夏休みも近づいたある日、思いがけないことが起こった。今までは私の後ろに

立っていた彼が、今日に限って私のすぐ隣の吊革につかまったのだ。

私は軽いパニックに陥った。とにかく本を読むフリを続けようと、視線は

同じ行を何度も上下した。はちきれそうな心臓と、電車の音がうるさいほど響いた。



どうしよう、どうしよう。どうして?どうして?…


パニックが極致に達した私は、なぜか涙が込み上げてきて、ぽろり、と一粒涙をこぼした。

その時だった。



「あっ…。」

彼が、私の顔を覗き込んで、驚いている。私は彼から、視線が外せなくなった。

「どうしたんですか?」

それはそうだろう。電車の中でいきなり女の子が泣いたら、誰だって心配する。

私は、とっさに嘘をついた。

「この本… 読んでて…感動しちゃって…。」

彼は慌てた様子で、自分のポケットを探ると、きれいにアイロンのかかった

白いハンカチを差し出した。

「これ、使って。」

まさか、彼がそんなことをしてくれるとは思っていなかった私は、驚きながら受け取った。

「ありがとう。」

涙を拭きながら、私は考えた。ここで勇気を出さないと、一生後悔する。

彼に、何か言わなくちゃ。

「これ、洗って返しますから、名前、教えてくれますか?」

彼は、焦って真っ赤になりながら答えた。

「橋本…和宏です。」

私は、意を決した。

「私は、佐藤由真っていいます。橋本、さん、いつもこの電車に乗ってますよね。

私、いつも気になってたんです、もし、良かったら…」

「ああ、それは僕に先に言わせて!僕の方こそ、君に一目惚れして、寝坊の癖も忘れて、

この電車に毎日乗ってるんです。もし、良かったら夏休みも僕に会ってもらえませんか?」