11 July 1995
こちらには珍しく、うだるような暑さの1日でした。
地下鉄のトッテナム・コート・ロードの駅で降りて、目の前にある会場
Astoria に向かうだけでも汗ばんでくるというのに、中に一歩足を踏み入れるともうサウナ状態。ティーンの男の子・女の子が大半ですが、彼らのTシャツも汗ですっかり透けています。クラブとしてはそこそこ大きいこの会場。先日のレディオヘッド来日公演のレビュウを読んでいたら、「早く日本にも渋公クラスのスタンディングのハコが欲しい」
という声を見かけましたが、ここロンドンはその手のギターロックの本拠地だけあって、スタンディングのクラブはいくつも完備されています。ケンティッシュ・タウンの
「フォーラム」、ブリクストンの 「アカデミー」
(96年前半限りで閉鎖されちゃうという噂)、シェパーズ・ブッシュの
「エンパイア」 などなど。もちろんこの
「アストリア」
もそのひとつ。
中にはバーが2つも3つもあって、照明もなく真っ暗なフロアでみんなガンガンビイルを飲み狂いながら、大音量でレゲエが流れる中、仲間同士で大騒ぎ。こっちのクラブは単なるライヴ会場というより、音楽好きの集まる社交場に近いのかもね。僕も何度か通ってるうちに、どうもあちこちの会場で見かける顔がいるのに気付くようになりました。
さてさて。
前座のうちから僕らの頭上を汗だくになってボディサーフィンする奴ら続出状態のフロアは、クラシックの序曲みたいな
Weezer の入場テーマ曲に大きく沸きました。ステージのバックドロップには、Van
Halen のVHロゴをもじった 「W」 ロゴが大きく掲げられています。分かるかな? えーい、分からない人のために右に手書きで解説図を描いてみたよ(作成時間約45秒)。ドラムセットの後ろに燦然と輝くこの
「W」 ロゴ、取り付けられたチープな電球が激しく点滅して、とっても… カッコ悪いのです(笑)。
しかしまあ、なんと飾らないバンド入場なのでしょう。シンプルなステージに、本当に「たった今練習スタジオから直行しました」的なルーズでカジュアルな格好をしたメンバーが歩いてきます。こないだの
Menswear のキメキメな入場とはえらい違いだよ。特にヴォーカル兼ソングライターのリヴァース・クオモは杖をついて、びっこを引きながら一歩一歩痛々しそうにセンターまで歩いてきます。このライヴ、実は6月に予定されていたものが延期された日程なのですが、ツアー延期の理由はリヴァースの脚の手術でした。彼は生まれつき両脚の長さが若干不揃いでこれまで苦労してきたらしいのですが、1stアルバムが予想以上の全米大ヒットになったので、これ幸いとばかりにツアーを中断して、入ったお金で手術に踏み切ったのでした。
そんなエピソードが物語るように、彼らのステージは至って自然体。いきなりアルバム未収録(ゲフィンのコンピレーションに収録)の "Jamie" で幕を開けると、あとは1stの曲を曲順こそ違えども、実に淡々と演奏していきます。アレンジも演奏時間もほとんどアルバムと同じ。新曲が1曲くらいあったかな?
これを 「変化や見せ場に乏しい」 とけなすか、「合成着色料無添加のライヴ」
と見るかは人それぞれなんでしょうけど、僕はもちろん後者で、心から清々しい演奏を楽しみました。
ベーシストはどたどたと走り回ってはよくお客さんに声をかけて盛り上げます。リヴァースは1曲ごとに椅子に腰を下ろしてミネラルウォーター飲んでます。そして立ち上がるとニコリともせず、次の曲のイントロへ。マイクの前からは一歩も動けません。辛いんだろうなあ。
よく言われることですが、自分たちの予想を遥かに上回るスピードで大ブレイクしてしまうと途方に暮れちゃうこともあるのでしょう。何やっていいか分からなくなったりね。彼らのアルバムは意外にも
The Cars のリック・オケイセックのプロデュースで、普段着のままの佇まいに意表を突いた超ポップで時に切ないメロディと、変てこりんな歌詞満載の大傑作です。「とにかくこれを演奏して、歌うだけなんだよーん」
というそのみすぼらしさ、カッコ悪さこそが逆に、僕に 「今年最も愛すべきバンドのひとつ!」 と思わせるのです。最高っす。
特にラストから3曲目で何気に演奏された大ヒット
"Buddy Holly" の、たった2分40秒に凝縮された甘酸っぱいメロディ。そして「超カッコ悪くて頼りない僕だけど、周りが何と言おうと君のことを守ってあげたいんだ!」的な無防備極まりないメッセージには、本気でじわわーんと来ちゃうのです。生き馬の目を抜くこの厳しい音楽業界に飛び込んで、そんなに無防備で大丈夫なのか〜。これまた淡々とした "Only In Dreams" を8分ほどに渡ってじっくり聴かせ、ラストは "Surf Wax America" で爆裂! 仕事帰りでネクタイぶら下げてるとはいえ、僕も大いに頭振らせてもらいました。
"Thank you very much, London, thank
you." とだけ言って小さく手を振り、再び杖をついて一歩一歩びっこ引きながら退場していくリヴァース・クオモの背中。小さなクラブから満場の拍手に合わせて、終演BGMの 「大草原の小さな家」 のテーマが大音量で鳴り響きます(この曲大好き!)。何回も楽屋とステージを往復できないので、全部本編に詰め込んじゃってアンコールもなしのライヴでしたが、僕は十二分に満足した一晩でした。
May 2002 追記
このツアーの後はしばらく音楽活動を休み、1stの売り上げで稼いだお金で大学に戻って勉強を続けるとか言ってた彼らですが、実際にはどうしたんだったかな。いずれにせよ次作 "PINKERTON" では作風を変え、米国では多少セールスに影響したようですが日本ではむしろ大ヒット、女の子に囲まれたリヴァースがホテルで悪いことしまくったという噂が流れる異常な事態になりました。彼らについて思うところはいろいろありますが、パワーポップというジャンルを確立したプチダメ系キャラとして、長くロック史上に記憶されるバンドになることは間違いありません。ホント、極上のメロディメイカーだよ。
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