(日米野球オールスターシリーズ第5戦、全日本3−1米選抜、米選抜4勝1敗、10日、大阪ドーム)近鉄・岩隈久志投手(23)が7回2安打1失点に抑える好投などで全日本が今シリーズ初勝利。今季で消滅する近鉄へ“恩返し”を果たした。〔写真右:さらば、近鉄! 岩隈の好投が全日本に初勝利をもたらした=撮影・南厚子。同下:今シリーズ初勝利に王監督は満面の笑みで選手を出迎えた=撮影・塩浦孝明〕
(日米野球オールスターシリーズ第5戦、全日本3−1米選抜、米選抜4勝1敗、10日、大阪ドーム)大リーグ選抜のロジャー・クレメンス投手(42)=アストロズ=が、通算7度目のサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)を受賞した記念すべき夜に先発登板。引退もささやかれる中で最後の? 晴れ姿を披露した。〔写真:試合前にサイ・ヤング賞の受賞会見を行ったクレメンスは“7度目”のポーズ。大サービスのカットです=撮影・安部光翁〕
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★7度目のサイ・ヤング賞受賞
【ニューヨーク9日(日本時間10日)=共同】ナ・リーグのサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)が発表され、アストロズのロジャー・クレメンス投手(42)が、史上最年長で選ばれた。自己の持つ6度の最多受賞を7度目に伸ばした。また、レッドソックス、ブルージェイズ、ヤンキースに続き、4チーム目での受賞も史上初。
クレメンスは今季、18勝4敗、防御率2・98、218奪三振。選考した全米野球記者協会メンバーの投票で満票32票中、23人から1位票(順位点5点)を獲得、140点と他を引き離した。2位は16勝14敗、290奪三振のダイヤモンドバックス、ランディ・ジョンソン投手(41)で97点、3位は最多勝(20勝10敗)を獲得したアストロズのロイ・オズワルト投手(27)で19点だった。
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モイゼス・アルーはドミニカが生んだスーパースターであり、エリート選手です。父フェリペ(ジャイアンツ監督)は有名選手で叔父2人もメジャーリーガー。ドラフトで第1巡の2番目で指名され、父親が監督だったエクスポズでプレー。97年のマーリンズではシェフィールド、ボニーヤ、ブラウン、ライターとともに創設5年目の世界一に貢献しました。
アストロズ時代の99年には、ひざを痛めて長期離脱し、もう少しで復帰できるころに子供を助けようとして交通事故に遭遇。結局1年を棒に振った武勇伝もあるほどの人格者ですが、実は父親も素晴らしい人でした。フェリペはロッキーズをクビになった僕をとってくれた恩人です。モントリオールの公用語・フランス語もペラペラで、シーズン途中に監督をクビになったときは、ファンが涙して惜しむほど愛されていました。
現役時代にスター選手だったとは信じられないほど、理論派でミーティングが大好き。「この打者は初球に変化球を待ってる」とか、野村監督ばりに確率を追求するんです。ボクは参考になりましたが、選手に聞いたら「スペイン語なまりがひどくて何をいってるかわからん」というから、無駄骨だったようです。
そうそう、フェリペは監督室で毎日、日本茶に砂糖を山盛り入れて「これが健康にいいんだ」と飲んでました。何度か「それ、間違ってます」といいかけたんですが…。
たぶん、今回の来日中のどこかで、緑茶を飲んだモイゼスが「オヤジに飲まされたのとは違う」と気づき、ボクがいいたかったことをフェリペに伝えてくれるはず…と祈っています。
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<日米野球:全日本3−1全米>◇第5戦◇10日◇大阪ドーム
