Joe Lally
by E-mail, 2011. 2
「僕が最も大事にしているのは、ライヴの場でみんなと曲を一緒にシェアするってこと。みんなで集まって音楽に浸ることにこそ、やりがいを感じるんだ」

Cave In
by E-mail, 2010. 1
「僕をはじめ恐らく4人全員が感じているはずだけど、しばらくケイヴ・インから離れて別のミュージシャンとプレイすることで、はまりこんでしまった古い型から抜け出せたんじゃないかな」

Joe Lally
Tokyo, 2009. 10. 13
「フガジとして音楽を作る機会がなくなったのは、とても気分が滅入ることだった。飛行機事故に遭って1人だけ生き残ったような精神状態というか……ものすごく厳しい経験だったよ」

Modwheelmood
Los Angeles, 2009. 6. 20
「ピーター・マーフィーが、『君が自分自身の音楽をやっていこうとしているのは正しい選択だと思う』って言ってくれたんだ。『モッドウィールムードの大ファンだから』ともね。本当に嬉しかったな」

ISIS
Tokyo, 2009. 4. 20
「変に聞こえるかもしれないけど、僕たちは月日を経るに連れて『ISISでいることが上手くなってきた』ように思う」

NoMeansNo
Tokyo, 2009. 3. 23
「最近は、YouTubeとかでバンドの若い頃の映像が手軽に見られるから、50歳になっても25歳の頃の自分と比較されてしまう。だから、若い頃の外見を何とかキープしようと必死になる人が増えてるね。ま、俺たちはそういうことはやってないけどな(笑)!」

Don Caballero
Tokyo, 2009. 1. 20
「俺達の音楽は、ほとんどの人に“パンク・ロック”とはみなされないだろうけど、でも自分たちとしては、まさにパンクをやってるつもりなんだ」

Longwave
by telephone, 2008. 11. 29
「今まで僕が書いたロングウェイヴの曲は全部、1本のアコースティック・ギターだけで演奏できるように作られている。どの曲も、子供の頃に母が教会のバザーで買って来てくれた、ちっぽけな箱みたいなギターで作ってるんだよ」

The Faint
Tokyo, 2008. 9. 30
「多くの人々は自分の弱さを隠すために『それについてはもう知っている、あれに関してはもう経験した』って虚勢を張るけど、僕達はそうはなりたくないね」

+/- {PLUS/MINUS}
by E-mail, 2008. 9. 5
「結婚や子供の誕生といった私生活での変化は、間違いなく僕らの音楽に対する捉え方を変えたと思う。多忙になったせいで、自分たちの時間がもっと価値を帯びてきて、音楽活動を継続させることがどれほど重要なのか気付いたんだ」

These Arms Are Snakes
by telephone, 2008. 8. 21
「ほどよく写実的でありながら、あえてそれをグチャグチャに解体することができるセンス、それこそまさに俺自身が常に求めていることだ」

Jaguar Love
by telephone, 2008. 6. 25
「ブラッド・ブラザーズもプリティ・ガールズ・メイク・グレイヴスも解散してしまって、メンバー全員けっこう厳しい状況にいたし、色んな不安や悩みを抱えてた。だから尚更みんなの一体感が強くなって、それがソングライティングにも反映されたと思う」

Deerhoof
Tokyo, 2008. 6. 21
「別に“やってしまえ”と思って、やったわけじゃないんです」

Modwheelmood
Los Angeles, 2008. 3. 29
「明らかにNINに参加したおかげで、より多くの人達がモッドウィールムードを聴いてくれるようになった。その事実は意識してるし、もちろん嬉しいことなんだけど、今のところは何の妥協もせず、やりたいように自分の音楽を作って発表できているっていうことが何よりも嬉しい」

Jubilee [English]
Los Angeles, 2008. 3. 11
「人間のダークな面にこだわってネガティブな空間から表現するタイプのバンドにずっといたから、この新バンドはもっと人生を謳歌するような、どれだけ人生が素晴らしいかを表現できるようなものにしたかったんだ」

Pinback
Tokyo, 2008. 2. 29
「俺たちもともと『エイリアン』や『エイリアン2』みたいなSF映画の大ファンでさ。で、そろそろバンド名を決めようって頃に、ロブが「この『ダーク・スター』って映画を観てみろよ」って……」

