東京JAZZ2002 @ 東京スタジアム



 すっかり遅くなってしまいましたが、8月24日(土)に東京スタジアムで見てきた「東京JAZZ2002」について、感想をメモしておこうと思います。

 簡単に言うと、ジャズの魅力のひとつである野外フェスティバルを、できるだけ都心に近い会場で実現し、多くの人々にジャズを楽しんでもらおうという企画。音楽プロデューサーにハービー・ハンコックを迎え、大物から新鋭までバラエティに富んだメンツを揃えて2日間に渡って開催されたものです。24日と25日の二日間に渡って開催されましたが、自分は初日の公演を見ることができました。



★ 寺井 尚子 クインテット + coba

 ヴァイオリンはジャズのリード楽器としてはポピュラーではないかもしれませんが、ルールがないのがジャズのルールでもあるわけで、要するにそこにジャズが感じられれば楽器は何だってよいのです。寺井尚子さんは "PRINCESS T" などのアルバムでこの世界では非常に知名度があり、ライヴ活動も積極的に行っているそうです。正直、それほど期待せずに見ていたのですが、すごく情感のこもった演奏に引き込まれました。彼女はとても美人な上に表情も豊かなので、一度ライヴを見るとその魅力の虜になると言われるのも分かるような気がします。

 さらにこの日はスペシャルゲストとして、アコーディオン奏者の coba が参加。僕は確か彼を96年初めのウェンブリー・アリーナで Bjork の英国ツアーの時に見たことがあります。「アコーディオンでこんなにかっこいい演奏ができるんだなあ」とびっくりしたような気がしますが、この日は寺井さんのヴァイオリンとの競演、お互い火花を散らす熱いバトルを繰り広げてくれました。特に圧巻だったのはラストに演奏した、2人が尊敬するというアストル・ピアソラのタンゴ曲。ピアニシモから始まって少しずつお互いの演奏が加速し始め、最後は猛烈なソロの応酬になります。coba が全身から汗を噴き出しながらぶちまけるアコーディオンのフレーズの塊を、寺井さんがクールにヴァイオリンで切り返し続ける様子は、手に汗握る好演でした。素晴らしいリズム感。

 どのくらいカッコよかったかというと、ステージ袖で見ていたハービー・ハンコックが寺井さんのプレイに圧倒されて、当初予定されていなかった翌25日にも彼女の出番が急遽設定されたくらいです。(実話。しかも当日朝9時半に電話がかかってきたらしい)



★ 熱帯JAZZ楽団

 今やライヴで最も楽しめるグループとして知られつつある熱帯JAZZ楽団。元オルケスタ・デ・ラ・ルスのリーダー、カルロス菅野さんが取りまとめる17人のビッグ・バンドです。とにかく豪華かつパワフルなホーンセクション&パーカッション。要所を締めるリズムセクションが高橋 ゲタ夫(Bass)と神保 彰(Drums)という鉄壁の2人ということもあって、ホーンが縦横無尽に宙を舞い、パーカッションが音の隙間をすべて埋め尽くすような熱い演奏を展開。神保さんは以前東京ビッグサイトのパソコンフェアみたいなやつで、MIDI絡みのイベントでカシオペアでのプレイを見て以来ですが、相変わらずニコニコと優しい笑みを浮かべながらキレのあるフレーズを叩きまくっていてカッコいい。フィル・コリンズの "Sussudio" とかマイケル・ジャクソンの "Don't Stop 'Til You Get Enough" など、ポップ寄り(かつホーン満載)の選曲も分かりやすくて良かった。この種の夏のイベントをよく心得た演奏だと思いました。



★ Herbie Hancock (Future 2 Future)

 正直、寝ました。ゴメンナサイ。
 新作 "FUTURE 2 FUTURE" を中心としたセットリストでしたが、これが大誤算。DJ DISK なる謎のDJがターンテーブルを回し、2ステップ的なリズムの上で展開されるテクノっぽい演奏のフューチャリスティック・ジャズ(とでも言えばいいのか?)なのですが…

 ハービーのキーボードはどうにも冴えないし、バンドとしてのまとまりもあまり感じられませんでした。青いトランペットを吹くウォレス・ルーニーのマイルス・デイヴィス物真似プレイもうざくて参るす(さ、寒い…)。見どころらしかったのは紅一点のドラマー、テリ・リン・キャリントン(←かなり萌え)のスティック捌きと、突如繰り出された "HEADHUNTERS" からの "Chameleon" のファンキーな生演奏くらいのものかなあ。