岩隈が“近鉄ラストゲーム”を鮮やかに飾った。クレメンスに投げ勝った岩隈は「恥ずかしいピッチングだけはしたくなかった。気合を入れ、持ってる力を全部出そうと思っていた」と興奮していた。7回を2安打1四球で1失点。最後の近鉄のユニホーム姿を、地元ファンの目に焼き付けた。
合併新球団に残るか、強硬にトレード要求か。岩隈は追い詰められている。連日、報道陣から同じ質問を浴び「日米野球に来なければよかった」と漏らしたこともある。この日も先発できる状態ではなかった。前夜は30分しか寝ていない。「いろいろ考えてしまって…」。寝たのは朝の4時半。第4戦が行われた博多から始発の新幹線に飛び乗り、大阪で午前11時から行われたオリックス・バファローズの結団式に出席した。疲労はピーク。自宅で2時間の睡眠をとり、何とか体調を回復させた。
合併球団入りに傾いたわけではない。結団式後には仰木監督直々のラブコールを受けたが「気持ちは変わっていない。(移籍したい気持ちの)割合は半分以上? そうですね。まだ球団と話していないんで、それからです」。残留の可能性も否定しなかったが、自分の心を整理できないままなら…と心に決めている。
心身ともボロボロだったが、マウンドに上がるとよみがえった。「自分でもビックリ。体力がどうかな、と思ったのでバランスを考えてリズムよく投げた」。体調の悪さを力に変えた。三振は5にとどまったが速球とフォークを低めに集め、並みいる強打者を手玉にとった。7回にはこの日最速の147キロをたたき出した。「このユニホームは最後だったので自分の中で楽しみたかった。ファンを楽しませる野球を見せられたと思う」。試合後、大阪ドームを埋めた4万6000人のファンに何度も頭を下げた。近鉄が生んだ最後のエースが、最高のフィナーレを飾った。
[2004/11/11/08:41 紙面から]
写真=試合後のインタビューを終えてスタンドのファンにあいさつする岩隈
<日米野球:全日本3−1全米>◇第5戦◇10日◇大阪ドーム
全日本らしい攻撃が待望の初勝利を呼び込んだ。0−0の2回。右前打で出塁したヤクルト岩村は、3球目ですかさず二盗を成功させた。「クレメンスから走ってみたかった」。クイックが苦手なクレメンスからは3回にも盗塁をマーク。この日は2安打2盗塁で、打率(4割2分9厘)に加え盗塁も5個で阪神赤星を抜きチームトップに立った。4試合連続安打もマークし、確実な打撃と足でクレメンスを揺さぶった。
岩村に刺激された日本の「つなぎ打線」は5試合目でようやく機能した。西武和田の左前打で一、三塁となり、1死後にこれまで無安打だった広島嶋が144キロ速球をとらえ、左中間をきれいに割る先制の2点適時二塁打。「1本出てほっとしました。やっとチームの一員になれたって感じです」。8打席目の初安打が貴重な決勝打となり、試合後は安どの表情でいっぱいだった。さらに西武中島が左前適時打で続き、この3点が待望の初勝利につながった。
5試合で本塁打なしの全日本にとっては、やはり打線のつながりと機動力で勝機を見出すしかない。岩村は「最後かもしれないクレメンスと対戦できたのは光栄。この経験を無駄にしないようにしたい」とこの試合の価値を強調。3打席目に四球を選び、直後にクレメンスが降板した嶋は「僕が最後の打者になるかもしれないんですよね。財産になります」と不思議な縁を喜んだ。「クレメンス打ち」で手応えをつかみ、ようやく全日本の逆襲が始まった。【大塚仁】
[2004/11/11/08:41 紙面から]
歴史的偉業の一報は、米国から大阪に届いた。アストロズのロジャー・クレメンス投手(42)が10日、史上最多7度目のサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)に選ばれた。42歳での受賞は史上最高齢。日米野球で来日中で前日9日夜に福岡から大阪入り。深夜に受賞を知り「最初取った時のように興奮した」と話した。この日は開幕戦以来、中4日で先発。嶋に先制打を浴びるなど全日本に初勝利を許したが、受賞当日の登板に沸く大観衆に帽子をとって応えた。今季での現役引退がささやかれる中、ファンは愛称「ロケット」の勇姿を脳裏に刻み込んだ。
