東京JAZZ2003 @ 味の素スタジアム



 2003年8月24日(日)、味の素スタジアム(旧 東京スタジアム)で昨年に引き続き開催された東京JAZZ2003を観てきたので感想をまとめておこう。ちなみに昨年のレポートを僕はこう締め括った。「まあ、大事なことは来年につなげることですから。今回見ていた限りでは、観客(特に年配の方々)の多くが求めていたのはもっとストレートな4ビートだったようにも思えますが、ハービー・ハンコックが企画したのはあくまでジャズの未来形だったわけで、この乖離をいかに埋めていくのか。寺井尚子のような飛び道具や、ウェイン・ショーターのような重鎮、さらにはブエナビスタ軍団という『現象』ものを引っ張り出して何とか乗り切った感も強いだけに、次回こそが正念場という気がしました」。結論から言うと、昨年以上に楽しめるフェスティバルになったが、「次回こそが正念場」という宿題は来年に持ち越した。その理由は後で述べる。

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★女子十二楽坊 (13:15〜13:40)

 吉祥寺から同行者と会場直行の臨時バスに乗り、スタジアムに到着したのが13時ごろ。この夏一番の暑さと言っても過言ではない強烈な直射日光が照りつけるアリーナ席には人影はまばら。多くの観客はスタンド席、それも上の屋根が日陰を提供してくれるエリアに集中して退避している。オープニングアクトへの起用がほんの数日前に発表された女子十二楽坊は、タイミングよくオリコンのアルバムチャートで1位になったばかり。確かに「JAZZ」とは無縁の音楽だが、もう少しは盛り上がるかと思っていた。まあ、この暑さでは仕方ないだろう。

 せっかく来たのだからということで、ガラガラのアリーナ席に下りることに。昨年に引き続きe+で予約したチケットは今年は奮発してGシート。スタンドA席・B席、アリーナS席の上に来るもので、アリーナ中央部分に配置されたコールマンの肘掛けつきリクライニングシートでゆったり観ることができる。実際にチケットに印字された席まで行ってみると、ステージのかなり近くで、何とか演奏者の表情まで見られる位置だ。長袖シャツ、帽子、タオル、日焼け止めローション、うちわ、氷水入りペットボトルと考え得るフル装備で乗り込んだものの、日光を遮るものもないすり鉢状のアリーナ席はまさに灼熱地獄だった。

 CM露出でお馴染みの女子十二楽坊は、二胡や琵琶、笛など中国の伝統楽器を用いて現代風のポップな楽曲を演奏する中国人美女12人組。この日は全員黒ずくめの衣装で登場し、バックトラックの打ち込みテープに合わせて6曲演奏した。クールな微笑みを浮かべながらソロを弾く女の子たちはそこそこ上手いようだったが、それ以上でも以下でもない。この種の「古楽器 meets 現代ポップ」企画は昔から枚挙に暇がなく、瞬間風速としては面白いが長続きするものではない。ステージ上に全員が並んで一斉に演奏している様は絵としては結構カッコよかったが、これがナショナルチャートで1位になっちゃう日本って…と寂しい気持ちになったのも確か。黙々と演奏して去って行ったが、彼女らにマイクを持たせて中国語でMCを入れてくれたらもっと良かったのにと思う。

【セットリスト】
1. 紫禁城
2. 奇跡
3. 五珀
4. 劉三姐
5. 感謝年華
6. 自由


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★寺井尚子/松永貴志/ケイコ・リー (14:00〜15:00)

 次のセクションは美人バイオリニストの寺井尚子から。昨年は初日のオープニングに登場して熱演し、ハービー・ハンコックが一目惚れして翌日も参加が決まったという逸話を残してくれたが、今年はやや余裕のある演奏ぶり。黒のノースリーヴに短すぎるミニスカート、妖艶なルックスを差し引くとバイオリンそのものは決して超絶技巧ではないのだが、場を盛り上げる華があるプレイヤーだ。膝を曲げ、眉間に皺を寄せて一生懸命弾く姿と、弾ききった後のぱっと明るい笑顔のギャップがあざとくてたまらない。白くて綺麗な歯並びが印象的だ。メイクとしゃべりはひどくお水っぽいのだが、これもある程度マーケットを意識してのことだろう。