 この種のエレクトロニックなジャズの方向性は、マイルス・デイヴィスが提示して以降あまり進化していないのかもしれません。ハービー自身、"Rockit" の時みたいに世間をあっと言わせることができるとは思っていないのではないか。別に回顧趣味になるつもりもありませんが、こういうアルバムを何枚も出すようだと、昔のファンを失い、新たなファンも獲得できないという悲惨な事態になるような気がします。もっとも彼くらいになると、過去の名盤の印税でちっとも困らないのでしょうけれど。心配になって周りを振り返り何度も確かめたのですが、誇張なしに、アリーナの1/3くらいは居眠りしていました。本当に眠い時間帯だった…



★ Wayne Shorter Quartet

 陽が落ちて、ステージの照明が美しく映えるようになりました。この日のクライマックスのひとつがウェイン・ショーターのカルテット。少し前に "FOOTPRINTS LIVE!" というライヴ盤をリリースしていますが、その時のメンバーを連れて来ました。息もぴったりです。ショーター自身は翌日が70歳の誕生日とあって年齢的な衰えも心配しましたが、まったく関係なし。ある意味イッちゃってる凄い演奏を聴かせてくれて。

 ほとんど身動きせず、足元から2メートルくらい先の床をじっと(あるいは虚ろに)見つめながら次々に繰り出すフレーズ。インプロヴィゼーションの連続で、どこにたどり着くのか、次の瞬間どう展開するのかすら読めません。猛烈にテンションの高いプレイにしっかりついてくるバックの若手もすごい。ピアノのダニーロ・ペレス、ベースのジョン・パティトゥッチはところどころで見せ場を作るものの、いずれも堅実な演奏。それに対してドラムスのブライアン・ブレイドの無礼度?は満点でした。ショーターを押さえてガンガン前に出る。御大のアドリブに唯一対抗できる凄まじい叩きっぷり。全身を使って襲い掛かるようなドラミングは見ていて相当楽しめました。

 ウェイン・ショーターといえば、僕にとってはスティーリー・ダンの "AJA" のタイトルトラックで、スティーヴ・ガッドのドラムスをバックに伸びやかに吹きまくるソロが印象的です。もっとも最近の彼は "de-compose" という方向を目指しているようで、かっちり構成された演奏より、楽曲をどんどん解体しながら、宙に浮かんでいるフレーズを掴み取るようなジャズを志向しています。中途半端な状態でこれをやると大いにハズすわけですが、70歳にならんとする今の彼には迷いがない。すべてを見つくし、聴きつくしてきた御大の2メートル先の床に浮かんでは消える幻の譜面を、瞬間瞬間で掴まえながら吹きまくるのです。でもってそれがバックの演奏とところどころ交差しながら、全体として美しい調和を保っているのです。ちょっと引っ込むのが早かったような気もしますが、名前がショーターなだけに演奏も短くてこれでよかったのか。去り際に満面の笑みを浮かべて観客席に手を振った、そんな姿が見られただけでも奇跡的なステージでした。



★ SUPER UNIT -Invitation to Cuba-

 さてお楽しみ、大物が入り乱れてのスーパーセッションの始まりです。ステージ上にはショーターのバンドとハンコックのバンドがほぼ全員登場し、これに今日のトリのブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのバンドのメンツも現れて、ややラテン気味のノリ。

 そんな中でも、マイケル・ブレッカーの登場にはひときわ大きな歓声が上がります。さすが日本では絶大な人気を誇る彼。この日の出番では「敬愛するジョン・コルトレーンにこの演奏を捧げます」と言って、暗転したステージでスポットを浴びながら、コルトレーンの "Naima" をソロで4分間ぐらい吹きまくり。これにはマジで鳥肌が立ちました。マイケル・ブレッカーは、複雑なテクニックに裏打ちされた現代最高のサックス吹きです。しかし僕にとっては、聴けば瞬時に「ブレッカーだ!」とわかる独特の「音」こそが魅力。あの豊かで滑らかなブロウは誰にも真似できません。徐々にヒートアップし、速いフレーズを吹いて吹いて吹きまくるクライマックスには場内どよめきまくり。ものすごい拍手が贈られていました。

 一番笑ったのは、この演奏を聴いて居ても立ってもいられなくなったのか、出番の予定がなかったはずのウェイン・ショーターがサックスをつかんでステージに出てきてしまったこと。そんなわけで次の曲からはショーターとブレッカーと、ハービー・ハンコックのバンドのウォレス・ルーニーの3人がフロントにずらり並んで吹きまくるという豪華なホーン・セクションに。スーパーユニットに入ってからはハービーもグランドピアノをずいぶん弾いてくれて、これはなかなかいい演奏でした。やっぱりピアノ弾いてくれなきゃね〜。

