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ISIS



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そういえば、アルバム制作に入る前に、過去の全作品から必ず1曲は演奏する“メモリアル・ツアー”というのをやったそうですね。そうやって以前の作品と改めて向き合い直したことからも、何か影響があったと思いますか?

Michael:確かにあのツアーは素晴らしかった。自分たちが長年やってきたことを反映したステージで、すごく楽しかったし、実際、自分たちがこれまで形にしてきたことの大部分を誇りに思ってるからね。でも、あのツアーの経験が新作に影響を与えたかってことになると、直接的には影響なかったと思うな。ただ、そうは言っても自分たちの過去の要素がアルバムの中に含まれてるのは確かだし、事実、今作は他のアルバムよりも、そういった要素が多く含まれてるかもしれない。でも、それは自然の成り行きの結果であって、少なくとも、意識的に10周年の影響を取り入れようとしたわけじゃないよ。

Aaron T:まあ、そのツアーで昔の曲をプレイしたことが、直接的な影響を与えたかどうかはわからないけど、それでも自分たちのこれまでの歴史と、現在書いている曲との間に、何かしらの繋がりがあるのは事実だと思う。単純な話、自分自身やバンドのありのままの姿から逃れることはできないわけだしね。これまで自分たちがやってきたことは全て必ず、次へと進むための足がかりになってきてるんだ。だから自分たちの歴史を忘れられるはずがないと思うし、そもそも忘れてしまうなんて間違ってるよ。メンバー全員が色んな意味で、自分自身を可能な限りバンドに注ぎ込んできたし、ISISに持ち込んだ多くのアイディアは、僕らがミュージシャンとしてずっと執着してきたものだから、それが何度も繰り返し曲作りの中に浮上してくるのはもう“運命”なんだと思う。途中で突然変異したり、進化したり、より複雑になったりすることもあるかもしれないけど、僕自身ギタリストとして、すごく若い頃から、あるいはISISで活動する中で面白いと感じてきたアイディアが、曲作りの中で姿を現し続けてるのは確かだね。しかも、単純にそのアイデアを繰り返し使いたいというよりは、自分にとって何故そのアイディアが重要なのか、そのアイディアをアイシスの中でどうやって効果的なものにし改良していくのかを知りたいっていう気持ちの方が強いんだ。

そのようにして出来た今回のアルバムに『Wavering Radiant』というタイトルをつけた理由を教えてください。あと、このタイトルとジャケットのイメージは、どのような関連性があるのでしょうか?

Aaron T:ああ、アルバムのタイトルとアート・ワークには確かにはっきりとした関連があるし、今回僕が書いた歌詞や音楽それ自体とも、そういったものは当然すべてが繋がってる。またバンドの歴史の話になるけど、このバンドで何を達成したいかをいちばん最初に話し合った時に、ゴールのひとつとして話に出たのが、あらゆる面で“完全な”、全てがそろったレコードを作っていくってことだったんだ。アルバムの構成から、曲同士のつながりから、アート・ワークから歌詞にいたるまで、何もかもが関連し合ったレコードをね。そういう意味では、このアルバムは「まさにISISのレコード」なんだよ。つまり、全ての要素が結合した完全体としてまとまるように作られたアルバムなわけ。ただし、タイトルそのものの意味については、あまり話したくないんだ。むしろ僕らが出した様々なヒントをもとに、あるいは実際に音楽を聴いたりアートワークを見たり、もし可能なら歌詞を解読したりしたうえで、リスナーそれぞれに自分なりの結論を導き出してもらいたい。曲のタイトル、特にアルバム・タイトルを考えなきゃならない段階になった時、歌詞の意味とサウンドのフィーリングを何らかの形で合体させることができて、その両方の主旨をタイトルの中に取り入れることができたら一番理想的だと思うし、今作でやろうとしたのもそういうことだったんだ。歌詞のテーマ的な要素はもちろん、音楽の持つフィーリングも、タイトルの中で再現しようとしたわけ。

わかりました、さらに聴き込んでみます。ではここで話題を変えて、お一人ずつパーソナル・ヒストリーを伺いたいんですが、子どもの頃どういった音楽環境の中で育ったか、どうして楽器をやろうと思ったのか、その当時どんな音楽に夢中になっていたのか、といった基本的なことについて、ジェフから順に話してもらえますか?

