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標題交響曲「マンフレッド」ロ短調 作品58


概要

「抽象的」標題交響曲

 あらかじめ断っておくと,私は標題音楽のたぐいが苦手である。
 他の主要な芸術においては,文章にしろ,絵画にしろ,映像にしろ,いずれも何かのものを「具体的に」描画することができる。文章は言葉を細かく並べれば,読み手が描写されたものを追体験することができるし,絵画や映像の場合はもっと直感的に追体験できる。しかし,音楽の場合はそうは行かない。ヴィヴァルディの「四季」やベートーヴェンの「田園」などにおいて,鳥の鳴き声や嵐などの描写が行われるが,そういった自然に存在する音以外を音楽によって描写するのは難しいし,描写できたとしてもそれが聞き手に追体験という形で伝わる訳ではない。
 たとえば,ヴィヴァルディの「四季」を付属のソネットなしに聴いてみて,実際に情景を思い浮かべることができる人がどれだけいるだろうか。また,情景を思い浮かべたにしても,それが作者の意図する情景と一致しているだろうか。ベートーヴェンの「田園」にしても同様である。美しいには違いないが,同じ曲を付属の説明文や終曲のパストラーレの意味を知っていると知らないとでは,曲に対する印象がかなり異なってくるだろう。これらの曲は,標題性もさる事ながら,その音楽性の高さによって評価されるべきなのである。
 具体的に物を表すためには,聖歌や民族舞踊などの旋律を借りる場合もあるが,これも元を知らない異民族には伝わりにくい。それ故に,標題音楽は聴いて理解するにあたって,他の分野の芸術の助けを借りなければならない。この場合,音楽はその作品にあくまで「従属」することになり,音楽自体の独立性が失われるのである。

 ……と兼々から思っていたのであるが,この曲の美しさと,原作を見事に捉えた内容の豊かさには参ってしまった。第1楽章以外の調整が甘く,不満な点も多い曲であるが,現在はこの曲も私の最も好きな曲の一つに挙げられる。
 この曲は,バイロンの劇詩「マンフレッド」に基く交響曲となっているが,長大な序曲を4楽章に分割したと考えた方がよかろう。すなわち,全体で大きな一つのソナタ形式を持っており,第1楽章に提示部,第4楽章に再現部が存在する。第2・3楽章と第4楽章の一部に主題の展開がある。内容的には第1楽章が総論的になっており,抽象的に作品全体を描画している。第2楽章以降は各論で,具体的に特定の場面を描写している。しかし,これらの楽章は具体的な描写が行き過ぎて,特に第4楽章は内容がくどくなってしまっているように思える(作曲者自身も,第1楽章のみを元に序曲に組み直したいと言っている)。オーケストラの規模はチャイコフスキーの交響曲中最大のもので,本格的な3管編成が用いられている他,大太鼓やパイプオルガンなども使用されている。

劇詩のあらすじ

 なお,この曲に関する解説書の中では,原作のバイロンの劇詩の筋書きが誤って紹介されていることが少なくないので(解説者が本当に原作を読んでいるのかと疑問に思えるほど),ここで簡単にあらすじを紹介しておこう。

 主人公のマンフレッドは,アルプス山中のとある城の城主である。彼はアスターテに道ならぬ恋をし,その結果アスターテを自殺に追い込んでしまう(アスターテの正体は作品中では明らかにされていないが,バイロン自身の経験を元にすると,腹違いの姉という設定になっているようである)。このことについては部分は劇中で再三にわたり示唆されるが,実際に場面として現れる事はない。

 学問の結果,精霊を呼び出す妖術を得た彼は,精霊たちを呼び出して全てを忘却することを求める。しかし,精霊たちは永遠の生命や地上の覇権を与えることができても,忘却を与えることができない。死が一つの解決となると言いつつも,呪いをかけてマンフレッドに永遠の生命を与えてしまう。(第1幕)
 マンフレッドは死を求めて,アルプス山中をさまよい歩く。崖の上から飛び降り自殺を図るが,狩人に止められてしまう。狩人の家で介抱を受け,素朴な狩人の生活に憧れるが,学問によって培われた過剰なほどの敏感さが邪魔をして,その生活に入ることができない。
 次に,滝の元で大地の妖霊を呼び出して解決を求める。妖霊は自分に従えば救うことができるかもしれないとマンフレッドを誘惑するが,マンフレッドは服従を拒否し,その場を去る。
 また,邪神アリマネスの神殿を訪ね,亡きアスターテの霊を召喚してもらう。マンフレッドはアスターテの霊に許しを請うが,アスターテは数言を話すのみで去ってしまう。しかし,それによって呪いが解け,翌日に解決がもたらされると予言される。(第2幕)
 マンフレッドは居城に戻り,夜を待つ。訪ねてきた僧院長から,身を守るために教会と和解するように勧められるが,神との間に仲裁者を立てる訳には行かないとして,それを拒否する。僧院長はそれでもマンフレッドを救うために,追ってマンフレッドが閉じこもった塔に入る。マンフレッドの周囲には悪魔が忍び寄るが,マンフレッドはそれをも拒絶し,そののち,僧院長に看取られたまま,静かに息を引き取る。(第3幕)

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