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なるほどね。中国の故事に『胡蝶の夢』というのがありますが、ご存知ですか? Matt:いや知らない。なに? 老いた哲学者が酔っ払って夢を見ているうちに、自分が実在しているのが夢なのか現実なのかどっちがどっちかわからなくなってしまうという話です。 Matt:ああ、うんうん。 また、オーストラリアのアボリジニにも同じような考え方がありますね。あなたは以前から東洋思想にも興味を持っているように思えるのですが。 Matt:そうなんだ、すごく興味をひかれる。夢もすごく鮮やかに覚えてる方なんだよ。自分のいる場所とは違う都市にいる夢をよく見る。それって未来なのかどうかわからないんだけども、自分の中には「これは自分が死んだ時に行く場所なんだろうか?」という気持ちがあってね。夢を見てる間だけじゃなく起きている間にも、なにかを感じることがあって……夢を説明する描写するって、一つの感覚みたいなものだよね。ある雰囲気を描写しようとするというか。夢って第六感、第七感とも言えるもので、そこで感じる雰囲気はものすごく強烈なんだ。その雰囲気を思い出そうとすると、ほら、何か匂いを嗅いだり音楽を聴いたりする時と同じように、夢の中の状態に引き戻されるような感じがよくあるんだよ。でもこれを人に伝えるのはとても難しい。みんなあるんじゃないかと思うんだけどな。ものすごく鮮烈な夢を見るんだけれども、誰かに説明しようとしたとたんに平板で退屈で無色なものになってしまう。そう、僕もその中国の伝説みたいなとこがある。夢の中の状態と、現実の自分の状態と、果たしてどちらがよりリアルなのかわからなかったりする。もしかしてそういう、より大きな存在があって、そこに自分が滑りこんでいくのかな、とかね。で、この現実の方が小さくて夢の僕なんじゃないか、とか。それやこれらのアイデアが全部、“ディープ・ダウン・トゥルース”には入り込んでるんだよ。 そもそも東洋思想にはどんなきっかけで踏み込んだのですか? Matt:ああ、いや、あれこれを読んでね。アラン・ワッツの本が好きだったんだよ。禅仏教をはじめて西洋に訳した人のひとりなんだけど、彼の講義や本を沢山持ってたんだ。あと、他にも長年にわたっていろいろ読んできて。瞑想をやったり、漢方薬なんかもよく使っていたし。東洋思想の方が西洋の考えより惹かれるものがあったんだ。わかる、って感じがしたんだよね。西洋思想は一体これからどこへいくのかと思うよ。すべての国がアメリカみたいに振舞って、今のような対人口比の資源使用率でやっていったら、世界はあと5年ぐらしかもたないだろう(笑)……すごく無責任な行動だもんな。アメリカにもテクノロジー面ですばらしい部分は沢山あるんだけど、どうにも困った精神的貧困がはびこっているからね。ああやってどんどんでかくなり、どんどん食い続け、あんなふうにTVばかり見て、みごとに自分を見失ってしまっている。その一方で技術面では先んじていて大量の武器兵器を使える状態にある。ま、悪夢だよね言ってみれば……。 ちなみに、この“ディープ・ダウン・トゥルース”を一緒に歌っているアンジェラ・マクラスキーとは、どんな人ですか? Matt:ああ、彼女はワイルド・コロニアルズっていうアメリカのバンドにいる人で、ゲフィンから3枚アルバムが出てるよ。他にもいろんなシンガーやソングライターとプロジェクトをやってる。長いつきあいで、もう20年ぐらいの知りあいなんだ。もっと一緒に仕事したいんだよね。彼女のここでのヴォーカルはデュエットっていうよりバック・ヴォーカル的な音量でちょっと残念なんだけど、僕の知るかぎり最高のヴォーカリストの一人だよ。まちがいなく今後もまた一緒に仕事することになると思う。 そして、もうひとつの新録となる『ネイキッド・セルフ』収録曲“ディッセンバー・サンライト”のニュー・ヴァージョンですが―― Matt:うんうん、リズ・ホースマン。彼女は以前EMIにいたんだよね。この木曜日に会ってニュー・アルバムをもらうことになってるんだ。もう聴かせてもらってはいるんだけど、すばらしい出来だよ。 僕は、彼女がデビュー作『ヘヴィ・ハイ』を出して日本にプロモーションに来た時に会っておりまして、チャラチャラしたところのないその佇まいに殆ど惚れてしまったのですが。 Matt:(笑)わかる。 その後音沙汰がなくなってしまっていたので、こういう形で復活してくれて嬉しいです。 Matt:そう、契約切られちゃったからね彼女。レコード業界ってほんと、めちゃくちゃだよ。