Jeff:何で楽器を弾き始めたのか、自分でもよくわかんないんだけど、たぶんスポーツにはあまり興味がなくて、幼い頃から音楽に自然と惹かれてたからだと思うよ。ベースが弾きたいと思ったのは、子供の頃ポリスに夢中だったからで(笑)、実際ポリスこそ生まれて初めて本気で好きなったバンドだったんだ。僕にはスティングが超クールに見えたんだけど、今考えるとそれって相当野暮ったいよな(苦笑)。

(笑)。

Jeff:で、13~14歳の頃にゴスやインダストリアルや当時のオルタナティヴにはまって――つまりキュアーとかジェーンズ・アディクションとか、スキニー・パピーとか――そこからアンダーグラウンド・パンク、ハードコア・ムーヴメントにはまっていったんだ。当時カリフォルニアのバークレーから出てきたグリーン・デイ、ニューロシス、ジョーブレイカーあたりにね。あと東海岸のハードコア、たとえばバーンとかクイックサンドとか……とにかく当時のアンダーグラウンド・ミュージックを片っ端から全部吸収したいと思ってて、ジャンルなんていうのはどうでもよかった。で、何で最終的にISISに落ち着いたのかは、僕にもよくわかってない、と(笑)。

全員:(笑)。

そういえば昨日プレイしていた新曲でも、ベースがキュアーを連想させるようなところがありましたね。

Jeff:お……サンキュー!

全員:(大笑)。

Jeff:すごく光栄だよ。

ではアーロン・ターナーは?

Aaron T:すごく音楽的に恵まれた環境で育ったんだ。両親は楽器こそ全く弾けなかったけど、とても熱心なリスナーだったんだよ。父親が一番好きだったのはジャズで、特に40年代終わりから60年代中盤までのジャズが好きだったこともあって、僕も子供の頃は結構聴いてたんだけど、特にジャズの影響を受けたという感じでもなかったんだよね。むしろジャズも含めていろんな音楽を、たとえ意識的に強く惹かれてなくてもひっきりなしに聴いていたことが、自分にとってはすごく重要な意味を持ってたんじゃないかな。でもその一方で、兄と姉がふたりともミュージシャンだったこともすごく影響があったと思う。特に兄からは、その後の僕の音楽性を形作ることになるような音楽を、小さい頃にいろいろ教えてもらったよ。まだ9歳か10歳の頃、レッド・ツェッペリンやジミ・ヘンドリックスやブラック・サバスなんかをダビングしたテープを、兄からもらうようになったんだ。どんな音楽を聴いて育ってきたか、自分の音楽的な成長について、いろんな人と話をする中でよく耳にするのが、子供の頃は周りの大人に“お前はこれが好きなんだ”って丸め込まれてた、っていう話なんだよね――『うん、これならお前もきっと気に入るぞ』って。それは親が好きな音楽だったり兄弟が好きな音楽だったりするわけだけど、でもその後、意識的にそういう“押し付け”と決別しようとするときがやって来る。どんな音楽が聴きたいかを、自分自身で選び始めるときが来るんだ。で、僕の場合は、今話したような音楽に兄貴が触れさせてくれたことで、さらに自分の興味を追求するようになって、よりヘヴィなロックやメタルにのめりこんでいったわけ。つまり兄貴がくれたミックス・テープがある種の踏み台になって、いろんな新しい音楽やバンドに導かれていったっていうのかな。最初はすごくトラディショナルなメタルから始まって、だんだんパンクやハードコアを含むよりアンダーグラウンドなものに移っていって、さらにはもっと実験的なアプローチのものまで聴くようになった。もちろんその合間に影響を受けたものはほかにも色々あって、たとえばハイスクールの最初の頃はヒップホップがすごく重要な存在で、その後も長い付き合いが続いたし、10代の終わりから20代はじめにかけては、エクスペリメンタル・ミュージックが非常に重要な意味を持つようになった。こうした音楽すべてが、僕の音楽面での成長に役立ったと思うよ―― リスナーとしてもそうだし、自分がISISにもたらしたものにも何かしらの影響を与えてるはずだ。