「もう1回投げたい」。予定の5回を投げ終えたクレメンスは、6回のマウンドに直訴して上がった。満員の日本ファンに、できるだけ長く自分の勇姿を見てもらいかった。しかし、2死一、二塁のピンチを招いて降板。無表情でベンチに向かったが、期せずして大きな拍手が起こった。表情を緩め、右手を上げて、帽子を取った。「日本のファンを楽しませることができて良かった」。このまま引退してしまうかもしれない。ファンの心に刻まれる97球だった。
深夜1時30分。部屋の電話が鳴った。「ニューヨークの友人から電話があった。最初はかなり驚いた。7度目のサイ・ヤング賞を日本で迎えられるなんて」。その後3時間もかけて、家族や友人に電話で報告。朝8時から米メディアからの電話会見に臨むなど、1時間しか寝られなかった。「投票してくれた記者を始め、いろんな人に感謝したい。42歳で再びもらうことができて、光栄」。86年の初受賞から、90年代、00年代と受賞を繰り返した。4チーム目での受賞は史上初。異例の長期間でメジャートップ級を維持している。
今季成績は18勝4敗、防御率2・98。勝利数、防御率、奪三振数(218)の3部門でリーグ5位以内に入る活躍で、アストロズを18年ぶりのリーグ優勝決定シリーズに導いた。カージナルスに敗れ、ワールドシリーズは逃したが、投票結果は圧勝だった。1位票32票中23票を獲得、2位のDバックス・ジョンソンに大差をつけた。「今年は調子良くて、24勝を挙げた86年と同じくらい勝てるかと思った」と振り返った。
現役生活21年、速球主体のパワーピッチャーで通す。多くの投手はベテランになると、負傷や身体能力の低下などの理由で、投球スタイルは速球派から変化球主体の軟投派に変わる。しかし、クレメンスは体を鍛え抜き、速球にこだわった。80年に地元短大進学後、コーチに教えてもらったハードトレーニングを現在も継続中。自分のスタイルを変えないことが、関係者の評価を高めている。
球史に残る剛球右腕は、今季限りでの引退を示唆しているが、あらためて「家に帰ってから家族と相談する」と話すにとどめた。51年の日米野球で来日したヤンキースの至宝ジョー・ディマジオは、帰国後に引退を発表した。パワーピッチャーのままの引退。それがクレメンスの美学であることは間違いない。【柴田寛人】
[2004/11/11/08:43 紙面から]
写真=降板するクレメンスは帽子を取ってファンにあいさつ
<日米野球:全日本3−1全米>◇第5戦◇10日◇大阪ドーム
喜びよりも、神聖な気持ちの方が大きかった。ベンチから出ていった上原のもとへ、サインを書いたグラブを持ったクレメンスが、近寄ってくる。口元を真一文字に結んで、プレミアもののグラブを受け取った。試合途中の贈呈式は、クレメンスの提案で実現した。
もらったものは、グラブだけでない。開幕戦で投げ合った後、上原の希望でクレメンスの練習を見せてらった。ビデオカメラで撮影する間に42歳まで現役で活躍できる秘けつを聞いた。「とにかく節制することだ」という言葉に「当たり前のことでも、クレメンスに言われると、心に突き刺さりますね。僕も40歳まで現役でやりたいですから」と神妙な顔で話した。
これまでも様々な選手の道具を集めているが、NO・1の宝物。「僕なんかにもったいないですね。大事にするのは当たり前ですよ」。グラブは上原家の最大のコレクションになり、シンプルな言葉は自らの野球人生の教訓になった。
[2004/11/11/08:37 紙面から]
写真=降板したクレメンス(右)はメッセージを書き込んだグラブを上原に贈る
