その日以来、僕達はお互いの部屋を訪ねることはなくなり、顔を合わせても、言葉を

交わすことはなかった。高校3年になった僕らは、別々の進路を選び、僕は私立の経済

学部に、美弥は女子大の文学部に進学した。生活パターンも変化し、顔を合わせることは

少なくなった。思いを引きずる僕にとって、それは歓迎すべきことだったが、話好きの

僕の母親が、美弥の存在を忘れさせてくれなかった。隣同士の気安さから、美弥のことは

なんでも筒抜けだった。美弥が県下でトップの大学と合同のサークルに入りそこで一番

人気のある男と付き合い始めた、などという知りたくもない情報を仕入れてくることも

あった。あなたは彼女できないの、なんて無神経な母親に、以前感謝したことを後悔した。



 それからしばらくして、僕は美弥の恋人を目撃することになった。深夜、家の前に車が

止まる音に何気なく外をみると、助手席から美弥が降りてくるところだった。同時に運転席の

ドアも開き、男が降りてきた。僕とは全くタイプの違う体格のいい男で、これなら女子学生

から騒がれるだろう、というルックスをしていた。男は、美弥に歩み寄ると自然な仕草で

美弥を抱きしめた。車のヘッドライトの影になり、良くは見えなかったが、動きから考えて

二人はキスをしていただろう。かつては僕が触れた美弥の唇に今はあの男が触れている、

そんな場面、見たいはずもなかったけれど、なぜか目を離すことができなかった。

やがて二人は離れ、男は車を発進させ、美弥は家へと入っていった。路上に誰もいなくなった

あとも、僕は窓の外を眺めつづけていた。

「美弥は、平気なんだね。」

独り言をつぶやくと、僕は美弥をふっ切る努力をしようと決めた。


 翌日、大学入学以来、断りつづけていたコンパに行った。ダメもとで誘ってきた友人は、

僕が出席を即OKしたことに拍子抜けした顔をしていた。最初はもの欲しそうに男を見る

相手の視線に馴染めなかったが、しばらくするとそれにも慣れ、何度目かのコンパで

知り合った女の子と付き合う事にした。その子を選んだのは、目許がなんとなく美弥に

似ていたからでもあった。彼女と過ごす時間はそれなりに楽しかったし、特に不満が

あるわけじゃなかった。でも、いつのまにか彼女を美弥と比べてしまう自分がいた。

ほんの小さな仕草にさえ、美弥を求める自分につくづくあきれた。美弥をふっ切るために

彼女と付き合っているんじゃないのか、と。そんな僕の思いを、彼女は敏感に感じたらしく、

3ヶ月と持たずに別れる結果となった。次に付き合う人は、美弥とは全然違うタイプにしよう、

と選んだ2番目の彼女も、結果は同じだった。どんなにしても美弥を忘れられない、と悟った

僕は、男女関係にルーズになった。本気にならない恋人を何人も作ったり、体だけの関係を

結ぶこともあった。そうして相手を傷つけたり、罵倒の言葉を浴びせられたり、最低最悪の

思いをして恋愛自体を嫌いになろうとした。しかし、美弥の存在はそこに見えないバリアでも

張られているかのごとく、美しいままだった。玄関先や、部屋の窓から美弥の姿を見るたびに

僕の心は揺れつづけた。



 そして、月日は流れ、僕は家を出た。

美弥の姿が見えない生活は、少し寂しくもあり、静かだった。