続いてアーロン・ハリス。

Aaron H:僕はメイン州で生まれ育ったんだけど、父もドラマーで、ハイスクールから大学時代までロック・バンドで(笑)ドラムを叩いてたんだ。だから、僕の周りにも常にドラム・キットがある環境だったんだよ。僕がドラムを叩くようになったのも、父親の血のせいだと言っていいと思う。彼は70年代のロックのカセット・テープやビニール盤の膨大なコレクションを持ってて、僕よりも音楽に夢中って言っていいくらいなんだけど(笑)、それで僕も子供の頃、ドラムが置いてある自宅の地下室に行っては、父のコレクションの中で気に入ったレコードに合わせながら、ドラムの叩き方を覚えていったんだ。で、ハイスクール時代は幾つかのカヴァー・バンドでプレイして、サウンドガーデンやニルヴァーナやフガジなんかを演奏してた。それから、学校の友達とロガっていうバンドを結成して、そのバンドで一旗上げようと思ってボストンに引っ越してね。そこで今のISISのメンバーたちと出会ったわけだけど、その頃にはロガの方がいまひとつパッとしない感じになっていて、それで新しいバンドを結成したがってたこいつらと一緒にプレイするようになったら、こっちの方がうんと楽しいわけ。これこそ自分がずっと探し求め、やりたいと思ってきた音楽だと思ったよ。しかもみんな、“ツアーに出てライヴやってミュージシャンとしてもバンドとしても成功したい”って、僕と同じ熱い思いを抱いてることがわかった。そういう意味で、自分はすごくラッキーだと思うよ。小さな田舎町で暮らしながら“音楽をやりたい、成功したい”と思ってるキッズって、きっと大勢いると思うんだよね。それが実現するかどうかは実際のところ、自分と同じヴィジョンを持った人間と出会えるかどうかにかかってるわけだけど、多くの連中はそういうチャンスに巡り会えずにいるんだ。僕はラッキーなことに、この連中と出会うことができて、本当に運がよかったって思ってるよ。

わかりました。次にマイケル、お願いします。

Michael:自分が何で音楽に興味を持つようになったか、そのルーツはハッキリしてる。両親がライザ・ミネリやバーブラ・ストライサンドを聴いてたんだ(笑)。両親にとってはそれが、最高に過激な音楽だったわけ(笑)。実際、僕が初めて手に入れた7インチも、アンディ・ギブのだったしね――確か70年代初めか中頃だったと思う。で、初めて自分で買ったアルバムがAC/DCの『バック・イン・ブラック』で、発売直後に有金はたいて買ったんだよ。で、そういう自分好みの音楽と、いわゆるレッド・ツェッペリンやジミ・ヘンドリックスのようなクラシックなロックをしばらく並行して聴いた後、スレイヤーやメタリカなんかを経てどんどんメタルの方に向かっていって、それから東海岸のハードコアとの出会いがあって、かなり長い間ハマってた――クイックサンドあたりまでね。でもそのくらいで積極的に聴くことをやめて、もっと幅広くいろんな音楽を聴くようになっていった。特に自分自身ハードコアをやるようになってからテイストの幅も広がって、エクスペリメンタルからヒップホップ、ジャズに至るまで、とにかくできるだけ視野を広げようとしたんだ。均整のとれた聴き方ができるようになりたくてね。楽器に関しては、まず13歳の頃にギターを始めた――郊外での生活に心底退屈してさ。それでギター・レッスンをしばらく受けて、近所の友達とかとプレイしながら2~3のバンドをうろうろして、で、アーロン・ハリスが言ったように、ボストンでみんなに出会って、それでバンドを始めた……っていうか、こいつらがバンドを始めて僕もほどなく参加した、というわけ。

じゃあ最後に、クリフォード。

Clifford:えっと、僕も子供の頃、家の中には常に音楽があって、小さい頃からピアノのレッスンも受けてたし、小学2年生のときにはビートルズにすっかりハマっちゃって。それが僕にとっての、ポピュラー・ロックンロール・ミュージック入門になったんだ。で、小学校から中学にかけてサックスをやって、ハイスクールではジャズ・バンドに入ってたこともあったし、ジャズをよく聴いてたね。その一方ではトーキング・ヘッズとかザ・キュアーなんかもよく聴いてて、やがて17歳あたりでギターを手に入れたんだ。ハイスクールの友達がインテグリティっていうバンドをやってツアーに出たりしてたから、めちゃくちゃイカすと思って自分も友達と一緒にギターを始めたんだよ。それからヒップホップにハマって……サンプラーを手に入れて、シンセに興味を持ったのもそれがきっかけだった。で、結局……えっとまず家を追い出されて(苦笑)……それからボストンのバークリー音楽院に進んでギターをやってたんだけど、その頃メルヴィンズを初めて聴いてすべてが一変して、ヘヴィ・ミュージックにどんどんハマっていろんなバンドでプレイするようになって、こいつらと出会ってご覧の通りというわけさ。


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