9. バリトン(Baritone、Baryton、Baritono)について

 イタリアで、「フリコルノ・テノーレ(Flicorno Tenore )」と呼ばれる楽器があります。ユーフォニアムよりやや細身のB♭管のこの楽器の事を、イギリスで「バリトン(baritone )」、ドイツで「テナーホルン(Tenorhorn )」、フランスで「バリトン(Baryton)」、フィンランドで「テノーリトルビ(Tenoritorvi)」と呼びます。現在の日本で「バリトン」と呼んでいる楽器はこのタイプの楽器ですが、明治〜大正時代には「テナー」と呼ばれて輸入されていました。

 明治〜大正時代に日本が輸入した「バリトン」と呼ばれた楽器は、イタリアの「フリコルノ・バリトーノ(Flicorno baritono )」に相当する楽器です。現在の日本で分類されている「細管のユーフォニアム」に相当します。ドイツの「バリトン(Baryton)、(Bariton)」、フィンランドの「バリトニトルビ(Baritonitorvi)」もこの楽器に相当します。

 したがって、フランス式や英国式、ドイツ式の吹奏楽を導入していた戦前の日本の軍楽隊や民間団体においては、この仏、英、独の「バリトン」の名称が混在していた、と考えられます。第二次大戦の敗戦により陸海軍楽隊が解散し、民間への音楽家の供給がなされ、さらに米国式の吹奏楽が導入されたスクールバンドにおいて米国の「バリトン」の名称の流入が起こり、この名称の混在が混乱に発展したと考えられます。皆、自分が学んだ事が正しいと信じていますから、実に厄介な事態です。

 現在でも、世界各地で様々な楽器に用いられるこの「バリトン」の名称は、大変誤解を招き易い名称です。各地域でこのように呼ばれているからと、そのままの名称を輸入すると無用な混乱を招きます。

 どこの国や地域にもその歴史の背景や文化があります。それぞれの違いをお互いが理解し合い、交流がスムーズに行なわれる事を筆者は希望します。楽器名の各地域の正当性を主張して無意味な論争を続けるのは愚かな事です。

 国内でユーフォニアムが様々な名称で呼ばれる事があれば、これは異常な事態です。現実に「バリトン」や「小バス」等の名称がユーフォニアムと混在した事でこの混乱は起こりましたが、この混乱が1967年のYEP-321の発売で終止符が打たれたことは日本のユーフォニアムの発展にとって幸いであったと筆者は思います。


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