 彼女のセットのラスト曲 "Caravan" に入る前に話題の新人ジャズピアニスト、松永貴志くんが登場。何しろ弱冠17歳の超新星である。今年のピアノ界の話題独占の彼だが、マイクを向けてみるとこれがもう実にただの高校生。「今日は好きな夕張メロン色のシャツで来ました。イエーイ!!」みたいな子供っぽい発言に終始する。知識から入ったお勉強家でないところが逆に新鮮だったが、だからこそこんな大舞台で怖気づくこともなく大胆なプレイができるのだろう。"Caravan" では噂どおりの驚異的なテクニックを披露。にこにこした表情で鍵盤を下から上まで引き倒し、音符の嵐でスタジアムを埋め尽くす。

 寺井バンドが退場して松永のドラムスとベーシストが入り、トリオ編成でデビュー作からのオリジナル曲「メロン」と「宿題」を弾き始めると勢いはますます加速する。オリジナリティもあるし作曲能力もある。難点を挙げるとすれば詰め込みすぎという点だろう。今は弾きまくるのが楽しくてならない時期なのだろうからしょうがないが、これで音を間引くことを覚えたら怖い存在になるかもしれない。リズム感も悪くないし、ソロのインプロヴァイズもなかなか爽快。この後に出てくる大物たちと比べるとどうしても見劣りするが、まだ17歳なのだから当然だろう。ジャズへの興味を失わず才能を伸ばしてほしいものだ。

 続いてこのセクションのラストを飾るケイコ・リーが登場。正直言って彼女の人気には驚いた。僕らは暑すぎてスタンド席の日陰に避難して聴いたのだが、1曲終わるごとに会場から大歓声が上がる。個人的には Queen の "We Will Rock You" のソフトなカバーをCMで聴いた程度だったが、日本では彼女のアルバムはコンスタントに良く売れているようだ。アイドルも含めてやや高い音域で少女っぽく唄う歌手が多い中、ケイコ・リーは深みのあるアルトを聴かせてくれる。オープニングの Michael Jackson のカヴァー "Human Nature" で早くも勝負あり。観客がほぼ全員スタンディング・オベイションで賞賛したのには驚いた。黒のドレスに黒髪をなびかせ、低音で迫る大人の雰囲気。情感溢れるその歌唱は非常に上手く、時間帯さえ良ければもっともっと入り込めただろうなと思わせた。残念ながら燦々と照り付ける強い陽射しの下で聴くべき音楽ではなかったのは間違いない。じっとしているだけで滝のように流れ落ちる汗でそれどころではなかったのが残念だ。

【寺井尚子 セットリスト】
1. ラグな気分で
2. Jazz Waltz
3. (タイトルなし)
4. 哀しみのミロンガ
5. キャラバン

【松永貴志 セットリスト】
1. メロン
2. 宿題

【ケイコ・リー with ドキドキ・モンスターズ セットリスト】
1. Human Nature
2. Come Rain or Come Shine
3. Don't Let Me Be Lonely Tonight
4. If It's Love


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★渡辺香津美 New Electric Trio "Mo' Bop" (15:15〜16:00)

 渡辺香津美が久々にエレクトリック・トリオを組んだというのも東京JAZZ2003の話題のひとつ。しかもベースにあのリチャード・ボナを起用したのだから期待するなという方が無理というもの。期待通りの恐るべき演奏だった。

 リチャード・ボナとオラシオ・エル・ネグロ・エルナンデスという鉄壁のリズム隊の前ではさすがの香津美も霞んでしまう。分かっていてもボナのベース音の太さ、運指の速さにすっかり釘付け。チョッパーなど、音の塊が立体的に飛び出してくるような異様な感覚に襲われる。ベースが小さく見えるくらい大きな手で弦を弾きまくるリチャード・ボナだが、涼しい顔で香津美を挑発するようなフレーズを仕掛けてくる。彼も負けじと熱いソロで対抗するのだが、勢い余ってギターのストラップが外れて床に落っことすという珍しいシーンが見られたりした。 オラシオのドラムスも凄かった。パワフルで凄まじい手数。でも手数が多いだけじゃなくて、楽曲を殺さない歌心を感じさせるドラムスでもあったところがさすが。オラシオは前日出演したマウント・フジのジャズフェスと掛け持ちで移動してきたとのことで、驚くほかない。そういえばこのセットが終わった後で、アリーナ席の僕の近くにやってきて仲間と楽しげにステージを観ていたのにも驚いた。

 渡辺香津美としてはバンドリーダーでもあり、あまり壊さずに手堅くまとめようとしたのかもしれないが、結果としてはリチャード・ボナの凄さだけが印象に残るセットになった。彼が歌や他の楽器ではなくベース演奏に専念するのをじっくり観られる機会は減っているようだから、貴重なライヴだったのは間違いない。

