29 May 1995
今日5月29日は、Pink Floyd の新作ライヴアルバム "PULSE" のイギリス盤発売日。さっそくピカデリー・サーカスのタワー・レコードに行って買ってきました。2枚組CDとはいえ、£21.99
はかなり高いという印象あり。
それもそのはず、何といっても今回はサウンドよりむしろパッケージの豪華さが話題をさらっているのですから。『史上初! 発光 "Pulse" シグナル付き!』 と言われても何のことだかよく分かりませんが、要するにアルバムと豪華ブックレット(ハードカバー40ページ)を包むボックスの背中部分に、赤い発光LEDが1つ付いていて、これが一定の間隔を置いて点滅しているというものです。まさに自ら
PULSE を発している、という壮大な洒落。フロイドらしいセンス・オブ・ユーモアです。
「内蔵電池は少なくとも6ヶ月はもつ」、というEMIレコードの宣伝文句もスゴイのですが、ロンドンの大型CDショップは軒並みこのアルバムの特設コーナーを作って大セールを展開しており、1ヵ所で100個近い赤ダイオードが一斉にちかちか点滅している様は、なかなか不気味なものがあります。
さてさて内容ですが、ブートレッグも記録的な点数が出回ったと言われる昨年の "THE DIVISION BELL" アルバムのツアーからの録音です。クレジットによれば、ヨーロッパ及びUKでの公演から編集したものとのこと。もうちょっとクレジット関係を紹介しますと、プロデュースは
James Guthrie & David Gilmour、メインエンジニアは
David Gilmour 本人。ミックスは「Qサウンド」によるもので、普通のスピーカーで再生しても擬似サラウンド効果が得られるようになっています。マスタリング・エンジニアには
Doug Sax と Ron Lewter の名が。そしてこだわりの美学を感じさせるクレジットが。『このアルバムは、アナログ録音です』。
Disc-1 は "Shine On You Crazy Diamond" に始まり、"THE DIVISION BELL" からの曲を中心に据えたヒット集です。実際には『狂ったダイアモンド』と同日には演奏しなかった "Astronomy Domine" も収録した編集で、付加価値を増しています。曲順もよく練られていて、6曲目の "Hey You" から "Coming Back To Life"、さらに "A Great Day For Freedom" へと続くあたりはかなりいい感じ。9曲目の "Sorrow"、10曲目の "High Hopes" は 『鬱』 『対』 という近作2枚のそれぞれ最終曲ですが、実にライヴ映えするダイナミックなナンバーです。もちろん豪華なライティングあってこそ、のライヴではありますが、付属の40ページ豪華ブックレットのステージ写真の数々を眺めているだけでも、その雰囲気は十分に伝わってきますね。
今回の目玉は実は Disc-2、"THE DARK SIDE OF THE MOON" の完全再現にあります。全米ツアー開始時に、メンバーに
Saxophone の Dick Parry を引っ張り出したあたりからどうもアヤシイとは思っていたのですが、ツアー後半でついに実現したこの『狂気』再現は、実際素晴らしい演奏ぶり。"The Great Gig In The Sky" のスキャットお姉さんも、ラインはオリジナルにかなり忠実に、しかし伸びやかに歌いきっていて好感が持てます。前回のツアーでも単体では聴けたこの曲、でも単独で聴くのとこうして『狂気』全曲の中で聴くのとでは、まったく意味合いが異なるのは当然のこと。
…しかし実は、僕が一番どきどきしたのは、アンコールとして収録されている
Disc-2 の11曲目、"Wish You Were Here" でした。何とこの曲、1番からラストまで観客が大合唱しているのです。演奏としてはアコースティック・ブルースに近い非常に地味な曲であり、しかも内容も初期のメンバー、シド・バレットにあてたひどくパーソナルな歌詞であるにも関わらず、この大合唱。
「パーソナルを徹底すると、普遍化してしまう」という現象があります。例えば Morrissey の書く詞は彼個人の極めて私的な信条を歌ったものであるにも関わらず、世界中に熱心な信奉者がいますよね。Nine
Inch Nails の音世界に傾倒するコアなファン層もそれに近いものを感じます。
きっと人は、普段自分が孤独であることを努めて忘れようとして、社会の中に自分の居場所を築こうと必死になっていたりするわけですが、ふと振りかえった瞬間に、独りきりでどうしようもなく不安になる瞬間があったりするのでしょう。そんな時、それぞれの人にとっての
『あなたがここにいてほしい』 というフレーズが一斉に鳴り響くのかもしれません。つまり、パーソナルな歌であるが故に、とてつもなく普遍的な説得力を持ちうるという逆説的な状況が、このライヴ盤に見事に捉えられているような気がするのです。
それはそうと、この一聴するととても素朴な楽曲は、何だか英国的な牧歌風の香りが強く漂っていて、派手さは全然ないけれど大好きな曲なんです。ちなみにアルバムの
"WISH YOU WERE HERE" もとても大切な1枚。
さてそうこうするうちに、ライヴ盤はアンコール残りの "Comfortably Numb" - "Run
Like Hell" へ。大ベストセラーアルバム "THE WALL" の終盤を飾る連作ですが、特に87年の再結成以後は彼らのこの2曲への入れ込みが半端じゃないだけに、まさしく圧倒的な演奏です。"Comfortably Numb" でのギターソロなんて、ギルモアの全キャリアの中でもベスト・テイクなのではないでしょうか?
…というわけで、電気を消した僕の部屋でもちかちかと自己主張し続けているこのアルバム、日本公演が実現しなかった悔しさを晴らすべく、これから長く付き合っていくことになりそうです。アナログ盤・カセット盤にはCD未収録の "One of These Days" が追加収録されてしまったのは残念ですけれど…
(ちなみに、ロンドンは Earl's Court
でのライヴを収録したVHSもリリースされました)
November 2001 追記
その後、電池は切れてしまいました。交換も可能なようですが、箱を分解するのがもったいなくてまだ試みていません。2001年11月現在、フロイド周辺の新しい動きとしては、"ECHOES - The Best of Pink Floyd" という2枚組ベスト盤がリリースされています。敢えて発表順ではなくごちゃごちゃに並べ替えられた曲順といい、タイトルにもなった名曲 "ECHOES" が実に巧みに7分(!)も編集でカットされているらしいことといい、ベスト盤評論家としては非常に興味を引かれるディスクです。
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