Terence Trent D'Arby @ Shepherds Bush Empire


27 July 1995

 行ってまいりました、テレンス・トレント・ダービーのロンドン公演。シェパーズ・ブッシュ・エンパイアにおけるライヴの様子を簡単にまとめてみましょう。

 選曲の核は少し前に行われた日本公演のものとほぼ同じ。ただし曲順は割と入れ替わっていました。例えば日本公演の前半で演奏された "Undeniably" はもっと後半寄りで登場し、しっとりと聴かせてくれたりしています。また、日本公演ではギターを弾くことにこだわったらしいテレンスですが、ロンドン公演ではそうでもなく、ギターはたまに弾く程度。すぐに脇に置いて、独特の激しいダンスになだれ込みます。特に "Read My Lips" で上半身裸になってしまうと、会場のヴォルテージも頂点に! かつてボクサーを目指していた彼、素晴らしく引き締まったボディを誇示するように、両手をくねらせながら怪しげなテレンス踊りを繰り広げます。

 何より驚いたのは、プリンスの "PARADE" A面を思わせるような完璧なアレンジで、ほぼ全曲がメドレー形式で演奏されたこと。観客に息を継ぐ間も与えず、20数曲ぶっ飛ばします。間を取って客にだらだら話しかけたり、ダサいコール&レスポンスを強要することもなく、完全に自分たちの世界に入り込み、矢継ぎ早に圧倒的なエネルギーを放射していきます。非常にショーアップされたライヴだったのは、ひとつにはこの日の公演がヴィデオシューティングされていたからかもしれません。BBCなどのテレビ番組用なのか、市販ビデオ用なのかは分かりませんが、いずれにせよしばらくしたら西新宿付近の怪しげなブートビデオ屋さんに流れていくことでしょう。ファンなら要チェック!

 4〜5台のカメラが入ってテレンスを追いまくったため、彼も80年代を思わせる自己顕示欲の塊的パフォーマンスを爆発させ、見ていて非常に楽しめるライヴになったことは特筆すべきでしょう。とにかく踊るわ走るわジャンプするわ演技に没入するわ楽器も弾くわで、目を離す暇というものがありません。"Wishing Well", "Dance Little Sister", "Do You Love Me Like You Say", "Sign Your Name", "She Kissed Me" といったキャッチーなナンバーではお客さんのノリも良い。デビュー当時にアメリカより先に彼の実力をいち早く認めてくれたイギリスのオーディエンスということもあってか、誰よりテレンス自身が非常にやりやすそうでした。

 唯一難点があるとすれば、アンコール。バックメンバーたちがテレンス抜きでそれぞれ時間を取って自己紹介し、全員で T-Rex の "Children of The Revolution" を歌ってくれたのですが、これはやや冗長なパートだったかな。おかげで、ゴージャスなコートを羽織っておしゃれな帽子をかぶり、サングラスをかけたテレンスが登場して熱演したこの春のヒットシングル、"Holding On To You" までがやや間延びしちゃいましたから… しかし、身体全体を大きく広げて僕らオーディエンスに向かい合い、クールな表情を一切崩すことなく(でも内面では得意満面なのはバレバレ)堂々と歌いきった彼、今も変わらぬ強烈な自信を感じさせてくれました。

 最新作 "VIBRATOR" は、音だけ聴いていれば大ヒット間違いなしのキャッチーな作品に仕上がっていると思います。が、そこでつい 「僕は神からの音楽を皆に伝える共振者(vibrator)なんだ」 なーんて余計なことをしゃべるから、潜在的なファンまでみすみす失ってしまう。でもまあそれがテレンスのテレンスたる所以でもあるわけで。この日の濃密なパフォーマンスを見ていると、多少のファンを失おうとも、いつだって堂々と自分らしく振舞うことが彼にとっての本望なんだろうなあって感じました。あの何十年かに1度の素晴らしい声を生で聴くことができるなんて、テレンスと同じ時代を生きる者だけに許される特権。ぐだぐだ言わずにその特権を思い切りエンジョイするのが、どうやら一番正しい生き方なんじゃないか。そんな気持ちで会場を後にしました。


December 2002 追記

 2002年12月現在、テレンス・トレント・ダービーなる歌手は存在していません。いや別に亡くなったわけじゃなくて。(縁起でもない!) 彼は Sananda Maitreya と改名し、拠点をドイツに移して引き続き活動中。かつてのように大きな話題になることもなく、ややひっそりとアルバムを製作したり、ライヴをこなしたりしているようです。彼の場合、デビュー作 "INTRODUCING THE HARDLINE ACCORDING TO TERENCE TRENT D'ARBY" のインパクトをどうやって超えるのか?という点だけに注目が集まってしまい、これまで自由な音楽活動がしにくかったところもあったでしょうから、今のスタンスは案外理想的なものなのかもしれませんね。


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