Francis Dunnery @ Mean Fiddler


21 April 1995

 元 It Bitesフランシス・ダナリーのライヴを見てきました。

 Mean Fiddler は Wilsden Junction という駅のそばにあるクラブ。ロンドン中心部からはかなり離れたところにあります。交通の便はイマイチ良くないけれど、雰囲気のある会場で良質のギグを楽しむことができるところです。結構小さいハコで、底面積自体は渋谷のクラブクアトロほどもないくらい。ただし2階席もあるので人は結構入ります。

 「雰囲気のある」内装をどう説明しようかな。
 いわゆる British/Irish Pub なのですが、よく西部劇なんかで出てくるような一杯飲み屋のような、木造の建物です。ちょっと暗めの照明の中に木のテーブルと椅子がぼんやり浮かび上がる感じ。ステージはとっても小さい。学園祭なんかで教室でライヴやりますよね? あんな感じの小さなステージです。その正面は小さなながらも吹き抜けのフロアになっていて、ここで踊りながら見ることも可能。後ろの方でビールを飲みながら見ることも可能。

 というか、こちらでは日本ほど「気合いを入れて」ライヴに臨む人は多くないような気がします。行きつけのパブで一杯、そのついでに誰か演奏してるな…って感じ。でもそれだけに鑑識眼も厳しくて、つまらないギグなどやろうものならすぐにブーイングです。実は前日の4月20日にもこの Mean Fiddler に足を運んで、アイルランド出身のフォーク系女性シンガー、Elenore McEvoy を見ていました。その時はステージ前のフロアから見たのですが、今日は2階のフランシスの真上から見ようと思って会場に急ぎました。

 会場オープンは20:30。こちらでのライヴは日本に比べるとかなり開始が遅いです。前座が2バンドあることを考えると、フランシスの出番は22:30過ぎくらいかなぁ。でも驚いたことに、会場オープン前から気のいいお兄さんやお姉さん、やや年配の方々まで長い列ができていました。It Bites はむしろ過小評価されていたバンドだと思いますし、ソロになってからも大きなヒットがあるわけじゃないのに、熱心なファンがついているんですね。入場してまず2階に上がり、フランシスの真上約2メートルのテーブルをキープ。あとはゆっくりギネスでも飲みながら音楽を聴くとしましょう。

 前座その1の Summer Hill というバンドは、R.E.M.直系の良質なギターロックバンド。実に丁寧ないいメロディを書くバンドでした。前座その2の Denzil は94年に "PUB" というアルバムをリリースしているロックバンドで、ドラムスの切れ味が素晴らしく、1曲も知らないのにぐいぐい引き込まれてしまいました。どちらも、与えられた時間を最大限に利用して自分たちをお客さんにアピールしようとする姿勢に好感が持てました。



 というわけで、22:30ちょっと過ぎ、小さなステージ上から前座のバンドが使ったドラムス、アンプなどのセットがすべて取り払われ、椅子が2つ(ひとつはフランシス用、もうひとつにはノートPCが置いてある)ぽつんと並べられた空間に、フランシス登場。約250人の観客はどっと沸きました。くすんだピンクのTシャツに色の褪せたジーンズ、スニーカーという飾らない格好でセミアコースティックギターを抱えて現れた彼は、例えば "FEARLESS" アルバムのジャケット写真などと比べると少しやつれて見えました。シワとかも目立って。ソロになってからもセールス的には決して成功しているとは言えないし、苦労が多いのかなぁ、とつい心配してしまいます。

 でも笑顔を振りまいて椅子に腰掛け、今住んでいるというニューヨークの街の話などを饒舌にしゃべり始めるフランシス。マルボロの封を切って、「タバコ吸うかい?」と最前列のお客さんに語りかけて1本あげたり、何だかすごくアットホームな雰囲気。ライヴと言うよりトークショウみたいな感じ。ペラペラとジョークを織り混ぜながらの彼のしゃべりに、会場はいちいち大ウケでした。

 「…というわけで、ニューヨークで書いてきた新曲からいこうか」

 なんと彼は、新曲でショウを始めました。1曲目はカントリー風のアコースティック・ギターが印象的なアップテンポ曲 "Just A Man"。「人は僕をいろいろカテゴライズしようとするけれど、やめてくれよ。だって僕はただの1人の男なんだからさ」という内容の曲で、自分にある種のイメージを押し付けて売り込もうとするレコード業界への反発とも取れる歌です。でもメロディは温かいし、本当に美しい。お客さんの中には早速1回聴いただけで一緒に口ずさみ始める人もいて、こういうすぐに覚えられるメロディを書ける才能は稀有なものだと思います。

 新曲はあと2曲続きます。恋人への感謝の気持ちをちょっぴりスピリチュアルに描いた"Grateful And Thankful"。インドに行った経験から自分を見つめ直す"Too Much Saturn"。いずれも素晴らしい出来で、早くも新作が楽しみです。何と言ってもあの「声」。目の前にいる彼の、イギリス的な素晴らしい喉から「レコードと同じ声」が出てくると、それだけでもうじーんとしてしまうのです。