クレメンスは11日に日本を離れ、米ラスベガスへ向かう。高校3年生の長男コビー君が来秋の入学を見据えて同地にある大学を見学中で、合流する。「もしこの大学に行くなら、重要な決断になるので、立ち会いたい。一足先に帰ります」とクレメンス。コビー君は野球の選手で、大学進学後も続ける予定。クレメンスの母校テキサス大も進学候補に入っている。
[2004/11/11/06:21 紙面から]
お立ち台で帽子を振り、大阪ドームのファンの歓声に応える岩隈 |
【全日本3―1全米】大阪ドームのファンの喝采を浴びて、お立ち台に上った岩隈の目が心なしか潤んでいた。近鉄のユニホームを着てのラスト登板。“有終の美”と呼ぶにふさわしい圧巻の投球内容だった。
「最後だし、恥ずかしいピッチングはしたくなかった。ブルペンから気合が入っていたし、楽しみながら全力投球ができたと思う」。メジャーの超重量打線を相手に5奪三振、わずか単打2本。7回を自らの暴投で許した1点に抑え込み、MIP賞を獲得するとともに、全日本に待望の初勝利をもたらした。
渦中のマウンドだった。試合前には大阪市内のホテルで行われた新生オリックス・バファローズの結団式に出席。仰木監督から握手を求められ、岩隈も右手を差し出した。カメラマンから無数のフラッシュがたかれ、指揮官は「入団発表みたいやな」と笑った。しかし当の岩隈は新球団のユニホームがお披露目されると、表情は一変。「複雑ですね。胸のマーク以外はデザインも色合いもほとんどオリックスの時と変わりませんね」と沈んだ声で話した。
15日に直接会談を持つ予定の仰木監督は「心配していない。彼はピッチング同様に変幻自在だから、マスコミの皆さんも惑わされない方がいい」と慰留に自信を見せたが、交渉は難航しそうな気配だ。岩隈自身も「心境はあまり変わっていない。オリックスでプレーしたくない気持ちは50%以上?そうです」とあらためて楽天へのトレード希望を口にした。
その中での快投。ラスト登板のクレメンスにも投げ勝った。合併球団に残れば大阪ドームが再び本拠地となるが、もう近鉄のユニホームでこのマウンドに上がることは2度とない。「このユニホームを着て近鉄の仲間とプレーできなくなるのは寂しいけど、野球というのはやっぱり楽しい」。2年連続で15勝を挙げた右腕は久しぶりにそう快な笑みを浮かべ、「近鉄・岩隈」として最後のウイニングボールをバッグにしまい込んだ。
<全日本・全米>6回、マウンドを降り大観衆に帽子をとって応えるクレメンス |
【全米1−3全日本】さらば、ロケット。今季限りでの引退が濃厚な全米のクレメンスが「イオン オールスターシリーズ2004 日米野球」(スポニチ後援)第5戦に先発。5回2/3を3失点で敗戦投手となったが“最後の雄姿”に4万6000大観衆から盛大な拍手が送られた。クレメンスは10日(米国時間9日)に発表されたサイ・ヤング賞でも最多となる7度目の受賞。ラスト登板で強烈な感動を日本のファンの心に刻み込んだ42歳の剛腕に、楽天・田尾安志監督(50)が獲得へ名乗りを上げる仰天構想を明かした。
もうマウンドに戻ってくることはないのだろうか。0―3の6回2死一、二塁、97球で投手交代を告げられた背番号22がベンチに下がる。大阪ドームの観衆はスタンディング・オベーションでその姿を目に焼き付けた。
「こんなに遠くまで来て歓迎してもらい、言葉に表せないほどうれしかった」。帽子を取って応えるクレメンス。その表情に寂しさはなかった。
長い1日は午前1時に始まった。電話でサイ・ヤング賞受賞の知らせを受けた。「あんな時間に起こされて、うれしかったのは初めて」。史上最多7度目は自身の記録を塗り替え、42歳の最高齢受賞は史上最高齢記録となった。家族やアストロズのチームメートに連絡し、感謝の気持ちを伝えた。就寝は午前4時を回っていた。
しかし、睡眠不足のクレメンスにはもう1つの使命が残っていた。シーズン終了後に「今季限りで99%引退」と発言。“最後”にぶざまな姿を見せるわけにはいかなかった。全日本の王監督から花束を受け取り、いざマウンドへ。「少し集中力がなかった」という2回に4安打を集中されて3失点。だが、その後は最速147キロの速球で得点を許さなかった。