【セットリスト】
1. Mo' Bop
2. Dada
3. Robo
4. Ring of Life
5. Havana
6. Tricorn

【バンド】
渡辺 香津美 (Gt)
Richard Bona (Ba)
Horacio El Negro Hernandez (Ds)


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★Joshua Redman Elastic Band (16:20〜17:00)

 ようやく陽が傾き始め、それほど辛くない状態でステージを楽しめるようになってきた。そこに絶妙のタイミングで登場したのが今年の東京JAZZ2003の個人的なMVP、ジョシュア・レッドマンのトリオ。これにはもうブッ飛んだ。凄いものを観てしまったという思いでいっぱいだ。最新作 "ELASTIC" を聴いたときから危ない空気を感じてはいたものの、まさかスタジアムライヴでこれだけエキサイティングなサックスを吹いてくれるとは予想もできなかった。"ELASTIC" からの2曲に加えて新作用の2曲を公開してくれたのだが、いずれも素晴らしい出来。バンドの状態も相当良いのだろう。

 そのバンドは半端でない緊張感のあるトリオ編成。ドラムスはスタジオ盤ではブライアン・ブレイドが叩いていたが、今回はジェフ・バラードが代役を務めている。タイトで力強いリズムだ。キーボードはサム・ヤヘルで、オルガンを中心に斬新でクールなプレイを聴かせてくれる。このシンプルなバックトラックの上で歌うジョシュアのテナー・サックスは実に多彩な音色だった。ロックではギタリストがフットペダルを使ってエフェクターを切り替え、ギターの音を変えることは珍しくない。だがジャズのサックス吹きでエレクトリックなエフェクターを多用する人は多くないだろう。ジョシュア・レッドマンの足元にはいくつものフットペダルがあり、曲中に盛んにペダルを踏んで音に変化を付けている。ダイナミックな広がりが感じられるソロでは、スキンヘッドの頭から汗を滴らせて全身の力を振り絞るようなプレイを聴かせてくれる。次から次へと繰り出されるテンションの高いフレーズの数々は、肉体的であると同時にひどく知的で、しっかり計算されたものでもある。ジョシュアがハーヴァード大学を首席で卒業し、弁護士とジャズミュージシャンのどちらになるかで迷ったという逸話は有名だが、この人本当に頭いいんだろうなぁと思わせるプレイが随所で見られた。

 整ったルックス、知性に裏打ちされた手に汗握るエネルギッシュなプレイ。とてもテナーサックスの音域とは思えない超高音まで自在に操る技術の誇示。白熱した演奏に本人も熱くなったのかシャツを脱ぎ捨てて上半身裸になり、引き締まった肉体をさらに振り絞って吹きまくる。ソロが終わってサム・ヤヘルのパートになると、ジョシュアはサックスを置いてもう1台のハモンドに腰掛け、楽しそうにバッキングのオルガンを弾く。マルチプレイヤーの本領発揮で、これもクールだった。90年代は彼にとって助走期間だったに違いない。今後のジャズ・サックス界は間違いなくジョシュア・レッドマンを中心に回るだろう。たった3人とは思えない濃密で圧倒的な演奏を聴かせてくれた彼ら、この勢いを封じ込めた新作が届けられるのが本当に待ち遠しい。

【セットリスト】
1. Shut Your Mouth
2. The Long Way Home
3. B.O.B.
4. Boogielastic

【バンド】
Joshua Redman (Sax)
Sam Yahel (Kb)
Jeff Ballard (Ds)


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★Herbie Hancock Trio (17:25〜18:30)

 いよいよ御大ハービー・ハンコックの登場である。といっても僕自身はキーボーディストとしてのハービーを凄いと思ったことは一度もない。ジャズファンには怒られるかもしれないが、彼はただの鍵盤弾きというよりは音楽全体のヴィジョンを体現させるアーティストとして優れているのであって、"Maiden Voyage" も "Rockit" も東京JAZZの総合プロデュースも、すべてその延長上で捉えられるべきではないかと思う。

