チャペルを出ると、そこには新しい夫婦を祝福しようとする人が群れていた。僕は

そこから離れたところでぼんやりと立っていた。歓声が上がり、美弥が新郎と腕を組んで

登場した。どうやらブーケを投げるらしく、独身らしい女性達が色めき立っている。

 その時、美弥の声がした。

「友朗、これ、あなたにあげる!」

白薔薇のブーケは正確な放物線を描き、美弥の手から僕の胸へと落ちてきた。予想も

つかない事態に、その場は騒然となった。僕はどうしていいかわからずブーケを抱えた

まま立ち尽くしていた。独身女性達の不満の声に美弥は、

「私があげたい人にあげるの、いいでしょ。」

と言い残し、披露宴の準備があるからと早々に式場内に姿を消してしまった。独身女性

のみならず、他の参加者からも不審げな視線を受けるのに耐えられなくなった僕は、

とにかく人目のないところへ退散した。

 なんだって美弥は、僕にブーケを渡したんだろう。これは美弥の幸せの象徴、これを

僕に渡すことが僕の気持ちを傷つける以外にどんな意味を持つと言うのか。美弥は何を

考えているんだ。

 僕は、手にしたブーケを見つめた。白薔薇と、僕には名前のわからない小さな花が

ちりばめられた上品なブーケだ。いかにも美弥らしい、と思った。しかし僕にとっては

笑えない代物でもあった。僕は、完璧な形を保つその花束を無残にもむしり始めた。

僕の足元にはあっという間に白い花びらの山ができた。むしってもむしっても、僕の

気持ちは晴れなかった。花屋が取り忘れた薔薇の刺に手を傷つけられても僕は花を

むしるのを止めなかった。そして、すっかり花がなくなり、茎と葉だけのブーケが

完成したとき、僕は、花束の奥に紙が一枚入っているのを見つけた。開いてみると、

それは美弥からの手紙だった。



友朗へ

 この手紙を見つけた、って事は私のブーケは今ごろめちゃめちゃになっているわね。

友朗なら絶対そうすると思って、花束の中に手紙をいれることにしたの。

 友朗、ごめんね。付き合うのをやめたい、って言ったあの日のこと。私、怖かったの。

どんどんどんどん友朗が好きになって、自分がどうにかなっちゃうような気がしてた。

このままずっと一緒にいたら、私は友朗をダメにしちゃうんじゃないか、って。だから、

自分から離れることにしたの。ドキドキしない、なんてウソだった。あのまま抱いて

欲しい、とまで思ってた。だけど、友朗は帰ってしまって、友朗を深く傷つけてしまった

ことがわかった。もう、取り戻せない、って思った。すごく悲しくて何度も泣いた。

友朗と同じ大学に行きたい、ってずっと思っていたけど、私なんかにそんな資格ない、って

あきらめた。大学に入ってからは友朗を忘れよう、っていろんな人と付き合った。でも

いつでも友朗は私の一番だった。じゃあ、何故結婚するのか、って思うよね。私にも、

良くわからない。だけど、彼の側にいると落ち着く、っていうのはたしか。友朗といる

ときの、どうしていいかわからない状態とは違う、って思ってる。結局私は自分の本心

から逃げてるのかもしれない。でも私は、それを選んだ。友朗が一番好き、だけど

他の人と結婚します。

 今、友朗が私のことをどう思っているかわからないけど、私の気持ちだけは知っていて

欲しくてこの手紙を書きました。友朗が結婚するときは、絶対私を呼んでね。友朗を幸せに

してくれる人がどんな人か知りたいから。最後までわがままな幼馴染みでごめんなさい。

大好きよ、友朗。                            美弥



 僕らは、もしかするとひとつのものだったのかもしれない。何かの悪戯で二つに分かれて、

お互い惹かれあったけれど、元のひとつには戻ることができなくて、結局別々の道を選ばざるを

得なかったのかもしれない。お互いを一番大事に思う感情からはどうやったって逃れられない。

だったら、その感情を認めながら、自分の居心地のいい場所を探すしかない。その答えを、

美弥は僕より先に見つけたんだね。



「次は、僕の番だ」



 僕は手紙をポケットに突っ込むと、式場を後にした。披露宴があることを忘れていたわけ

ではなかったが、これ以上美弥の花嫁姿を見ているより、自分の答えを探しに行ったほうが、

僕のためにも、美弥のためにもなると思えた。

 緑色のブーケは新たな出発の記念品として持っていくことにした。花のない花束を持つ

僕に奇異の目が向けられたけれど、そんなことは気にならなかった。

 6月の日差しは、優しく僕の背中を押してくれていた。



-完-