メジャー21年間で通算328勝を挙げ、数々の記録と感動を残してきたロケット。この日は、さまざまな思いが脳裏を駆け巡った。「あの頃はプロになれないと思っていた」。高校時代は3番手投手。しかし、ウエートトレーニングと1日5キロのロードワークで強じんな肉体をつくり上げた。80年代、90年代、そして00年代と3時代にわたってサイ・ヤング賞を受賞。42歳となった今もトップであり続けている。
だが、それだけの代償もあった。長い間、家族との時間を犠牲にしてきただけに今は普通の父親に戻りたい。そして74歳となった母親に「殿堂入りする姿を見せたい」との思いが強くなった。受賞会見では「今やめても後悔はない」と言った。
クレメンスはひと足先に11日に帰国する。最終的には家族と相談して結論を出す。「引退しても若い選手の助けになりたいし、また日本に戻ってきたい」。今後は“野球大使”として日米の懸け橋になりたいという夢もある。ユニホームを脱いだ時、ロケットの第二の人生が始まる。
≪サイ・ヤング賞 初めて手元に≫試合前に行われた記者会見では「7度目のサイ・ヤング賞は誰に贈るのか?」との質問が飛んだ。これまで手にした6つの盾は4人の息子、妻、母と順番にあげてきた。「きょう、お母さんに電話して“もう1個獲ったよ”って言ったら“あなたにとっては1つ目でしょう”と言われた」とクレメンス。7個目にしてようやく自分の手元に盾が残ることになりそうだ。
【全米1−3全日本】2年連続ア・リーグ盗塁王のクロフォードが自慢の快足で一矢を報いた。7回、先頭で右前打を放つと続くブラロックの2球目に二盗。さらに5球目には三盗を決め、2死後に暴投で生還。試合には敗れたが、通算5盗塁は全日本の岩村と並びトップ。「足が一番の武器だからね。常に次の塁は狙っていくよ」と今季シーズン59盗塁を稼いだ足で残り3戦も存分にアピールしていく。
≪岩隈の制球に脱帽≫第4戦までの猛打が影を潜め、4安打1得点と沈黙。先発の岩隈には7回2安打に抑えられ連勝が4でストップした。「岩隈にわれわれの打線をシャットダウンされた。真っすぐやスライダーもそうだが、何よりもコントロールが良かった」とボウチー監督は脱帽。2段モーションについては「変則的でうちの選手がバランスを崩したのは確かだが関係ない」と話した。仕切り直してきょう11日の札幌で勝ち越しを決める。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | |
全米 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 |
全日本 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | X | 3 |
[米]●クレメンス、シールズ、ウィリス―エストラーダ [日]○岩隈、石井、五十嵐亮、S三瀬―古田 |
◆勝利賞1000万円 新潟に義援金 全日本ナインが試合後もファンの心を熱くした。お立ち台で1000万円の勝利チーム賞のボードを受け取った古田がおもむろにマイクを握った。「この勝利チーム賞を新潟・中越地震の被災者の方々に義援金として寄付したいと思います」突然の発表に、スタンドから拍手が降り注いだ。 発起人は主将を務める古田だった。第1戦の試合前ミーティングで「最初の1勝の賞金を新潟に送ろう」と提案。監督、コーチも含め、全員一致で承認された。「今も余震で大変だと思います。なかなか勝てなくて言えませんでしたけど」5戦目でつかんだ白星に安どの笑みを浮かべた。 義援金は全日本チームとして、主催者の毎日新聞東京社会事業団を通じて被災地に送られる。球団合併、ストライキ、そして、新球団の誕生―。古田会長が「ファンに支えられた」と話す1年を、選手たちが恩返しの行動で締めくくった。 |
