40. ASIA - Asia
大森庸雄さんがライナーノーツでこう評しています。「文句なく凄いレコード」。1982年、それは微妙な時代でした。エイジアが全米アルバムチャートで年間1位に輝いてしまうような。
プログレッシヴ・ロックの名プレイヤーが集結したいわゆるスーパー・グループですが、難解さはこれっぽっちもありません。よく聴くとあちこちで細かい手数のフレーズがあったり6/8+4/8の10拍子になったりしているのですが、全体としては驚くほど聴きやすくポップなメロディが支配。大雑把に分ければよりシングル向きのキャッチーな曲を集めたA面と、より野心的な構成の曲を集めたB面か。A面ラストの
"Time Again" の火花散るスリルから、B面頭の "Wildest Dreams" の壮大なドラマへの流れは最高。だからこそ
"Without You" の悲壮さも映えるというもの。個人的にはアルバムラストの
"Here Comes The Feeling" の希望に満ちたコーラスこそが命。4人の演奏をギリギリのバランスでミックス・ダウンした産業ロックの名プロデューサー、マイク・ストーン(他にジャーニーの "ESCAPE" など)の仕事ぶりもお見事でした。
「80年代の徒花」 と捉えるお方もいらっしゃるでしょう。でも僕にとっては100万年に1度出会えるかどうかの素晴らしいロック。発表から20年を経たこの瞬間でも信じられないほどみずみずしく響きます。きっと、これからもずっと。
39. FOR UNLAWFUL CARNAL KNOWLEDGE - Van Halen
「デイヴとサミーのどちらが良いヴォーカリストか?」
これぞロック界最大の愚問。「ダイアモンド」
デイヴ・リー・ロスの破天荒なキャラと、「レッド・ロッカー」
サミー・ヘイガーの圧倒的な歌唱力を比べようなんて、NBAのロサンゼルス・レイカーズと大リーグのシアトル・マリナーズを同列に比較するようなもんです。要するに、どちらも最高。
インパクトという点ではデイヴ時代の衝撃のデビュー作や "1984" の方が勝るかもしれませんが、オトナのハードロックを究めたこの作品、略称 "FUCK" の円熟味も捨て難い。初期の名作を手がけたテッド・テンプルマンを久々に共同プロデューサーに呼び戻し、初心に立ち返ったストレートなハードロックを聴かせてくれます。余談ながら、実はテッドはほとんど何もしてなくて、スタジオワークはアンディ・ジョンズとVHがやっちゃったらしい。Thunder
の1stにおけるアンディ・テイラーと一緒だね。要するに精神的支柱、それでいいんですよプロデューサーなんて。
電気ドリルを使ったギミックたっぷりのイントロとビッグなコーラスが印象的な "Poundcake"、スピーディに畳み掛ける "Judgement Day"、VHには珍しくピアノを大胆に導入し、エアプレイチャートに延々と居座り続けた感動的バラッド "Right Now"、アルバムを非常に開放的かつ前向きなトーンで締め括る軽快な "Top of The World" などなど、楽曲は恐ろしく粒ぞろい。そつなくまとまったサミー・ヘイガー加入後のVH完成型。
38. US - Peter Gabriel
もちろん "SO" は大好きな1枚ですが、だからこそ今はこの "US" の良さが染みる。一聴すると全然違う作品ながら、歳の離れた兄弟のような堅い絆を感じるのです。
以前は政治的メッセージの強い曲を歌っていたりして、一種近寄り難い雰囲気もあったのですが、前作で聴かせたキャッチーな側面も残しつつ、更にシリアスに「愛すること/愛されること」を突き詰めた作品。聴けば聴くほど奥へ引っ張り込まれていくような不思議なリズム。エッジを丹念に丸めて、暖かく柔らかく包み込むサウンド。アフリカの打楽器類を大胆に導入した "Come Talk To Me" の土着的なリズムが、バグパイプやシニード・オコーナーのコーラスで表現されるケルトの文化と混じり合う瞬間のスリルといったらありません。前作の "Sledgehammer" を分かりやすく展開したような "Steam" でのモータウン/ソウルへの愛情表現も微笑ましい。全曲を通して丹念に弾き込まれたトニー・レヴィンのプレイが光りますが、特に終曲
