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では、あなたがたのパンクというものに対する気持ちというか、自身のパンク原体験みたいなものを、何でもいいので聞かせてもらえますか? Demon:何よりも“変化”を感じたよ。大型スーパーで売ってるレコードしか知らなかった俺に「え、これ以外にも音楽の世界ってあるんだ」って気づかせてくれたのが、パンクだった。若くて感受性の強いティーンエイジャーが「ワオ! すげぇな」って、ビビっとくるものがあったんだ。 Gene:70年代終わりから80年代初頭にかけてだよな。 Demon:そう。 Jason:クラッシュとかラモーンズを耳にしたとき、それまで自分たちがラジオでいつも聴いてたのとは明らかに違ったクセのある音楽で、断然エキサイティングに聞こえたんだ。 Demon:今もそうだけど、昔もとにかくシングル・ヒットを出すのが業界の連中の大命題だったんだよね。ところが――これは、70年代終わりから80年代初めにかけて、みんなが言ってたことなんだけど――俺がパンク・ロックにハマったのは、パンク・ロックのアルバムには捨て曲がひとつも入ってないからなんだ。ヒット狙いのひとつの曲以外はBサイド向けのひどい曲ばかり、みたいなことがなかった。 それに触発されて、自分たちでも音楽を始めることにしたんだと思うのですが、当時は地元ピッツバーグにはどんな音楽シーンがあったんですか? Jason:俺が音楽を始めたときは、ドン・キャバレロっていうバンドがいたっけ(笑)。まだ自分がメンバーじゃなかった頃から、すごく影響を受けてたんだ。実際、たくさんのピッツバーグのバンドに、影響を与えたんじゃないかな。いわゆる“ピッツバーグ・サウンド”を定義づけるのに、一役買ったバンドだと思う。 Demon:逆に俺は、こいつら(Creta Bourziaのこと)のおかげで、ピッツバーグのアンダーグラウンド・シーンにはまだ活力が残ってるなって気づかされたよ――車を運転しながらカレッジ・ラジオを聴いてたとき、突如「何だこれ!? 最高じゃないか……えっ? ピッツバーグのバンドだって?」ってビックリして、で、空き店舗を改造した“ロボット”っていうクラブにライヴを観に行って……。 Jason:どこだって? Demon:ロボットだよ。 Jason:ああ、あそこね。 Demon:一見スクワット・パーティっぽくて……。 Jason:組合形式で運営してるんだよな。 Demon:そうそう、ちょっとヒップなDIYキッズの交流の場、って感じのクラブなんだけど、そこでこいつらのライヴを観て「ふむ、ピッツバーグの音楽シーンもまったく望みなしってわけじゃなさそうだな」って思ったんだ。 Jason:あと、ピッツバーグの音楽ってすごくリズム主体なんだよね。実際、ピッツバーグには優秀なドラマーが大勢いる。ドン・キャバレロやブランダーバス(Blunderbuss)といったピッツバーグのすごくイカしたバンドの、素晴らしいドラマーのプレイを聴いて育ったからなのかどうかはわかんないけど、そういったバンドの存在が、アグレッシヴで面白くて新しいピッツバーグの音楽の基準を設定したのは確かなんだ。 その、車でカレッジ・ラジオを聴いて驚いたというのは、大体いつ頃のことなんですか? Demon:たぶん2000年くらいじゃないかな。ちょうどお前ら(Creta Bourzia)のセカンド・アルバムが出た頃だと思う。ピッツバーグのWRCTっていうカレッジ・ラジオ局だよ。 では、それ以前の90年代までのピッツバーグのシーンはどんな感じだったんでしょう? Demon:ほとんど動きらしいものはなかったね。理解してもらいたいのは、僕らが生まれ育ったピッツバーグっていうのは、70年代後半にかけて途方もない数のパンク・ロック・バンドを輩出した歴史を持つ街が、たった126マイル離れたところにある、そんな地理的条件下にある地域なわけ。しかもその街にはいまだに地下に眠ってる作品が山ほどあって、今もボックス・セットでリリースしたりしてるんだぜ。 Gene:クリーヴランドのことさ。 Demon:そう、オハイオ州のね。ピッツバーグなんて、クリーヴランドをはじめとするパンク・ロックの歴史のあるアメリカの街と比べたら、ゴミに等しい存在だった。もちろん、ピッツバーグにもそれなりのパンク・シーンはあったんだけどね――カーシックネス(Carsickness)なんかもピッツバーグ出身だし……ただ、連中って厳密には“パンク”とは呼べないし、ほかにもシニックス(Cynics)みたいなアグレッシヴなガレージ・ロック・バンドならいたんだけど……。ちなみに、ハーフ・ライフ(Half Life)の元メンバーでギアヘッド・レコーズの創設者のマイク・ラヴェラが、このことをテーマにした本をそのうち書くつもりらしいから、俺が今なんだかんだ喋るのを聴くより、その本が出るのを待ったほうがいいかもしれないよ。 Jason:俺にとって80年代のピッツバーグのパンク・シーンというと、デーモンもドラムで参加してた(笑)そのハーフ・ライフなしには語れないものなんだ。ピッツバーグのパンク・シーンに大きな影響を与えたバンドだと思う。
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