 アコギの弦を右手の指の腹で小刻みにこすって、嵐のような不穏な音を鳴らしながら、"FEARLESS" アルバム収録の "Feels Like Kissing You Again" が始まります。アルバムよりも幾分テンポを落として、目を閉じて眉間にしわを寄せ、思い入れたっぷりに歌い上げるフランシス。たった200人程度の観客の前でも手抜きは一切なしです。この200人の前で素晴らしいショウをすること、それが歌唄いとしての自分の使命だという意識があるのでしょう。途中、Steve Howe ばりのソロを弾きまくって、いつもはおしゃべりしているこちらのお客さんもシーンと聴き入る中、ドラマティックなこの曲を終わりました。

 続いて "Homegrown"。キャッチーなメロのこの曲ではお客さんがコーラスを合唱します。すごく理想的な自然発生的コール&レスポンス。「ああ、ここはロンドンなんだなぁ」という感動に包まれる一瞬です。

 そして「ちょっと古い曲をやろうか?」と言って弾き始めた曲はなんと It Bites 時代の "Underneath Your Pillow"! 観客も大いに盛り上がり、大合唱になります。It Bites の曲も浸透してたんですねぇ… と思ったら、僕の後ろで見ているロンドンの女の子は「この人誰?」とか言ってるし、その隣のオーストラリア人だという男の子が「Francis Dunnery だよ。昔 It Bites というバンドにいたんだ。"FEARLESS" っていうソロアルバムを出したんだよ」なんて解説してあげていたり。

 続けざまに "Yellow Christian"。まさか It Bites の曲をこんなにここロンドンで聴けるなんて、という感動の中、自分も負けじと大声で歌ってしまいました。アコースティックへのアレンジぶりも素晴らしく、彼のセンスの良さが際立ちます。

 以降はお客さんの酔いも回り、すっかり大合唱状態。みんなよく歌詞を覚えてるなぁ。"American Life In The Summertime", "Everyone's A Star", "Fade Away", "Climbing Up The Love Tree" など、"FEARLESS" アルバムからの曲はどれもアコギ1本で聴いて改めてそのメロディの良さに感動するものばかり。むしろアルバムでのアレンジのダサさを思い知らされました。

 そんなわけで深夜0時ちょうどに終了。最も感動的だったのは、やっぱり本編ラストの "Still Too Young To Remember" でした。1番から最後まで、お客さん全員で合唱。本当に素晴らしかった。コーラスの部分でギターを弾くのをやめ、「さあさあ、もっと僕に歌って聴かせておくれよ、ロンドン!」と言ってこちらを嬉しそうに見つめていたフランシスの笑顔を、僕はきっと忘れないでしょう。



 雑誌記事などによると、フランシス自身は It Bites の元メンバーたちにコンタクトをとって再結成することも考えてはいるようです。「でも誰も話に乗ってこないんだよね。僕ってそんなに嫌われてるのかな?」と言って肩をすくめる彼。でも、ライヴを見た感想としては、まあそうフラフラせずに、しばらくこの路線でやってみてからでも遅くはないんじゃない?と思います。いつの日か、時を経て再び一緒に演奏する日が来れば、今日の素晴らしかった It Bites 時代の楽曲たちもより一層輝きを増して聴かれることでしょう…


29 July 2001 追記

 今じゃ Mean Fiddler も移転してしまいました。SOHOの端っこ、Charing Cross Road 沿いの London Astoria II (LA II) だったところが Mean Fiddler になってしまっています。

 Francis Dunnery は95年後半に、右の "TALL BLONDE HELICOPTER" という素晴らしいソロアルバムをリリースしてくれました。上のレビュウで書いた新曲のうち2曲が収録されています。(残り1曲もCDシングルに収録されました) It Bites 時代のプログレッシヴな香りは全くなく、シンプルなアコースティック系ロックアルバムですが、心を動かすメロディと歌詞に溢れていて、自分は95年のベスト10アルバムに選んだ記憶があります。

 また、上記95年のUKアコースティックツアーを収録したライヴ盤もあります。
 "ONE NIGHT IN SAUCHIEHALL STREET" というタイトルで、収録曲は以下のとおり。

 01. Homegrown
 02. American Life In The Summertime
 03. Underneath Your Pillow
 04. What's He Gonna Say
 05. Feel Like Kissing You Again
 06. Heartache Reborn
 07. Yellow Christian
 08. Good Life
 09. Still Too Young To Remember

 上にレビュウしたとおりの、フランシスのおしゃべりをたっぷり堪能できる和やかなコンサートです。フランシスのウェブサイトから購入することもできますので、ファンの皆さんはチェックしてみてください。

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