次の朝、蹴りを食らう前に起きてきた僕に、母親は雪でも降るんじゃないか、と 首をかしげていた。でもそんなことは無視して、僕は昨日と同じ8時2分の急行に乗るため、 急いで家を出た。駅に着いて、時間に間に合ったことを確かめると、僕はため息をついた。 彼女に会えるだろうか。 彼女が昨日と同じ電車に乗っている保証なんてどこにもない。もし乗っていたとしても、 車両のどこにいるか、あのラッシュの中で見つけられるかどうかわからない。 そんな不安が、急に沸き上がってきたからだ。 ふと気がつくと、入線時刻になっていた。 ホームに滑り込んできた緑色の電車に、僕は祈るような気持ちで乗り込んだ。 とにかく、昨日彼女を見かけた右側の奥へ、人を掻き分けながら入っていった。 彼女は、そこにいた。 昨日とほぼ同じ姿勢で、右手に吊革、左手に本を持って、彼女は立っていた。 感激のあまり声が出そうになったのを押し殺し、僕は今まで体験したことがないくらい 幸せな気持ちで登校した。 それからというもの、僕の寝坊癖はすっかり改善され、目覚し時計1個、それも鳴る前に 目が覚めるようになった。母親はそんな僕を見て、天変地異の前触れだなんて 騒いでいたけど、負担が減った分、嬉しそうにしていた。恋愛でも親孝行できるんだな、 なんて馬鹿なことを思いつつ、僕は規則正しく家を出た。 彼女は、これまた規則正しく、同じ電車の同じ車両、同じ場所に毎日乗っていた。 相変わらず僕は、彼女の名前も、何も知らなかったけれど、彼女の横顔を 見つめられるだけで毎日が楽しかった。それだけで、十分満足していたんだ。 |