックスが絶妙に絡まるファンキー・ロック。日々の生活に疲れ、トラブルに悩む「君」にマイケルは歌いかける。確かに人生、時には辛い
ときもあるさ。でも泣いててもしょうがない。とにかくやるしかない。僕なら君に必要な「何か」を与えることができる… 1番・2番のヴァースまでは普通に
人生応援ソングなのに、3番で微妙に口説きモードになってしまうところが彼らしい。
自ら命を絶ったマイケル。旅立った先に、彼が必要としたもの/"what he needs" を与えられる人がたくさんいるといいのだけれど。
24. Crazy For You - Madonna
マドンナは本来バラードシンガーではない。バラードは決して得意とはいえない。マドンナが本領を発揮するのは "Holiday"
や "Into The Groove" のようなソリッドなダンスナンバー、あるいは "Borderline"
や "Material Girl"
のようなコケティッシュな楽曲だ。だがマシュー・モディン主演の映画「ビジョン・クエスト」に使われたこの曲は例外といってよい。制作陣の豪華さを見れば
うなずけるというものだ。作詞:John Bettis、作曲:Jon Lind、編曲:Rob
Mounsey。よくもこれだけの面子を揃えられたものだと思う。
John Bettis
はリチャード・カーペンターの大学の同級生で、カーペンターズの作詞家として知られる。80年代以降は芸風を拡大してポインター・シスターズの "Slow
Hand" やマイケル・ジャクソンの "Human Nature"、ホイットニー・ヒューストンの "One
Moment In Time" などを書いている。Jon Lind は60年代末にNYで Fifth Avenue Band
に参加していた人だが、その後EW&Fの "Boogie Wonderland" やヴァネッサ・ウィリアムスの "Save
The Best For Last" といった大ヒットを書くことになる。この楽曲を Rob Mounsey
にアレンジさせるのだから外すわけがない。Michael Franks などAORものの制作で知られるほか、Steve Khan やDavid
Sanborn などフュージョン系アーティストの鍵盤奏者として名を馳せた。だがロック史上に残る大仕事はやはりスティーリー・ダンの "GAUCHO"
アルバムにおける完璧なリズム&ホーン・アレンジだろう。
John "Jellybean" Benitez
の丁寧な制作ぶりも微笑ましい。彼は初期のマドンナを支えたプロデューサー/DJで、2人は一時恋人関係にあったとも言われる。だが知ってのとおりマドン
ナは彼を捨て、その後も才能ある男性に接近しては次々と乗り換えながらスターダムへと上り詰める。この曲が内包する無垢な可愛らしさとは好対照で、それが
また不思議な魅力になっている。
♪I'm crazy for you
Touch me once and you'll know it's true
I never wanted anyone like this
It's so brand new
You'll feel it in my kiss
I'm crazy for you
誰しも感じたことがあるに違いない。相手を好きになり始めたときのあの恋焦がれるもどかしさ。私に触れて、キスしてほしい、そうすればきっと貴方にも伝
わるから。時にはそんな無謀な自信が相手の心を開くこともある。
23. Buddy Holly - Weezer
なんて無防備なうたなんだろう。「楽曲」なんて呼びたくない。「うた」だよこれは。ガードを思いっきり下ろした時にこそ真価が問われる。誰に何を言われ
たって気にしない、その子のことが好き。ただそれだけを伝える無防備なうた。
「♪僕はまるでバディ・ホリーで、君はまるでメアリー・タイラー・ムーア」。日本人向けに分かりやすく翻訳すれば、要するにのび太としずかちゃんだ。バ
ディ・ホリーばりの黒ぶちメガネくんは、期待通りにぶきっちょでトロいけど、しずかちゃんを心から愛してる。彼女を心から守りたい。その一点において彼は
世界の誰よりも純粋でカッコいい。たとえ乱入してきたジャイアンにブチのめされて床にのびちゃう運命にあるとしても。愛すべき野比のび太。
"♪I don't care what they say about us anyway / I don't care
'bout that !"