 さらに、ハービーの紹介で登場したのがキューバの誇るブエナビスタ軍団の歌姫(72歳!)、オマーラ・ポルトゥオンド。実は映画の『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』は観たことがないので、場内の異様な盛り上がりぶりが理解できなかったのですが、彼女がひとたび声を発すれば、その凄さはたちどころに体感できます。到底72歳とは信じられないパワフルで情感溢れる歌声。ハンコックが弾くピアノをバックに歌った "Summertime" での、ジャズともラテンともつかない独特のフレージングと絶妙のタイム感にはうならされました。シャウトというか絶唱しながらも、次の瞬間にはころっと声の表情が変わる。なんだかお茶目で可愛いキャラクター。周囲でも「あのおばちゃんスゲエ」的な反応が大勢を占め、あっという間に僕らの心を鷲づかみ。とにかく、彼女が歌いだすと本当に空気が変わるのです。

 てなわけで、相当期待させつつブエナビスタ軍団へ。



★ Buena Vista Social Club presents Omara Portuondo

 ラテンの名曲をたくさん歌ったのだと思いますが、曲名がわからないので何も書けません。ただ、軍団のラッパ隊は本当に統制が取れていて素晴らしいサウンドだったし、オマーラおばちゃんの歌声にはマジびっくりしました。ちょっと長いかな、と思ったステージでしたが、緩急を付けてくれたのはゲストの若手ピアニスト、ロベルト・フォンセカ

 こいつは超掘り出し物。キューバ出身の20代、細身で長身のすらりとした身体にダークスーツをびしっと着こなし、目深にハットをかぶって一心不乱にピアノを弾きまくる。これがもう、演奏というより「破壊」と言うべき凄まじいプレイで、両手が物凄いスピードで交差しまくり、鍵盤をパーカッションの如く叩き続けるそのしなやかな指先に、ピアノが打楽器であったことを再発見。コルトレーンやマイルス、ハンコックらに憧れているというロベルト、そのハービー・ハンコックを前にいっちょ見せつけてやれとばかりに大暴れしたというところか。一方で、オマーラおばちゃんと2人きりで「ベサメ・ムーチョ」を情感たっぷりに演奏してみせる懐の深さも見せつけて。とにかく、この日一番インパクトの強い演奏だったことは確かです。ソロアルバムではドラムンベース的なクラブっぽいサウンドを展開しているようですが、もっと直球のピアノをガンガン弾かせてみたい。個人的に大注目のピアニストになりました。



★ 最後に

 ジャズといえば野外フェスティバル。僕は小さいときに叔父に連れられて、確か宮崎フェニックス・ジャズインとかいうのを見に行ったことがあります。生で音楽を聴くこと自体が初めてで、何も分からぬままに大量の人の中に紛れて夜通しジャズやフュージョンが演奏されるのを聴いたわけです。記憶が曖昧ですが、カシオペアかスクエアかあるいはその両方、マリーン、ひょっとすると阿川泰子とかも出てたかな。いずれにせよ音楽の形態は実に様々で、しかも会場の人たちも全部知ってるわけではなさそうなのに、何となくその「場」自体を楽しんでいる風情だったのが印象的でした。今回の「東京JAZZ2002」については、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、マイケル・ブレッカーと、どうしても見ておきたいアーティストが集まったこともあって、ほぼ即決でチケットを購入しました。実際かなり楽しめましたし、その様子は上に書いたとおりです。

 少しだけ気になったことを。これは会場(東京スタジアム)の都合ですが、アリーナ席では水以外飲めませんでした。食事不可、お茶すら禁止。いわんや野外フェスに欠かせないビールをや。ビールは指定場所だけで飲めるなんて、サッカースタジアムの芝にダメージを与えないためだとは思いますが、かなり興ざめです。もうひとつ、あまりジャズに興味がないと思われる方がかなり見受けられました。演奏の途中で帰っていく人も多かった。もちろん「興味がなかったけど来てみました」とか「見ていたのですがどうしても自分の趣味に合わなくて」というのなら全然OKです。しかし、この現象がどうやら宗教団体絡みの無理な動員のせいだったらしいと後から知り、やや残念な気持ちになりました。確かに初めての企画で、かなり無理のあるキャパシティの会場だったとはいえ、興味のない人々をかき集めてまで席を埋めようとすべきだったのかどうか。そういう人々に割り当てられたアリーナ席を眺めながら、遠くのスタンド席から聴いていたファンたちはどう感じていたのか。ハンコックとショーターがその宗教の信者であることを全然知らずに「すごいイベントを組むものだなあ」と単純に驚いていた自分も自分でしたが…。

 まあ、大事なことは来年につなげることですから。今回見ていた限りでは、観客(特に年配の方々)の多くが求めていたのはもっとストレートな4ビートだったようにも思えますが、ハービー・ハンコックが企画したのはあくまでジャズの未来形だったわけで、この乖離をいかに埋めていくのか。寺井尚子のような飛び道具や、ウェイン・ショーターのような重鎮、さらにはブエナビスタ軍団という「現象」ものを引っ張り出して何とか乗り切った感も強いだけに、次回こそが正念場という気がしました。


(October, 2002)

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