Sufjan Stevens
Tokyo, 2008. 1. 24
「僕の音楽には野外劇風なところがあるから、カラフルな衣装はそれを反映しているんだ。オーディエンスの感覚を直接的に刺激するような音の振動を使ったりもしてるし、視覚や聴覚に訴えかけて鼓舞するのが目的の音楽だからね。基本的には、人間の日常のこと、試練と苦難と……そして想像力について歌ってる」

Gossip
Tokyo, 2007. 12. 20
「社会から疎外されたアウトサイダーたちとコネクションを感じたいと思ってる。ベスに世間の関心が向けられることで、彼女に自己を投影できる人はたくさんいると思う。私たちのライヴ・パフォーマンスではそういうことが重要なの。全ての人たちを巻き込んで、誰もが同等なんだって感じられるようなライヴがやりたいのよ」

Zombi
Tokyo, 2007. 11. 26
「いつの日か、他の人々をインスパイアするような存在になりたい――これまで他のバンドが僕をインスパイアしてくれたようにね」

Ted Parsons
Tokyo, 2007. 11. 25
「ジャズ・コールマンもマイケル・ジラもトミー・ヴィクターも、みんなスゴくユニークな連中だけど、こっちとしてはとにかくそれぞれの性格を知って、いつ口を閉じるべきかを判断し、そして自由に話をしていい時に言うべき意見をしっかり伝える――それが彼らとつきあっていく秘訣だね」

Jonah Matranga
Tokyo, 2007. 7. 31
「音楽業界に関わる全員が、認識してなきゃならないことだと思う――レーベルとの関係性というものは恋愛と同じで、フィフティ・フィフティなんだってね」

Omar Rodriguez Lopez
by telephone, 2007. 5.10
「日本は、僕とセドリックにとって小さい頃から憧れの地だったし、今も大好きな国なんだ」

Cursive
Tokyo, 2007. 4. 29
「Curiosaに参加した時は、『カーシヴの幕の引き方としては、これって素晴しい方法かも』って密かに思ってた」

ISIS
Tokyo, 2007. 2. 1
「このバンドの原動力の内部には、常に"上達"や"進化"、あるいは"自分達を突き詰めていく"という精神があると思う」

These Arms Are Snakes
Tokyo, 2007. 2. 1
「初めてハードコア・バンドを組んだ頃は、いつもライヴ中に仲間がマイクを奪ったり、誰かの上に乗っかってたりした。だから、そういうスタイルが自分の中に染み付いているんだろうね。その方が僕も楽しいし」

Alexander Hacke (Einsturzende Neubauten)
Tokyo, 2006. 11. 28
「サポーター・システムのおかげでバンドの製作ペースも非常に規律正しいものになったね」

The Dresden Dolls
Tokyo, 2006. 9. 8
「自分がその瞬間その曲にどう共感しているかを雄弁にはっきり表現できてこそ、本物のアートフォームだと思う」

Facing New York
Tokyo, 2006. 6. 9
「言葉もジャンルも全部とっぱらって、文字通り音楽だけで説明することのできるバンドになろうと努力している」

Jerome Dillon (nearLY)
by telephone, 2006.5.30
「僕はトレントからのサポートを必要としていた。友人としてもボスとしても『大丈夫だから。心配するな』って言ってもらいたかった。でも、それはかなわなかったんだ」

The Velvet Teen
Tokyo, 2006.5.11
「変化に慣れるんだ!(笑)アルバムを出すごとに変化する、これが僕たちのやり方だからね」

大野由美子 (Buffalo Daughter)
Tokyo, 2006.3.30
「折り紙の鶴を折って千羽鶴にして渡すとかよりも、折り紙の折り方を色んな人に伝えて皆で作った方が幸せが広がる、みたいな事を言ってたのね。だから幸せ感っていうか、皆がハッピーになるようなイメージは考えてた」

Cave In
Tokyo, 2006.3.25
「僕たち全員、自分たちが買ったり聴いたりするレコードに、とても敏感なことは確かだよ。特に前作を作って以降、それまで聴いたことがなかったような新しいジャンルにハマッてる。それこそブラック・フラッグからボブ・ディランまでね。そういうのが全部、新曲に影響を与えるはずさ」

