それからしばらくの間、僕はずっとうわの空だった。ロボットの様に部屋と会社を

往復して、仕事をこなしていた。何をしてきたのかも、何を食べたのかも思いだせない。

そんな日々にピリオドを打ったのは、美弥からの電話だった。とはいっても直接話した

のではなく、留守電のメッセージだった。それは、こう言っていた。


 「友朗?美弥です。おばさんからもう聞いてると思うけど、結婚することになりました。

友朗のところにも招待状を送るから、必ず来てね。返信はがきは早めに出してよね。

お願いよ。じゃあね。」


 僕はその短いメッセージを何度も繰り返して聞いた。美弥の声で、美弥が結婚する、

という事実を聞くことで、僕はやっとそれを受け止められるような気がした。

僕はその夜、初めて泣いた。



 僕は、「幸せの封印」をわざと乱暴にちぎって、封を開けた。中にはこれまた仰々しい

招待状とはがきが入っていた。僕はそれらを破り捨てたい衝動に駆られたが、思いなおして

はがきを手に取った。出席、に丸を付け、自分の住所氏名を書く。近況欄に何を書こうかと

迷い、ペンを置いたが、結局何も思いつかなかった。迷って付けた小さな点、それだけで

十分な気がした。僕はそのまま、はがきを投函しに出かけた。いつまでも持っていたら、

また破りたくなるかもしれない、そう思ったからだ。


 ポストからの帰り道、2ヵ月後、僕はどんな顔で美弥の花嫁姿を見るのだろうかと

ぼんやり考えていた。