 さすがに昨年の "FUTURE 2 FUTURE" バンドでのエレクトリック演奏がスベリまくったのを反省したか、今年はアコースティックトリオによるストレートアヘッドなモダンジャズ・スタイルで登場。バックバンドにもキース・ジャレットその他で知られるジャック・ディジョネットと、デビュー以来破竹の快進撃を続ける若き天才ベーシスト、クリスチャン・マクブライドを従えての生ピアノである。結果は… 昨年ほどではなかったが、やはり多少眠気を感じずにはいられなかった。こういう正統派のモダンジャズを野外ライヴで聴くこと自体に無理があるのではないか。演奏は悪くないのに、できれば涼しいクラブで聴きたいなあと思ってしまったりして、人間というのは我侭なものだ。

 特筆すべきはクリスチャン・マクブライド。1972年生まれと若いのに、ジュリアード音楽院卒業後は恐るべき勢いでレコーディングセッションを重ね、ジャズ界におけるトップベーシストの座を獲得しつつあるだけあって、これがもう素晴らしいベースなのだった。ウッドベースのソロなんていつも退屈だなあと思っていたのだが、クリスチャンのそれはとてもリズム感が良い上に、緊張感たっぷりで先の展開が読めず、最後までスリル満点だった。演奏中は常にハービーとアイコンタクトを取り合い、時にリズムから大きく外れて独自の世界に入り込むハービーを正しい航路にぐいっと引き戻す羅針盤の如く、太くて芯のあるベースラインを刻み続けていた。アコースティックのスタンドアップベースでこれほど魅せてくれるプレイヤーは初めてだ。ジャック・ディジョネットも百戦錬磨だけあって、どのような状態でどの曲のソロが回ってこようとも、全く動じることなく観客が求めるとおりの力強いドラムソロを紡ぎ出すことができるようだった。これはもう名人芸と言って良いだろう。

 新聞や雑誌のレビューでは今回のハンコック・トリオの演奏を絶賛しているところが多かったが、結果としては相変わらずよく分からなかった。少なくとも僕にとってはまだ難しすぎる音楽のようだ。

【セットリスト】
1. I Love You
2. Cotton Tail
3. Toys
4. Memory of Enchantment
5. You
6. You've Got It Bad Girl

【バンド】
Herbie Hancock (Pf)
Jack DeJohnette (Ds)
Christian McBride (Ba)  

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★Chaka Khan (19:00〜20:00)

 本来ダイアナ・クラールの出演が予定されていたセクションだが、開催直前に体調を崩してキャンセルされたため、急遽代役としてチャカ・カーンが決定した。個人的には嬉し過ぎるサプライズで、チャカだけのためにチケット代を出しても惜しくないと思ったくらいだ。それは他の観客にとっても概ね同じだったようで、会場に「本日ダイアナ・クラールは出演せず、代わりにチャカ・カーンの出演が決定しております」とアナウンスされる度にスタジアムからは大歓声が沸き起こっていた。確かにダイアナも人気のある女性ジャズ・ヴォーカリストだが、野外のスタジアムでまったりと聴く音楽ではないだろう。むしろ旦那のエルヴィス・コステロに歌わせた方が盛り上がる。それにしてもチャカの出演が発表されたのが開催2日前あたり。飛行機で飛んできたとしてもリハーサルの時間はないはずだし、そもそも何を歌うのか、バックバンドは誰なのかについても一切発表されないままだった。

 登場予定時刻を20分ほど過ぎ、やや不安になり始めた頃。突如大スクリーンに映し出された文字を見た僕らは絶句し、一瞬後には歓声を上げていた。何と次の出演者は "Chaka Khan with Herbie Hancock Trio"、滅多に見ることができない豪華な競演なのだった。道理でドラムやピアノなど、ステージ上のセットをちっとも片付けなかった訳だ。マクブライドとディジョネットが演奏準備に入り、ハービー・ハンコックがマイクを取った。「これが今夜一番のサプライズさ」。ニヤリと笑い、チャカ・カーンを迎え入れる。大歓声に包まれ、巨大な肉体を揺らしてチャカが入ってくる。真っ赤な衣装でひときわ華やかだが、その喉たるや派手な衣装どころの騒ぎではない。1曲目はディジー・ガレスピーの「チュニジアの夜」だが、早くもここでメーターを振り切る凄まじいヴォーカルが聴かれる。アルバム "WHAT CHA' GONNA DO FOR ME" に収録されたオリジナルテイクは僕のオールタイム・フェイヴァリットなので、いきなり個人的なクライマックスを迎えてしまった。だが至極当然の選曲ともいえる。アリフ・マーディン制作のこの曲で信じられないシンセサイザー・ソロを弾いていたのはハービー・ハンコックその人だったのだから。もちろんここでは端正なピアノ・ソロに姿を変えて、チャカの熱唱をクールダウンしてくれる。