Tool
Tokyo, 2006.3.3
「僕らの場合は、勇気を出して新しい場所へ踏み出して行くことでポジティヴな結果が得られることの方が多いって分かってきたんだ」

Make Believe
Tokyo, 2006. 1. 21
「僕らは大衆文化を拒絶する方法として、自然体であること、冷静でいることを選んだんだ」

Broken Social Scene
Tokyo, 2006.1.7
「音楽にはメッセージ性があって、訴えかけてくるものがあるとみんなに分かってもらいたい。大袈裟かもしれないけど、僕達は音楽をめぐる聖戦を続けていかなくちゃならないんだ」

James Baluyut (+/- {PLUS/MINUS})
Tokyo, 2005.12.11
「レコーディングの時点では誰も、これはライヴで再現するのに一苦労しそうだなんて全く考えてなかったよ。わざわざそんな風に不必要な制限を設けてもしょうがないし、作ってる時はそんなこと気にせず、とにかくいいものを作る、それに尽きるからね」

Cursive
Tokyo, 2005.11.14
「今後は柔軟性のある音楽活動を展開していきたい。次のツアーではサポート・ミュージシャンに参加してもらうつもりだよ。そうやって楽曲が生まれ変わり、ライヴも進化を遂げていくからすごく楽しみなんだ」

Dave Ogilvie (Jakalope)
Tokyo, 2005.10.5
「これまでのキャリアで一番ツラかった経験は、やっぱりマリリン・マンソンの『アンチクライスト・スーパースター』の制作じゃないかな」

Toddle
Tokyo, 2005.9.28
「なんか、漠然と曲を作るということがなかなかできないんです。メンバーが決まってて、その人その人を思い浮かべながら、ああこんな曲、って出来てくる場合が多い。だから、いつか何かのために、みたいな、そういうふうには作れないですね」

The Dresden Dolls
Niigata, 2005.7. 30
「可愛らしいものや、ふだん何気なく目にするもののイメージを使って、人間の奥底に秘められたグロテスクな感情をえぐり出そうとしてるわけ。私にとってアートとはそういうものなの」

Jon King (Gang of Four)
Tokyo, 2005.7.27
「ギャング・オブ・フォーの音楽が今まで生き残ってきた理由は、ポップ・ミュージックじゃなかったからさ。ラディカル・ミュージックだったからこそ、生き残ったんだ」

Ian MacKaye (The Evens)
by telephone, 2005.7.25
「新しいアイディア、新しいアプローチというものは2000人の前では起こらない。そういうのは20人〜25人が目撃するものなんだ」

New Idea Society
Tokyo, 2005.6.24
「ツアー中に、このバンドの持つ可能性について色んなことを話し合ったよ。仲間になれたことはもちろんだし、ツアーが始まって数週間後には今後の展望が見えてきた。すごくエキサイティングだよ、僕達はいまや"バンド"なんだ」

Tim Kasher (Cursive)
by E-mail, 2005.6. 22
「これまでに関わった人間関係すべてを過剰に分析したがる絶え間ない欲求から、もうそろそろ自分を切り離さないといけないなって思ってる。すぐにでもやめないと、隠すものがなくなってしまうし、こんなイヤな男とは誰も付き合いたいと思わないだろ?」

Medications
Tokyo, 2005.3.26
「僕らにとって重要なのは、人々がライヴを見に来てくれることなんだ。根本的にライヴ・バンドだからね」

Dalek
Tokyo, 2005.3.14
「俺達はあらゆる人々に向けたライヴを演りたいと思ってる。最初はオーディエンスに歓迎されていないような雰囲気でも、ライヴ後には半数が俺達のファンになってる、そういうステージが好きだね」

Death From Above 1979
Tokyo, 2005.2.17
「パンク・ロックというのは音楽の種類ではなくて考え方なんだ。だから、ポスト・パンクという概念すら僕には意味をなさない」

Mock Orange
Tokyo, 2004.11.21
「バンドを結成してから11年間かけて自分達なりのオリジナル・サウンドを探求し続けてきた。最新作の『mind is not brain』で、ようやく自分達のサウンドを見つけた気がするよ」

