今回のガービッジの選択。
大成功であろう。
元々、好きな女性ではあったものの、
特にシャーリーの変貌ブリは同じ女性として、拍手を送りたい!!!

このバンド、生れ落ちた時点から、有る意味、ROCKの頂点には達していた。
ビッチ=ヴィグ。この名詞こそ、カート亡き後の人々が欲していたはずの名詞だ。
このバンドが結成されたのは90年半ば過ぎだから、
このオルタナのカリスマが作ったバンドがどうなるか?
皆が期待した。
ファーストはその期待に十分にこたえたはずだ。
VOWなどは、今きいても誰と比べても遜色のない、出来。
しかし、ブッチはそれでは満足しなかった。
セカンドのヴァージョン2.0は、私の周りですら、
その変貌ブリに 困惑した物である。
その頃、かれらは一体、何を目指しているのか?
人生に慣れる、という事は決してない。
ということで、完成された、ファーストの音とは、違うアプローチを検索していたのだろう。当時はあまりのとっぴな方向転換にビックリしたもの。
当然、回りもそう考えていたため、その音は、あまりいい評を得なかった。
しかし、私などは、ファーストでは、単なるvoにすぎなかった、シャーリーがブッチと対等な立場にのし上がりつつある。
その変化は感じた。
そう、今回のこのアルバムは、シャーリーというvoなしでは
完成しなかったアルバムだ。
ブッチがバンドの中でかなりこだわるのがVOというポジションである。
彼がプロジュースして来た作品群を聞けば、ある程度、音楽を聴いてりゃ、
声という楽器を最大限に引き出している、ということがわかる。
・・・今の時代、これはかなり古臭いやり方だとわかっていても、人が詩の中の言葉に反応する以上、避けては通れない。
今回もブッチはその方向性は変えてない。
しかし、それ以外は、ほんと、ボーダー飛び越えちゃったなァ。
それを支えているのがVO.シャーリーさんの成長であることはまず、間違いない。
ボーダレス。女性がバンドの世界に飛びこむにあたって、
必ず、越えなければならないある一線すら、越えてさえいれば簡単に出きるアプローチである。
このアルバムの中で、彼女はマライアなみの、カワイイ女、すら演じている。
つまり、余裕があった。と考えられる展開ではないか!!!
「女の子が強いバンド」が欲しかった。らしい、ブッチがなにより望む展開であり、そのしなやかな音。こそがTOOLなみの強靭さを持つ・・・2001年版女性からの回答です。セールスなどはどうでもいい。
怒れる女・癒す女だけでない。
なにかのために生きるだけが人生ではなく、自分を表現するために飛びこんだこの世界で、シャーリーは、誰にもなし得なかった新しい記憶を呼び覚ますことに成功したんです。
カイリー.ミノーグの復活にも読み取れるように…今年、来年は明るい女のコ。の復活。ってのがキーワードになると思う。
マライアなみに苦労して…とか、コートニーなみに、やりたいことやって・・・
ビョークなみにさらけだして、マドンナなみに誹謗される。
それは尊敬するけど、そこまで無理することはないじゃない。
と、今年は、音楽業界自体の方向が全く変わった一年だと思う。
今年、女性陣の不振を強く感じるのは、その動きについていってない女性達が
多かったから、と感じている。

おそらく、女性、だけに限定させていただければこのアルバム、今年no.1であろう。
それに関しては、文句のつけようがない。