19.ちょこっとOut(2)

 前項で示したように、アウトすることに関しての定義は個人の判断によるところが大きいのですが、それではこの講座の意思伝達が非常に困難な状態に陥るのであくまで僕自身の感ずるところの一般論としてススメさせて頂きます。

 次の譜例は前項で示した僕の創ったパターンからの抜粋です。ご覧のように単純なコードづけをすれば様々な結果が得られますがこれはあくまでソリストだけの認知でバンド全体がこれを認知して実行してしまえば当初の目的はかなええられません。
また、もっと別の見方をすれば、コード楽器の人がソロを取る時に自分があらかじめ弾いたコードに対してアウトするラインをのせることもあるし、決められたコードやコード進行に対して別のコードやコード進行をのせることもあるだろうし、またその新たな進行の中でアウトすることもインで演奏することもありうるのです。そこまでくれば何がインでアウトなのか耳で聴いただけでは判断しかねないでしょう。要するにアウトの基準は演奏者や聴き手の視点(聴点?)がどこにあるかなのです。


 ではアウトの醍醐味はどこにあるかというと、聴き手の意表を突くことにあるでしょう。特に管楽器奏者は自分でフレーズ(ライン)を歌わなければならないので奏者サイドではインの色が濃く聴き手にはアウトして聴こえる面白い状況が出てきます。

 次の譜例はあらかじめ設定されたコードと思って下さい。2拍毎にインとアウトを繰り返しています。最終的にコード・トーンやスケールノートに落ち着けばこれらのフレーズは肩透かしとしては効果的です。

 次の譜例は完全なアウトとはいえませんがジャズ・ミュージシャンが日常茶飯事に使うラインです。理屈は何とでも付けられますが、そんなことはここでは意味がないのでとりあえずこんなものもあるのだということを理解して下さい。

 たとえば英会話学校の外人講師に「車」はなんで「Car」なんですか、とたずねても答えられるのはどれほどでしょう、言語学者なら答えるでしょうけど。「Car」は「Car」だと突き放す人、きちんと答える人、あるいは理解していても教育者としての判断で「Car」は「Car」だと突き放す人もいるでしょう。
 僕自身の考えではアドリブはあくまで日常会話の次元であるのがベストだと思っています。中身の伴わない背伸びした会話や、誇張したはったりは、いずれボロが出てくるものです。