そう、僕だって気にしない。この曲の圧倒的にポジティヴなコーラスを一緒に歌っていると、何だかどうでもよくなってしまう。世の中の大半のトラブルは、
貴方や僕が気にしているほど深刻なものじゃない。僕らの心が勝手に事態をこねくり回して複雑にしちゃってるだけ。似非オールディーズっぽい懐かしいポップ
さが切なくて。大切な何かを忘れそうになったときに引っ張り出して、ひたすらリピートしたい「心のビタミン」的1曲。
22. No One Else - Total
凄い。何度聴いてもぶっ飛ばされる。全盛期のパフ・ダディことショーン・パフィ・コムズのどす黒い気迫が迸っています。まさに初期 Bad Boy
レーベルを代表する大ヒット曲。物議を醸したトラックでもありました。「安易過ぎるネタ使い」と斬り捨てるか、「絶妙のストリート感覚」と評価するか。何
しろあの Boogie Down Productions の名作 "South Bronx"
のバックトラックをそのまんまいただいて、その上で女の子たちに別メロディを歌わせるという創作手法。あまりにも大胆なその企画はヒップホップ愛好家の間
でも賛否両論を巻き起こしましたが、Trackmasters + Puff Daddy
という黄金の音職人が仕上げた成果物は理屈抜きにカッコ良すぎるトラック。文句の付けようがない音響エンターテインメント、強烈な重低音が腰を直撃しま
す。
Total
のヴォーカルの弱さとルックスのヤバさは、星の数ほどいるガールズR&Bトリオたちの中でも群を抜いています。その意味では、こうして弄り倒され
たのが勝因だったと言えなくもない。一聴すると破綻なく聴こえるヴォーカルも、よくよくクレジットを確認すると裏方仕事の賜物であることが分かります。こ
の曲のメイン作曲者である Terri Robinson は93年に Terri & Monica
名義で渋いアルバムをリリースしていた実力派。彼女がヴォーカル・プロダクションを手がけ、自ら声を重ねたからこその切ないコーラスなわけで。So
So Def と Bad Boy の蜜月時代を象徴するかのような Da Brat
の客演ラップソロも、彼女のキャリア史上最高級の切れ味を見せます。あらゆる仕掛けが気持ちいいほど決まりまくるこの曲、個人的にはリピートで1時間繰り
返し聴いてもちっとも飽きません。それくらいお気に入り。
ついでに付記すると、パフ・ダディとロドニー・ジャーキンスが手がけたこの曲のリミックスは、フォクシー・ブラウンとリル・キム、ダ・ブラットが順番に
マイクを回す超豪華ラップ競演。特にフォクシーとリル・キムのマイクリレーは歴史的に貴重なテイクで、これを実現できた時代とパフィのマジックに恐れ入り
ます。最高。
21. If You Love Me - Brownstone
海外ドラマや洋画を観るのが好きなのは、気の利いた台詞への憧れがあるから。ちょっとしたジョークも交えながら、好きなものは好き、いやなことはイヤ、
彼らは実にはっきりとモノを言います。だから恋人に対しても、僕は君のこんなところがこういう風に好きと具体的に伝えるし、具体的に伝えられなかったとし
たらそれは本物の恋じゃない。
女の子はいつだってそれが一番心配なのです。これはいったい「本物」な
のかしら、と。もし遊びじゃなくて本気で愛しているのなら、ちゃんと言葉にしてほしい。ちゃんと態度で示してほしい。そんな乙女心を、揺れるエレピのイン
トロに乗せて美しいハーモニーで紡ぎ上げた90年代のマスターピース。マイケル・ジャクソンのMJJレーベルの看板アーティストとして、プロモーションに
力を入れてもらえたのが功を奏し、いきなり全米トップ10ヒット。スロージャムの帝王 Dave "Jam" Hall
が腕によりをかけてプロデュースした1曲ですが、素材となった女の子3人組のブラウンストーンがかなり「歌える」グループだったからこその成果でした。
セカンド・アルバムの "STILL CLIMBING"
はゴスペル的なコーラスをベタ塗りしたアレンジでした。日本では大評判でしたが、楽曲のレベルが揃っておらずセールス的には失敗に終わります。結局ブラウ
ンストーンの人気は長く続きませんでしたが、一度聴けば誰でもすぐに歌えるこの曲のサビの力は普遍的だし、いつの時代にも女の子の心を、そして貴方の心を
代弁し続ける。だから君も「愛してる」ってはっきり伝えたほうがいいよ。かつての僕のように。
♪If you love me, say it
If you trust me, do it
If you want me, show it
If you need me, prove it
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