多くの才能ある若いバンドやアーティストが簡単に契約を切られてしまう。彼女はEMIから切られて、ちょっと落ち込んでて、僕とこの仕事をして、それから自分の2枚目のアルバムも作ったというわけなんだ。ほんとにすごい作品なんだよ。彼女は実に才能ある若手シンガーソングライターだね。今度こそ芽が出てほしいな。 どういうきっかけで知り合ったんですか? Matt:マネージャーのキャリーが共通の知人で。彼は以前、彼女のマネージャーもやっていて、僕に紹介してくれたんだよ。で意気投合したと。これまでにも僕は何人かすばらしい女性シンガーと仕事してきたし、新人シンガーを発掘したりもしてきたしね。ネナ・チェリー、シニード・オコナー、アンナ・ドミノと。そういう僕なりの伝統的路線なんだよ、これも。 ほんとですね。今回の新録曲も3つともデュエットなんですが―――まあ一つはご自分で二役やってるわけですけども―――、今はデュエット曲を書くのがあなたの中でブームなんでしょうか? Matt:そうだねえ、将来的には僕がやったデュエット曲を全部まとめてアルバムを出すとか、そういうことをやった方がよさそうだ。 (笑)。ところでこの“ディッセンバー・サンライト”のニュー・ヴァージョンを旧友ジェイムズ・エラーのプロデュースで録音し直すことにした経緯を教えてください。 Matt:彼は一時リズと一緒に演ってたんだよ。リズがこの曲のカバーを演ってたんだけど、僕はそれを聴いて、じゃあデュエットしてみようかって考えたんだ。で、そこでのジェイムズの仕事がすばらしいと思ったから、最終的なプロデュースもやらないかって声をかけたんだよ。ふだんは僕がスタジオで彼のプロデュースをしているんで、今回は役割交替だったわけ。よしお前が今度は仕切りだ、どうしたいか言ってくれってね。なかなか面白い経験だったと思うよ、お互いに。実際とてもいいプロデュースをしてくれたし。 以上の3曲はインタープリテーション・シリーズとしてEPリリースの予定があるようですね。 Matt:うん、多分ね。そうしたいとは思っているんだよ。 もうすでに他の各曲の新解釈を託されるアーティスト達は決まっているのですか? Matt:最初にやったのは、フィータスやジョン・パリッシュ達と一緒にやった“シュランケンマン”なんだ。で、この3曲もシリーズに加えたいと思っているし、あとアンナ・ドミノも“ディッセンバー・サンライト”のカバーを演ってるし。まあ、まずは1枚出して様子を見てってとこがあってね。レコード会社的にはあまり沢山シングルを出したがらないかもしれないし、とりあえず3枚出せればと思ってて、その後は状況次第だね。 他の候補アーティストについても考えていたりします? Matt:僕の大胆なリストだと、リトル・リチャード、アル・グリーンとか。でも、つかまえにくい人もいるからさ(笑)。何人か、話はしてるよ。ジョニー・マーが一曲やりたがってるし、アンジェラ・マクラスキー&ワイルド・コロニアルズもやるかもしれないし。無名有名さまざまとりまぜて、って感じになると思うけど、そのへんは先のことだからね。 わかりました。で来年には『45PRM』の第2弾を予定しているみたいですし、最初に聞いた話では第3弾まで企画されていたように記憶していますが、そちらはどんな内容になるのでしょうか? Matt:(笑)うん。ま、とりあえずは第2弾だけどね。第3弾は最近のものが多いだろうけど……きっと第2弾には“キングダム・オブ・レイン”“スロー・トレイン・トゥ・ドーン”“ジェラス・オブ・ユース”“フレッシュ・アンド・ボーン”“グラヴィテイト・トゥ・ミー”なんていうのが入るんじゃないかな。そして今回は入らなかったけどいいものはかなりあるから、第2弾はそういうものを集めてかなり強力な一枚になるんじゃないかと思う。第1弾は、よく知られた曲に集中したかったんだよね。で、自然にこういう選曲になったんだ。だから、じゃあ第2弾はこういうものになるんだなっていうのも自然にわかるだろうっていうね。みんなに「あれはどうなったんだ?」「こっちはなんで入らないの?」って言われまくっててさ、はいはい、ちゃんと次に入りますからって(笑)。じゃないとあまりに超大作になっちゃうし、2枚組っていうのは避けたかったしさ。まあ、限定版では12インチものを集めたボーナス・ディスクが入ってるから結果的に2枚組だけど。次はきっとB面曲を集めた2枚目がつくだろうと思うし。ともかく、これはこれでいいって思うな。
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