Hugh Cornwell
London, 2004.11.11
「ストラングラーズは『黒豹』の時点で、全員が大人になって独立した個人になってしまったんだ。何か悪いってわけじゃない。そういうものなんだよ。物事は変わっていくし、そのことを受け容れていかなきゃならない。新しい組合せが生まれて、人生は進んでいく。それを拒否するってことは人生を拒否するってことだからね」

Christopher Richards (Q And Not U) [English]
by E-mail, 2004.11
「非英語圏の音楽もよく聴いてるけど、歌が言葉を超えるあの感覚に惹かれるんだ。歌詞ってやっぱり曲のリズムに合って、楽器のように“言葉をプレイする”感覚に持っていけると、より曲のスピリットに近づけると思う」

Judah Nagler (The Velvet Teen)
Tokyo, 2004.11.5
「メジャーには行かないと思う。今のところは友達の手助けを借りながら自分達の手でやっていきたい。そうすれば、成功した時には自分の力で勝ち取ったことになるわけだから」

Tim Kasher (The Good Life)
Tokyo, 2004.10.30
「カーシヴは音楽中心で、グッド・ライフは歌詞とか、メロディーを生かすバンドっていうふうに分けてるんだ」

Death From Above 1979
London, 2004.10. 26
「よく『君達のやってることは他とは違うね。新しいことやってるね』って言われるけど、常にそうでなきゃいけないと思ってる。ライヴで『それ、前にも見たことあるぜ!』なんて言われてちゃダメなんだよ」

Todd Baechle (The Faint)
Tokyo, 2004.8.9
「幅の広さって大事だと思う。どの曲もおんなじタイプ、っていうのは嫌なんだよ。いろんなタイプが共存しててメリハリがある方が面白いと思うんだ」

Stellastarr*
Tokyo, 2004.8.3
「不完全だからこそ個性になる。つまり、自分ができないことをどうやって表現するかを模索することで、独自のスタイルが生まれてくるんだ」

J.Robbins (Channels)
by telephone, 2004.7.24
「正直に言うと、チャンネルズについては、最初はお遊び程度にしか考えていなかったんだ。でもライヴをやってみたら、間違いなく僕が今までやってきたどのバンドよりもベストだったんだよ」

From Monument To Masses
Tokyo, 2004.6.17
「このバンドにとって思想的な部分は重要な要素なんだ。インスパイアされるだけでなく、原動力でもあるんでね。僕らの場合、もし思想の部分抜きで音楽をやったとしたら、そんなに長く続かないと思う」

Todd Baechle (The Faint) [English]
by E-mail, 2004.6
「僕達は、いわゆる“インディ・ロック”ってやつに飽き飽きしてたから、そこからの脱出を試みたんだ。そしてエレクトロニック・ミュージックにこそ目指すべき道があると考えたんだよ」

Garrison
Tokyo, 2004.6.3
「友達が忘れていったカセット・テープに、片面はジョウボックス、もう片面にはフガジが入ってたんだ。何も書いてなかったから、どんなバンドかも知らないまま、『こんなスゴいアルバム聴いたことない!』って、それからずっとそのテープを聴き続けたよ」

Sikth
Tokyo, 2004.4.16
「曲の初めから終わりまでただ叫んでいるようなヘヴィ・ミュージックには耐えられない。そんなの誰もがやっている。だから、俺はその先にあることを考え、自分自身を深く見つめて、自分には何ができるのか考え続けるんだ」

Ben Davis
Tokyo, 2004.3.21
「1人でするよりも複数でやる音楽の方が好きなんだ。色んな人と共同作業をすることによって、よりクリエイティヴになれるんだよ」

Colin Newman (Wire)
Tokyo, 2004.2.29
「ワイアーはロック・バンドじゃないんだ。それでも大半のバンドよりロックしてるけどね」

Omar Rodriguez (The Mars Volta)
Tokyo, 2004.1.10
「こないだメキシコのピラミッドを見に行ったんだけど、どんなドラッグよりもハイになれたよ。頂上に立った時、素晴らしいサウンドが頭の中で鳴り出したんだ。そういう音をキャプチャーできればな、って思ってる」