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | |
全米 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 |
全日本 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | X | 3 |
[米]●クレメンス、シールズ、ウィリス―エストラーダ [日]○岩隈、石井、五十嵐亮、S三瀬―古田 |
◆すべての人に感謝 クレメンスが10日、最優秀投手に贈られるナ・リーグのサイ・ヤング賞を獲得した。42歳での受賞は史上最年長で、レッドソックス(86、87、91年)、ブルージェイズ(97、98年)、ヤンキース(01年)に続く4チームでの受賞も史上初。4人目の両リーグ受賞で、自身の持つ6度の最多受賞を7度目に伸ばした。クレメンスは「日本でこんないい話が聞けて興奮している。すべての人に感謝している」と話した。 この日の午前1時すぎに電話で朗報が届いた。これまでの6個のトロフィーは、自宅の暖炉の上に飾ってある。74歳の母・ベスさんからは「これまではみな(私に)プレゼントしたんだから、一つは自分でキープしなさい」と言われた。 今季の18勝はリーグ2位タイ、防御率2・98は6位だった。勝ち星は同僚オズワルトに2つ足りなかった。だが全米野球記者協会のメンバーで満票32票中、23人の1位票をゲット。2位のR・ジョンソンには43ポイントの大差をつけた。 |
◆大喜び上原「家宝にします」 今回の日米野球では、剛腕との対談、合同トレーニングも行い、あらゆるものを吸収。上原にとっては、実り多き大会となった。「そりゃうれしかったです。(グラブは)家宝にします。本当、すべてが格好いい。一ファンです」と、まくし立てた。グラブはすぐにカバンにしまいこみ大切に持ち帰った。上原は、クレメンスから伝授されたものすべてを吸収して、来季のさらなる飛躍を誓っていた。 |
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近鉄最後のエースが、世界の“ロケット”から主役を奪った。岩隈が7回をわずか2安打1失点に抑える快投。全日本に初白星をもたらすと同時に、猛牛魂を世界中に見せつけた。
驚きと、喜びで顔がほころぶ。「自分でもビックリ。出来過ぎです」。最速147キロはクレメンスと肩を並べ、オルティスは無安打。カブレラからは三振を奪った。「クレメンス(相手)だし、恥ずかしい投球だけはしたくなかった」。三瀬から受け取ったウイニングボールは“世界レベル”の証明だ。
頭の中はスッキリしない。この日は早朝移動で統合球団の結団式に出席。仰木監督とは握手を交わした。「現時点ではあまり変わってない」と言いながらも「まずは球団と話をしたい」と中村GMらとの対話を希望。かたくなな拒否姿勢は崩れ、心境は揺れている。しかしマウンドでは、揺れる気持ちは全く見せなかった。
観戦した仰木監督は「クレメンスに投げ勝ったんだから」と、チームの大黒柱としての意をさらに強くした。メジャーを封じた強じんな細腕は、来季も大阪ドームの“顔”―。指揮官は大きな期待をさらに大きくしていた。
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やっと王貞治監督(64)の笑顔が見られた。「イオン オールスターシリーズ2004 日米野球」は10日、大阪ドームで第5戦を行い、ここまで4連敗の全日本が奮起。二回には赤ゴジラ・嶋重宣外野手(28)が今シリーズ初安打となる左中間2点二塁打。投げては岩隈久志投手(23)の好投などで、メジャー打線を1点に封じ込んだ。
心からの笑顔を見せた。5戦目にして、手にした全日本の初勝利。試合後の王監督は「よかったね。何て言ったって岩隈。1点取られたけど、内容的には完ぺきだった」と、7回を2安打1失点に抑えた先発右腕の好投を褒め称えた。
