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ピアノソナタ第8番ハ短調「悲愴」 作品13


概要

ピアノソナタとしての第一歩

 ピアノソナタで第8番にもなる「悲愴」が,どうして第一歩なのかと首を傾げるかもしれない。
 しかし,この曲より前のピアノソナタは,ピアノ曲でありながらピアノのために作られた曲ではなかった。ハープシコードのために作られた曲だったからである。ベートーヴェンの前期の頃までは,まだピアノ(ピアノフォルテ)よりもハープシコードのほうが一般的だった。やっと出てきたピアノも,現在のピアノとはほど遠いもので,現在のようなピアノの出現は,ベートーヴェンの曲で言えばピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」の頃まで待たなければならない。そういえば,ハイドンの後期の交響曲の中では,珍しく鍵盤楽器のソロが入る交響曲第98番も,ピアノではなくハープシコードが使用されている。

 ハープシコードとピアノの最大の違いは,音に強弱が付けられるようになったことである(ピアノフォルテの名前も,強弱が付けられるという意味である)。ベートーヴェンがいつ頃からピアノフォルテを意識し始めたのかは分からないが,この「第8番」の第1楽章の序奏は,明らかにそれを意識しているだろう。もっとも,それ以外の楽章ではさほど利用されているわけでもないのだが……。

よみがえった旋律

 「悲愴」の第2楽章の主題 [♪] は,とにかく名旋律であり,知名度も高いだろう。単独で聴いてもいい旋律だが,叩きつけるように激しく終了する第1楽章 [♪] に続いて,哀愁を帯びた,歌曲的な主題が現れるのは,強く印象に残るものである。

 ベートーヴェンは,自分の気に入った旋律を他の作品に使いまわす例がよく見られる。有名なものが「英雄の主題による15の変奏曲」や「トルコ行進曲の主題による6つの変奏曲」の主題。前者は後に交響曲第3番変ホ長調「英雄」の終楽章に使用されて有名になったし,後者は劇音楽「アテネの廃墟」で「トルコ行進曲」として使われ有名になった。どちらの場合も,後から作曲されて有名になった曲の名前が,以前の作品である変奏曲の名前に反映されているところが興味深いのだが。
 あまり有名ではないが,「悲愴」の第2楽章の主題も,他に使い回されている場面がある。それは「交響曲第10番ハ短調」,ベートーヴェンが第九の後に作曲を始めていたが,1楽章も完成できずに終わった幻の交響曲。第1楽章の緩やかな序奏が,「悲愴」の第2楽章の主題にそっくりなのである。交響曲第10番ハ短調は,第1楽章のみが演奏できる形に補筆されており,CDも発売されているので,機会があれば聴いていただきたい。
 また,後年チャイコフスキーが,その名も「悲愴交響曲」(交響曲第6番ロ短調)で,第1楽章の冒頭の旋律に似た旋律を使用しているが,それはまた別の話である。

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