 生のチャカ・カーンは95年にロンドンでミュージカル "MAMA, I WANT TO SING" に出演していた彼女を観て以来ということになる。彼女は主にR&B/ソウル畑のシンガーとして知られているが、ジャンルに囚われない奔放かつ豪快な歌いっぷりが魅力だ。考えてみればジャズもR&Bもゴスペルも根っこは同じ黒人音楽なわけで、チャカの歌にはジャンルが細分化される前のごった煮的な生々しい迫力がある。ジャズに関して言えば、アルバム中やサントラ参加曲などでしばしばジャズのカヴァーを歌っているが、1982年にはチック・コリア、フレディ・ハバード、スタンリー・クラーク、ジョー・ヘンダーソンら素晴らしい面子で固めたスタンダード集 "ECHOES OF AN ERA" も発表している。2003年にようやく Rhino からCD化された幻のアルバムだが、種明かしをするとこの日のセットリストのうち "Them There Eyes", "I Loves You, Porgy", "Take The A Train" の3曲は同作が出典だった。(もっともこの日の「A列車」などほとんどスキャットで、チャカは歌詞を忘れたのではないかと思わせた)

 チャカの歌はジャズというには大味なスタイルかもしれない。厳密には音程が怪しい部分もある。それでもスタジアムを揺らし、遥か調布まで届こうかという声量の前にはただただ圧倒されるし、この歳になってもいつでも臨戦態勢でしっかりトレーニングされているヴォーカルには驚くほかない。天衣無縫で無邪気なじゃじゃ馬娘的なキャラクターや、ちょっとした仕草に垣間見せる可愛らしさも魅力だ。例えば自分のパートを歌い終わってハービーがソロを取る間、タオルを持ってクリスチャンのスキンヘッドの汗を拭いてあげたり、ジャック・ディジョネットのドラムセットの前に回って顔を覗き込んだりする様子など、実に可愛い女性だと思う。もうひとつ印象的だったのは、チャカの歌伴奏に回った瞬間にハービー・ハンコックのピアノが俄然輝きだしたことだ。トリオの演奏ではどうもピンと来なかったのに、ヴォーカルと絡む伴奏といいチャカの後を受けるソロといい、非常にタイトでブリリアントなフレーズの嵐。ハービー自身とても楽しそうな表情で弾いていたし、実は単体より歌もののバックの方が得意なのではないだろうか。

 ラストはマーヴィン・ゲイのカヴァー "What's Goin' On"。スタンダード化しつつあるこの曲では、ジョシュア・レッドマンが呼ばれてサックス・パートをプレイ。凄腕トリオ+チャカ+新世代の雄ジョシュアが一堂に会する場面だ。ジョシュアはチャカを目で追いながらヴォーカルと掛け合おうとしていたが、チャカが割と気ままに歌っていたのでやや合わせにくそうだった。さすがに巨匠ハービー・ハンコックの前で気を使い過ぎたのか、やや小ぢんまりとした演奏。サックス・ソロでも長身のジョシュアが縮こまって吹いているようで微笑ましかった。後半には渡辺香津美も呼ばれてギターで参加した。これにはあまり必然性を感じなかったが、ハービーの中では次の SUPER UNIT につなぐつもりだったのかもしれない。

【セットリスト】
1. And The Melody Still Lingers On (Night In Tunisia)
2. My Funny Valentine
3. The End of A Love Affair
4. Them There Eyes
5. I Wish You Love
6. I Loves You, Porgy
7. Take The A Train
8. What's Goin' On

【バンド】
Chaka Khan (Vo)
Herbie Hancock (Pf)
Jack DeJohnette (Ds)
Christian McBride (Ba)
Joshua Redman (8.のみ) (Sax)
渡辺 香津美 (8.のみ) (Gt)


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★SUPER UNIT "Brand New Standard" (20:05〜20:45)