"Secret World" の3分33秒から突如大暴れしはじめるベースラインのカッコ良さは特筆に価します。間違いなくアルバムのハイライトのひとつ。
僕は95年春に英国は Bath にあるリアルワールド・スタジオまで出かけてみました。本作をはじめ多くの名曲が録音されたそのスタジオは、本当に何もない田舎の細い道の奥に、緑に囲まれて静かに建っていました。建物のそばを流れるきれいな小川が印象に残っています。6曲目 "Washing of The Water" の優しいメロディのように。
37. DIRT - Alice In Chains
90年代の米国ロックシーンを席巻したオルタナティヴ/グランジムーヴメント。孤高のサウンドを誇ったアリス・イン・チェインズの大出世作がこれ。残念なことに、圧倒的なカリスマとして君臨したリードヴォーカリストはもうこの世に存在しません。
メガデス+スレイヤー+アンスラックスの
Clash of The Titans ツアーに誘われたことからも分かるように、デビュー作 "FACELIFT" はダークでヘヴィながらも比較的シンプルなメタル・マナーに則っていましたが、この
2nd はかなり異様な音像。オープニングの "Them Bones" の強烈な7拍子のリフにぶちのめされ、息もつかせぬままに "Dam That River" のヘヴィなビートに飲み込まれます。その後は次第にテンポを落としながらどこまでも陰鬱で救いのない世界にハマり込んでいきます。うねるリフに包まれた
"Rooster" でのベトナム戦争地獄絵図や、今となってはジョークにならない "Junkhead" のドラッグ中毒描写。8曲目以降はCDプレイヤーの曲目表示がわざと1曲ずれるような仕掛けも施されています。あたかも聴き手全員にトリップ感覚を共有してほしいかの如く。もはやこのアルバムから逃げることなど不可能。
楽曲的に一番好きなのはこの次作にあたるアコースティックな "JAR OF FLIES" なのですが、自己予言的な "Rain When I Die" を歌うレイン・ステイリーの悲痛な叫びが収められたこちらを敢えてセレクト。シアトルのアパートで孤独な死を迎えたことが伝えられたその日、東京でも雨が降っていたのを僕は忘れないでしょう。
36. BRAIN SALAD SURGERY - Emerson, Lake & Palmer
ELPのアルバムはどれも同じくらい好きで、選ぶのは非常に苦労します。荒削りでダイナミックな1st、大胆に再解釈した
『展覧会の絵』、タイトル組曲が屈指の完成度を誇る 『タルカス』、成熟したアンサンブルの極致 『トリロジー』… ついでに言えば、もっとも多くの回数聴いたのは多分86年の
"EMERSON, LAKE & POWELL" です。好き好き大好き。
ではありますが、その一方で 「プログレは馬鹿馬鹿しさが命」
なのでありまして、とするならば王座に君臨するのは間違いなくこの1枚。邦題 『恐怖の頭脳改革』 はその馬鹿馬鹿しさを表現しつくしたある意味名タイトル。
美しくも壮大な "Jerusalem" で幕を開け、ヒナステラの "Toccata" での宇宙戦争みたいなパーカッシヴなシンセ&ドラムスの饗宴を経て、"Still... You Turn Me On" でグレッグ・レイクの甘い囁きに浸りましょう。全く唐突かつ素っ頓狂な 『用心棒ベニー』 で突っ走った後は、A面ラストからB面全体を使って構成される超大作 『悪の経典#9』 へ。まったくもって無駄に豪勢な音の洪水に溺れるしかありません。あまりの馬鹿らしさに死にたくなってしまう、まさしくプログレ入水自殺。個人的には
「第2印象」 で聴かれるエマーソンのジャズっぽい軽やかなピアノがとてもお気に入りです。
35. MERRY CHRISTMAS - Mariah Carey
誰が何と言おうと、マライア・キャリーは90年代最強の歌姫です。90年代に限ったのは例えば80年代のホイットニー・ヒューストンや、2000年代以降のクリスティーナ・アギレラらを考慮しないという意味。すべてが虚構に彩られた壮大なまでの胡散臭さ=「マライア」という商品をひたすらに演じきった彼女は、この10年間で見事なまでに消費し尽くされました。それもまた潔かったと、僕などは高く評価しちゃうけど。