向井秀徳 (Zazen Boys)
Tokyo, 2004.1.7
「ロック音楽をして、どれだけ自分が脳内電気をビリビリさせるか、さらにそのビリビリをどれだけ人に伝染すか、どれだけビリビリさせるかっていうことを最終目的にしていきます」

eastern youth
Tokyo, 2003.12.28
「定期的にヒドい目に遭った方がいいと思ってる。ヒドい目イコール充実みたいに俺は捉えているので。やる時は気が重いけど、恐れずにどんどん勢いでやっちゃわないと、固まってきちゃうと思うんでね」

Ian McNabb
Tokyo, 2003.11.4
「実はアイシクル・ワークスを再結成しないか?っていう、でっかいオファーも来たよ。僕は首を横に振ったけどね。そういうことをしても、ソロ活動の方の価値が低いみたいな感じにしかならないだろ。金だけのために何かやったことは1度もないし、やっぱりそれはやっちゃダメだっていう直感があるんだ」

Tim Kasher (Cursive)
Tokyo, 2003.10.28
「正直に言って、次のアルバムを作ること自体ハードだし、このバンドを続けるべきかどうか、すごく悩んだよ。でも結局、続ける努力をした方が最終的にはベターだって決心したんだ」

Death Cab For Cutie [English]
Tokyo, 2003.9.25
「俺たちは今バンドとして素晴らしい位置に立っていると思う。探求したいアイディアがまだまだたくさんあるし、これからも可能な限り最高のレコードを作り出していきたい」

Ian Love (Cardia)
by telephone, 2003.9.11
「雑誌やテレビを賑わせているような音楽とは全く違う方向を模索したくなるのと同時に、オーソドックスな中にも素晴らしいものが隠されているとも思う。そういう美しい音楽を、新しい手段を用いて表現したい」

Longwave
Tokyo, 2003.9.2
「デイヴ・フリッドマンとのレコーディングは最高だったよ。本当に特別で、熱狂的で、画期的で、ハッピーだけど哀しくもあるっていうレコーディングだった(笑)」

Daniel Kessler (Interpol)
Chiba, 2003.8.3
「本来のインディペンデントというのはレーベルのことじゃなくて、自分の頭で考えて行動するということだ。僕達は信念には逆らえない。それはもう根本的に不可能なことなんだ」

Tim Kasher (Cursive) [English]
by E-mail, 2003.7
「カーシヴでは、曲作りに最善をつくし、それを信じ、もしみんなに受け入れられない場合はそれに対処していこうって決めたんだ」

John "Speedo" Reis
Tokyo, 2003.6.22
「俺たちは人生を祝福するためにステージに上がっているんだ」

Cave In
Tokyo, 2003.5
「メジャーに入って最初のツアー中、解散の危機に陥ったんだ。でもミーティングをやって、こういう人生を選ぶんだって再確認して、やんなくちゃいけないんだぞ、っていう覚悟ができたんだよ」

Q And Not U
Tokyo, 2003.3
「僕らにとっての戦いとは、できる限りいいバンドになることだから。自分達で最高だと思える音楽を作っていくことに奮闘していかなければいけないと思ってる」

Anthony Roman (Radio 4)
Chiba, 2003.2
「ポスト・パンクって、途中で投げ出されてしまった方法論だと思う。だから自分達なりに“パンクとダンス・ミュージックの組み合わせ”という発想を、きちんと最後まで追求してみたいんだ」

Queens Of The Stone Age
Tokyo, 2003.1
「俺達は迷惑行為を常に開発してる。次はどうやって人々を混乱させてやろうか、ってね」

Janet Weiss (Sleater Kinney)
Tokyo, 2002.12
「同時多発テロ事件以降、私達にとってはライヴがこれまで以上に大切なものになってきている。特に今みたいな時代、お互いとの繋がりを感じさせてくれて、生きている実感を与えてくれるものって本当に貴重だと思う」

Jason Farrell (Retisonic) [English]
New York, 2002.11
「僕達が書きたいのは、アグレッシヴでフックのある曲、またはアグレッシヴじゃないフックのある曲、あるいはもしかしたら単に良い曲、なんだ」

Shiner
Tokyo, 2002.9
「今は小さなレーベルの時代だと思う。これからも大きなレーベルの苦難の時代は続くだろうね」

Cave In
Tokyo, 2002.8
「僕らは限界点を持ちたくないんだ。どこまでも行けるところまで突き進んでやろうっていう気持ちで、その先に何があるのか自分の目で確かめていきたい」