 というわけで、フィナーレは毎度お馴染みのジャム・セッション。

 見どころは何といっても1曲目、ベースを弾きながら静かに歌ったリチャード・ボナ。アルバムでもその素晴らしすぎるヴォーカルの片鱗を聴くことはできたものの、こうして本物の「声」を聴かされると完全に言葉を失ってしまう。広々とした大地と雄大な自然を思わせる声。前日にはユッスー・ンドゥールが出演してやはりあの「声」で全観衆の心を完全に掴んでしまったようだが、アフリカの歌い手が発する「うた」の素朴で生々しい力の前にはどんな電気楽器もかなわない。静まり返った会場に響く5弦ベースの美しい音色と、ボナの優しく包み込むような暖かいヴォーカルは、僕らの心に決して消えない印を刻み込んでくれた。歌い終わると同時に、それまで息を呑むようにしてステージを見つめていた会場から割れんばかりの拍手が沸き起こり、あちこちで「リチャード・ボナやべぇよ」と囁く声が聞かれたことを付記しておこう。

 大団円は(ほぼ)全アーティストが参加してのマーヴィン・ゲイのカヴァー "Inner City Blues"。チャカ・カーンが再び熱唱する傍らで、前日出演した Speech(Arrested Development)らがラップを添え、ジョシュア・レッドマンや寺井尚子らが呼び込まれてソロを取るという展開。十分盛り上がったところでハービーに呼ばれて入ってきた松永貴志も、与えられた時間をフルに使ってノリノリのピアノソロを弾きまくる。大舞台でも緊張することなく「お祭り」を楽しむという、いかにも若者らしいセンスを感じさせた。ステージ上は人口過密であまりよく見えなくなってしまうが、ジャック・ディジョネット+オラシオ・エルナンデス+ジェフ・バラードという超絶トリプルドラムが時折ソロを叩き合っていたのもカッコよかった。これも二度と見られないシーンになるだろう。延々8時間に渡って繰り広げられた真夏のジャズ・フェスティバルは、スタジアムの上空に打ち上げられた美しい花火でお開きとなったのだった。

【セットリスト】
1. Dina Lam
2. Inner City Blues (Makes Me Wanna Holler)

【アーティスト】
Herbie Hancock (Pf)
Jack DeJohnette (Ds)
Christian McBride (Ba)
Chaka Khan (Vo)
渡辺 香津美 (Gt)
Richard Bona (Ba)
Horacio El Negro Hernandez (Ds)
Joshua Redman (Sax)
Sam Yahel (Kb)
Jeff Ballard (Ds)
Speech (Vo)
Lance (Kb)
IX Lives (Cho)
Jax (Cho)
寺井 尚子 (Vl)
松永 貴志 (Pf)
Tanya Daese(Back Vo)


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★最後に

 ハービー・ハンコックは SUPER UNIT の最後に「また来年もやるよ!」と宣言してくれた。3回も連続で開催すればイベントとしては何とか定着するだろう。ビジネスとして成功するかどうかはまた別の話で、今年もアリーナ席、スタンド席のいずれにも空席が目立った。もっとも周知のとおりこのイベントの開催には比較的裕福な某宗教団体が絡んでおり、多少の空席には問題がないのかもしれない。ごく普通のジャズ好きとしては、どのような形であれ、東京都内の比較的アクセスしやすいエリアで毎年大きな野外ジャズフェスティバルが開催され、屋台のエスニック料理などつまみながらたくさんのアーティストの演奏を気軽に楽しめるということ自体が重要だと思っている。ただ、サッカー場であるためアリーナ席に水以外の飲料が持ち込めないのは残念だ。ビールを飲みながら聴けない野外ジャズフェスなんて…

 いずれにせよ、豪華トリオをバックに超弩級の声で観衆を沸かせたチャカ・カーンこそが今年のハイライトだったことは間違いない。彼女が代打を務めることなくダイアナ・クラールが歌っていたらこうはならなかっただろうし、チャカ以外の代打がこれだけ場を盛り上げることができたかどうかも疑わしい。一説によると、ダイアナ・クラールの直前キャンセルを受けてハービー・ハンコックがまず電話したのはスティーヴィー・ワンダーだったという。本人は快く出演を承諾したらしいが、実は年末に来日公演が決定しており、「5ヶ月以内に同一地で公演を行わないこと」というキョードー東京との契約のため、次の候補としてチャカに声がかかったらしい。結果としては大成功で、怪我の功名というべきか強運の持ち主というべきか、ハービー・ハンコックは今年も「飛び道具」でこのフェスティバルを乗り切ったという印象を受けた。その意味では再び「次回こそが正念場」だろう。だがジョシュア・レッドマンやリチャード・ボナのような驚くべき演奏を体験してしまった今となっては、早くも東京JAZZ2004が楽しみでならない。来年もこの「お祭り」が素敵な夏の思い出になりますように。


(November, 2003)

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