打線も初めてつながった。先制劇は二回。無死から岩村、和田が連打。一死後、嶋、中島の連続適時打で3得点。「この前までは向こうがうまくつながってやられていたけど、反対方向に打って、うまくいったのでは」。好機を広げた右打者の和田が右前、左の嶋が左中間と、剛腕クレメンス相手に見せた巧打が得点につながり、王監督は満足顔だった。
今や日米野球は真剣勝負だ。勝利への執念を誰よりも前面に押し出していたのが王監督だった。開幕4連敗で戦前に掲げた勝ち越しはなくなったものの、1勝へのこだわりをベンチワークで随所に見せた。
八回、古田の打席では“疑惑のスイングアウト”の判定に顔を真っ赤にして、ベンチを飛び出した。球審に対し、ペナントレースさながらの猛抗議。九回表には一死一塁から五十嵐亮、三瀬に一人一殺継投を命じ、2点リードを逃げ切った。
「1勝できてよかった。勝たないと寄付できないからね」。試合後、初勝利で得たチームへの賞金1000万円を選手、コーチとの総意で、新潟県中越地震の被災者への義援金として寄付することを決めた。
「とにかく一矢報いてよかった。今日負けると嫌だったからね」と、本当にうれしそうな表情の王監督。「明日(11日)は松坂だし、刺激になっただろう」。1勝で満足していられない。狙いは残り3戦全勝。何としてもタイに持ち込む。
赤ゴジラの待望の初安打が全日本に初勝利を呼び込んだ。両軍無得点で迎えた二回一死一、三塁から広島・嶋は、クレメンスの外角高めに反応。フルスイングした打球は左中間で弾み、先制となる2点二塁打となった。
「ボール球に手を出さないように気をつけました。うまく打てましたね。やっとチームの一員になれたかなと思います」。これまでの硬い表情が一転、久々に笑みがこぼれた。
セ界の首位打者として挑んだ決戦。だがここまで4戦で7打数無安打と沈黙。そんな中、お祭りムードの中でも勝利にこだわるメジャーリーガーのプレーを目の当たりにし「向こうの打者はボール球は決して振らない。そしてどんなバッターでもフルスイングしている」と指摘。173センチの小兵・ジャイルズを例に挙げ、思い切りのいい打撃に忘れかけていたものを取り戻した。
リーグを代表する打者として、そして赤ヘルの代表としてぶざまなマネはできない。「来た限りは何かを吸収して帰らないと。秋季キャンプに行かずに来ているわけですから」。残りは3戦。さらなる飛躍を目指し、嶋は最後まで全力で勝負に挑む。
地元開催で1、2番に座った赤星、今岡の猛虎コンビ。チームメートの藤本らも駆けつけたが、クレメンスにねじ伏せられるなど音なしに終わった。ただ、初の無安打にも赤星は「最後のショートライナーは明日につながりますから。クレメンスも前回より全然よかった」と納得。今岡も「クレメンス?オーラもあったし、いい思い出ができた」と話した。
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巨人・上原がマウンドを降りたクレメンスから“メモリアルグラブ”を贈られた。5回2/3で降板直後、ベンチに戻った42歳はグラブにサインすると突然、一塁ベンチ付近まで歩み寄って、上原に手渡す“サプライズ”。粋な計らいに上原は「僕が使ってるのより小さくて軽い。一生の宝物だね」と感無量の表情だった。
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「イオン オールスターシリーズ2004 日米野球」は10日、大阪ドームで第5戦を行い、4連敗していた全日本が3―1で大リーグ選抜に勝ち、初勝利を挙げた。
全日本は岩隈(近鉄)が7回を2安打1失点の力投を見せたほか、打線も二回に嶋(広島)の2点二塁打と中島(西武)の左前適時打で3点を奪った。
大リーグ選抜は先発のクレメンス(アストロズ)が8安打で六回途中降板したが、5三振を奪うなど見せ場をつくった。
