3.Green Bouquet



 6月最初の日曜日、僕は着なれないフォーマルウェアで午後の街を歩いていた。

梅雨も近いと言うのに、盛夏を思わせるような晴天に、僕の額には汗がにじみ始めていた。

こんなきれいな日に飛び立っていくなんて、美弥らしい、とひとりごちた。



 結婚式場に到着すると、いかにも会社の人間、という人物たちの中に、旧友の姿を

見つけて少しほっとした。ただでさえきつい思いをしてここまで来ているのに、ひとり

きりで待たされるなんてたまらないと思っていたからだ。声をかけると、向こうも

懐かしそうに手を振り、お互いの近況だとか、他の友人の噂話に興じた。話が進むうち、

僕と美弥の間にあった関係を知らない友人は、気楽な感じで「幼馴染みが結婚するって

どういう気持ち?」などと尋ねてきた。僕は心を見透かされたのかと焦った。無難な返答で

なんとかごまかそうとしたとき、式場の係員がやってきて、挙式の開始を告げた。僕達は

話を中断してチャペルへと移動し、答えは闇の中となった。もし、本気であの問いに

答えたなら、僕はなんと答えていただろう、と僕は思っていた。



 遠慮がちに流れていたパイプオルガンの音が一段大きくなり、挙式は始まった。

ヴァージンロードの終点で、花嫁を待つ男の顔を、僕は良く見ることができなかった。

いつかの夜、美弥にキスしていた男かどうかはわからなかった。いずれにしろ、僕より

いい男なんだろ、と心の中で悪態をついた。

 静かに開いたドアから、父親にエスコートされた美弥が入場してきた。僕は、たまらなくて

目を伏せた。美弥がどんな顔をしてヴァージンロードを歩いているかなんて、見ていたら

泣きだしそうな気がした。やがて美弥は父親から新郎に渡され、お決まりの誓いの儀式に

臨んだ。久しぶりに聞く美弥の声が、他の男への愛の誓いだなんて、ひどく滑稽だ、と

思った。できる事なら耳をふさいでいたいと思ったがそうできないのがもどかしかった。

誓いのキスも当然、目を閉じてやり過ごした。今でも忘れられない美弥の唇の感触を

思い出していた。そうして式次第は順調に進み、新郎新婦退場、となった。僕はやっと

地獄の空間から抜けられる、と顔を上げると、ヴァージンロードを戻る美弥と目が合って

しまった。それは、ほんの一瞬だったような、何秒も続いたような不安定な時間だった。

ひとつ確かなことは、美弥は僕を見て微笑んだのだ。僕以外の人に向けた笑みではない

ことは周りを見てわかった。この瞬間に何故美弥は僕を見て、そして微笑んだのか、

僕はその思いにとらわれていった。