そんなマライアが最もアイドルだった時代に生み出された奇跡的企画がこのクリスマスアルバム。超可愛いサンタのコスプレで微笑みながら雪中にしゃがみこむという驚異的にフェティッシュなアートワーク。ゴスペルクワイアをバックに歌うマライアの声の伸びやかなこと。オリジナルアルバムではほとんど聴くことができなかった生音によるリズムセクションも彼女の声にばっちりマッチ。ほんと、彼女にはこういう飾りっ気のないシンプルなバンドをつけて自由に歌わせてあげたい。
日本で爆発的にヒットした 『恋人たちのクリスマス』 の出来の素晴らしさは筆舌に尽くしがたく、また「もろびとこぞりて」とスリー・ドッグ・ナイトの同名異曲を合体アレンジした "Joy To The World" のファンキーな展開も◎。クラシックなクリスマス曲とオリジナル新曲とのバランスが絶妙な1枚でした。
34. SEAL - Seal
「声」 は最高の楽器だと思う。
確かにカラフルなキーボードや、テクニカルなギタープレイに惹かれる時期もありましたが、結局はヴォーカルに戻ってきてしまいます。シールのこのデビュー盤も
「声」 の魅力が全編を貫く力強い1枚。時に力強く時に繊細に歌い上げる素晴らしい表現力。シンプルさと華やかさが同居する無国籍な雰囲気は、ピーター・ゲイブリエルあたりに近いかもしれません。
ハスキーなヴォーカルを引き立てるゴージャスなバックトラックを作り込んだのはトレヴァー・ホーン。80年代からZTTレーベルを率いて革新的なレコードを何枚も制作してきた彼ですが、90年代の代表作は間違いなくシールの1stと2ndでしょう。屋敷豪太やトレヴァー・ラビン、ネリー・フーパーらを起用する飛び道具もありですが、シールのきっちりしたソングライティングを支えているのは元
Bomb The Bass のガイ・シグスワースと、元
Prince & The Revolution のウェンディ&リサを中核に据えたバンドのあくまで端正な演奏。つまり大ヒットした "Killer" や "Crazy" のような派手な楽曲よりも、よりフォーキーな
"Deep Water" や "Whirlpool" の地味渋さこそが真骨頂。ラストを飾る "Violet" の幻想的なコード進行と美しいメロディなど、もはや表現する言葉が見つからない。
当時、渋谷のタワーレコードはまだ宇田川町の東急ハンズ先にありました。デビューに合わせてプロモ来日したシールが同店で行った握手&サイン会に行ったことがあります。サインしてもらいながら
「ウェンディ&リサと共演した感想はどうだった?」
と尋ねてみたら 「よく知ってるね。彼女たちは本当に才能があって、刺激的なレコーディングだったよ」
と白い歯を見せて嬉しそうに答えてくれたものです。一緒に行った女の子なんか突然ほっぺにチュッとキスされてましたが、きっと良い思い出になっていることでしょう。
33. DR. FEELGOOD - Motley Crue
「このアルバムが無かったとしたら…」。
歴史に IF は禁物ですが、率直に言ってハードロック/ヘヴィメタルの歴史は変わっていたでしょう。決して誇張ではありません。もっとも、このアルバム自体が及ぼした影響というよりは、本作のリズムセクションの素晴らしい重低音を聴いて感動したメタリカのメンバーが、プロデューサーのボブ・ロックに頼み込んで録音した "METALLICA" (ブラック・アルバム) の影響だった訳ですが…
とはいえ傑作であることに変わりはありません。モトリー・クルーのヒット曲は好きでした("Home Sweet Home" とか)が、アルバム単位だと 「全曲好き!」
っていうところまではいきませんでした。でもこのアルバムは格別。頭から終わりまで劇的にキャッチーなフックと強烈なリフが満載、しかもそれがボブ・ロック印の重低音で迫ってくるのです。楽曲もバラエティに富んでおり、"Kickstart My Heart" のようなハードロックから "Without You" のような感動系バラッドまで飽きさせずに聴かせます。モトリー史上のみならず、80年代メタルを代表する作品といっていいでしょう。アルバムラストの "Time For Change" がまた前向きで元気の出るアンセムなんだよね〜。
残念ながらこのアルバムを境にモトリー・クルーの勢いには翳りが見えてきます。ヴォーカリストの脱退などでもめている間にメタリカは大ブレイク、巷にはダーク&ヘヴィな