Adam Nutter (The Music)
by telephone, 2002.6
「他の人達からどう思われようが気にしない。いちいち他人の意見を聞いてたら、それこそつまらない音楽しかできなくなってしまうと思うよ」

The The
London, 2002.5
「何もかも出して自分のキャリアを確固たるものにする。そうして、何をするにせよ次に進もうという、今はそういう重要な時期なんだ」

Jimmy Eat World
Tokyo, 2002.2.26
「たぶん僕達のような何も問題のない平和なバンドは珍しいんだろうね。でも僕達の絆はそれほど固いものなんだ」

Wrench
Tokyo, 2001.12
「趣味は音楽鑑賞だって言ってるぐらいだから……しかし『趣味は音楽鑑賞』って凄いね(笑)」

Joey Burns (Calexico)
Tokyo, 2001.12
「キャレキシコっていうカリフォルニアとメキシコを合体させた名前には『音楽は国境を超える』っていう思想と同時に『規律を守ってそれぞれの個性を際立たせるために国境は必要不可欠だ』っていう意味も込められているんだ」

Regurgitator
Tokyo, 2001.4
「アウトサイダー的な形でしか僕らは存在し得ないと思う。シーンの外にいた方がいいものが作れるんだよ」

Mike Watt [English]
Tokyo, 2001.2
「死の床からようやく回復したら、ベースが弾けなくなってた。それでJ・マスキスがリハビリを兼ねたギグを一緒にやってくれたんだ」

Adrian Belew (King Crimson) [English]
Tokyo, 2000.10
「キング・クリムゾンの難解な曲にフレンドリーな顔を付けてやるのが僕の仕事なんだよ」

Mark Arm (Mudhoney / Monkeywrench)
Tokyo, 2000.9
「人生を振り返る時『俺はなんてバカなことをやってるんだ』と感じるかって? うん、いつもだよ。後悔もしてないけどね」

Elastica
Tokyo, 2000.7
「ドナが脱退した後、1人で地下にこもって曲作りを続けたの。そこで初めて音楽というものと1対1で会話できたし、なんで私が音楽を通して人々とコミュニケーションしたいのかも思い出せたわ」

Colin Moulding (XTC)
Tokyo, 2000.5
「アンディって、なんか好意の表現方法が間違ってる感じがあるよね(笑)」

Brian "Yap" Barry (One Minute Silence)
Tokyo, 2000.5
「誰にも伝わらないから、言いたいことを言うのをやめる、なんてことは僕にはできない。そんなのアパシーだ」

Rob Pope (The Get Up Kids)
by telephone, 1999.12
「オレンジ・カウンティ周辺の自称パンク・バンドと僕たちとの間には大きな違いがあると思う。僕たちの方が、もっと誠実で、もっとクリエイティヴなことをやろうとしているんだ」

J. Robbins (Burning Airlines)
Tokyo, 1999.11.9
「日本の若いバンドは、ちゃんと自分達のヴィジョンを持ってる。 俺なんかのアドバイスは必要ないと思うね」

Chris Cornell (ex. Soundgarden)
Seattle, 1999.6
「本作のタイトルには、何よりも『新しい旅立ち』という気持ちを込めたつもりだ」

Gabrielle Glaser (Luscious Jackson)
by telephone, 1999.5
「ジルが、『今はいっしょに曲を書きたくない』って。どうしてなのかしら?」

Stephen Malkmus (Pavement)
Tokyo, 1999.3
「特に難解な歌詞を書いているつもりはないよ、『ポップ・バンドとしては』ね」

Ben Folds (Ben Folds Five)
Tokyo, 1999.3
「人生って、なんてドラマチックなんだろう 」

Sweet 75
by telephone, 1997.6
「ニルヴァーナというバンドに自分が関わっていたことは今も誇りに思ってる。だけど人生はこの先も続くんだからね」

Mudhoney
Tokyo, 1995.3
「俺は、狂気の喧燥の中でふと虚無感と向かい合った。そして酒をもう一杯やるとそのことをすっかり忘れてしまった」

Blixa Bargeld (Einsturzende Neubauten)
by telephone, 1991.7
「アートとはやっぱり子供時代の再発見ということだと思う」

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