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アテネ五輪・女子マラソンの金メダリストである野口みずきが、第5戦の始球式を務めた。背番号1のユニホームで登場すると、山なりのボールながらワンバウンドで見事にホームへ。無事、大役を終えて「始球式は2年ぶりなんですけど、緊張しました。イチロー選手や松井選手も活躍されてるので、注目しています。私も4年後の北京に向けて頑張ります」と笑顔で話した。
大リーグ選抜を相手に7回2安打1失点と好投、笑顔でベンチへと引き上げる岩隈=大阪ドームで |
クレメンスに投げ勝った。新生オリックスの岩隈久志投手がメジャーを封じ込んだ。適時打は許さなかった。
「相手は大投手。恥ずかしいピッチングをしたくなかった。ずっと負けていたので、勝ちたかった。いい結果が出て、よかった」
赤色で「Buffaloes」と入った近鉄のユニホームは、これが最後。本拠地のマウンドを降りると、いとおしそうに胸のマークをなでた。
失ったのは暴投による1点だけ。7回に盗塁王クロフォードに二盗、三盗され、打者オルティスの際、本盗の気配にあわてた。「ホームスチールされたと思い、急ぎすぎて球を引っかけた」。これがタイムリー暴投となったものの、豪腕クレメンスが「勝ちに値するピッチング」と称賛する快投だった。
午前中、結団式に出席した。分配ドラフトでオリックスのメンバーとなっているが、まだ難色を示す。楽天移籍の希望も口にする。そんな揺れる思いもマウンドでは忘れた。勝負に没頭した。
メジャーではボークとなる二段モーションもあってか、凡打が続く。わずか2安打。最速147キロの真っすぐもフォークもさえた。岩隈は「タイミングをうまく外せた。制球もよかったけど、できすぎ」と笑顔で振り返る。
「近鉄のみんなと野球ができなくなるのは寂しい。でも、これからもファンを楽しませる野球をしたい」。感傷は胸の奥にしまい込んだ。
(吉川学)
2回裏、中島にタイムリーを浴び嶋(左)が生還。この回3失点となりガックリ肩を落とすクレメンス(右)=大阪ドームで |
「イオン オールスターシリーズ2004 日米野球」は10日、大阪ドームで第5戦を行い、4連敗していた全日本が3−1で大リーグ選抜に勝ち、初勝利を挙げた。全日本は先発・岩隈久志(23)が7回を2安打1失点の力投を見せ、打線も2回に嶋重宣外野手(28)の2点二塁打などで3点を奪った。大リーグ選抜は、この日史上最多7度目のサイ・ヤング賞を最年長で受賞した先発のクレメンス(アストロズ)が8安打で6回途中降板したが、5三振を奪うなど見せ場をつくった。
赤ゴジラが、“ロケット”を迎撃−。セの首位打者・嶋重宣外野手が日米野球8打席目にして初安打。それもクレメンスから快音を響かせたのだから価値がある。
「1本出てホッとしてます。しかも偉大な別格の人から。ボクにとって財産になります」。満面の笑みで振り返った一撃は2回1死一、三塁だった。王監督から「おい、打ってこい!」とゲキを飛ばされ、気合を込めて打席へ。クレメンスの速球を力負けすることなく、左中間に弾き返した。先制タイムリー二塁打。ようやく出たヒットに、嶋が二塁ベース上で安堵(あんど)感を漂わせた。「広島から一人だし、秋季キャンプにも出ないで来ているわけですから何か吸収して帰らないといけない」
最多安打、首位打者と今季ブレークした赤ゴジラだがオフになっても慢心はない。ベンチでも、メジャーのスラッガーの打撃を目を皿のようにして観察。真価を問われる来季へ少しでもプラス材料にするつもりだ。6回には四球を選んだ直後にクレメンスが降板。「ボクが現役最後の打者になるかもしれませんね」。嶋にとっても忘れられない1日となった。
(伊藤哲也)
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