「似非ブラック・アルバム」 が溢れました。モトリーも新ヴォーカリストのジョン・コラビを迎え、プロデュースに再びボブ・ロックを据えてダーク&ヘヴィに迫ってみるも結果は大コケ。これは余談。
32. LONDON WARSAW NEW YORK - Basia
ポーランドの首都ワルシャワ。タイトルに掲げられた3都市のうち、ただ1つ僕がまだ訪れたことのないところです。バーシアのような素晴らしい女性を生んだ国の首都だから、きっといい街に決まってる。ぜひ行ってみたいなあ。
バーシア・チェチェレフスカはもともとマット・ビアンコの雇われヴォーカリストで、"Whose Side Are You On" (「探偵物語」) などで印象的な歌を聴かせていました。このアルバムはソロ2作目、89年のJ-WAVEを席巻したお洒落トラック満載のディスクです。彼女の最大の魅力は低音から高音まで広い音域をカヴァーする、伸びやかな艶のある声。ジャズやボサノバをベースにしたお洒落な打ち込みサウンドという印象がありますが、本人はR&Bにも随分影響を受けたらしい。アレサ・フランクリンの "Until You Come Back To Me" の素晴らしいカヴァーも収録されています。東欧出身ということも影響しているのか、アングロサクソンのロック/ポップスとは異なるエキゾチックなスラヴの香りを感じる瞬間も。
個人的なベストトラックはテンポの速いサンバ調の
"Copernicus"。コペルニクスは地動説を唱えた有名な学者。キュリー夫人と並んで有名なポーランド出身の偉大な学者の名を冠したこの曲で、バーシアは母国への愛を、そしてより大きな人類愛を歌います。
♪Our love will take this globe by
storm
If it's London, Warsaw or New York
'Cause all around the world
People want to love and be loved
曲の最後に上のコーラス部分をポーランド語で歌い直す彼女の活き活きしていることといったら。
31. OPERATION:MINDCRIME - Queensryche
難しい音楽を難しく演奏するのは簡単だが、難しい音楽を分かりやすく演奏するのは難しい。しかも演奏された瞬間に難しくなくなってしまうのだから、そもそもこんなレトリックをこねくり回す必要もない。それが名盤というもの。
ハードロック/ヘヴィメタルという音楽はしばしば非常に単純かつ肉体的です。言わば体育会系。しかしクイーンズライクというバンドは汗臭さを嫌い、知性の香りを漂わせて他と差別化を図ろうとしました。このディスクは彼らの大作/コンセプト志向と個々の楽曲の質の高さが奇跡的なレベルで両立した作品。切れ間なくSEで繋がっていく構成で重いストーリィを語る知性と、ハイトーンヴォーカル+ツインギターを基本にした正統派ヘヴィメタルに拳を突き上げる肉体性の共存。これぞ文武両道。
正直言って、ストーリィそのものに共感できるかといえば微妙なところ。とはいえ、組織にマインド・コントロールされて盲目的にドラッグや悪事に手を染めていく主人公の悲劇を、リリースから数年後に起きた某カルト教団による地下鉄サリン事件の時にふと思い出して身震いしたのは自分だけではないはず。あらゆる意味で時代の先を走っていた、それがこの時期までのクイーンズライク。ご存知のとおり、次作
"EMPIRE" あたりを境にセールス的には失速していきます。彼らにしてみれば続編「マインドクライム2」を作るのは簡単だったのかもしれませんが、安易にそうしなかった点を積極的に評価すべきなのかも。結果、本作の価値は汚されることなく、むしろ高まる一方だからです。
ほとんど捨て曲なしの、良いメロディとタイトな演奏が目白押しの作品ですが、中でも10分を超える
"Suite Sister Mary" で聴かれるピンク・フロイド 『原子心母』
風の混声合唱の大胆な導入は印象的。映像を駆使してアルバム全曲を再現したライヴを横浜文化体育館で観ることができましたが、実に素晴らしい演奏ぶりでした。
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