バジング(buzzing) その2

バジングには、口腔内部(つまり口の中)の空間が、重要な役割をはたしています。

一般に振動が起こるためには、物体がちょっと変化したときに、それを元の状態に戻すような力(復元力)が必要です。 バジングでは、この復元力は、唇自体の弾性と、口腔内の空気による効果(いわゆる空気バネ)、の2つが担っています。 口腔内の空気による効果を、見落としがちですが、思いのほか重要です。
p0口腔内の圧力
p大気中の圧力
ただし、p0 > p

(a) のように、空間を唇(振動体)をもつ壁で2つにしきって、壁の左右に圧力差を与えるだけでは、 圧力差によって決まる流速v (ベルヌーイの定理) の定常(一定)な空気の流れが起きるだけで、振動することはありません。
というのは、実はウソで、左側の圧力p0 をずっと高くすれば、 唇自体が持つ弾性のみを復元力として、振動を起こすことが可能です。 しかし、そのためには、人間の肺では不可能なほど高い圧力p0 を与えなければなりません。
あるいは、唇の弾性の非線形性の効果により、大振幅で低い周波数の振動ならば、唇の弾性のみを使ってバジングができます。 ウォーミングダウンなんかでよくやる、ブルブルと大きく振るわせるバジングがこれに当たると思われますが、 演奏音域よりもずっと低い周波数(〜20Hz)でしか起こせないはずです。

(b) のように口腔内部を閉じた空間にすると、低い圧力p0 で振動を起こすことができます。 このときは、口腔内部の空気バネ効果と、唇の弾性が、共同して復元力として働いていることになります。
もちろん、(b)の場合、口腔内(左の部屋)から外に向かって、 空気がどんどん流れ出て行ってしまうので、口腔内の(平均)圧力は低下してしまいます。(平均)圧力を一定に保つには、 流れ出る空気の(平均)流量U と等しい分の空気を、補充してやらなければなりません。 人間の体では、肺がこの定流量源としての機能を果たしています。

・人間の肺は、流れ抵抗がかなり大きいため、定圧力源とみなすより、定流量源とみなすほうが、現実に近いです。


口腔内の空気バネの効果

に述べたように、金管楽器奏者の唇は、(+,−)型あるいは(+,+)型です。 バジングでは、上図(b)のように、バルブ(唇)の出口は、大気圧p で一定です。 バルブ出口での圧力変化はないので、2番目の符号は意味を持ちません。 したがって、(+,−)型も(+,+)型、「入り口の圧力が上昇すると開くバルブ」として、同様に扱うことができます。

バルブ入り口(口腔内)の圧力p0 が、なにかの拍子にちょっと高くなったとします。 すると、

1. 口腔内の圧力p0 が増加
2. バルブが開く
3. バルブの移動したぶんだけ口腔内の体積が増える
4. 体積が増したぶん、口腔内の圧力が下がる

という道筋をたどって、口腔内部の圧力は、元に戻ろうとします。(この場合は圧力は下がる。)
このとき、圧力が下がりすぎて、元の圧力より小さくなってしまいます。 すると、同様な議論によって、圧力は上昇します。こうして、圧力の振動(つまり音)が起こるわけです。

・この節の議論は、あんまり厳密でないです。というか、空気バネ効果の説明としては、間違っている気もします。 ようは、入り口側にタンク(有限体積の空気の入れ物)をもつ、「入り口の圧力が上昇すると開くバルブ」は、入り口圧力p0 が変化したときに、 それを元に戻すように働く、ということです。

・木管楽器の(−,+)型バルブでは、口腔内圧力がわずかに上昇すると、バルブが閉じ、その結果、口腔内圧力はさらに上昇することになり、圧力の振動は起こりません。 つまり、木管楽器では、バジング(楽器の管をつけないで音を出すこと)は不可能ということです。
ということは、クラリネットのリードをトロンボーンにつけたような楽器(指孔を持たない、金管楽器のように管自体の長さを変える仕組みの木管楽器)は、 実際には、音の高さを調節できず、楽器として意味をなさないことがわかります。 なぜなら、に述べたように、指孔のない楽器では、共鳴を利用できるようになるまで、リードの振動を独力で維持、 つまりバジングしないといけないのですが、木管楽器は(−,+)型というリードの構造上、これは不可能なのです。


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last update : 2004/2/17

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