Green Bouquet novels by 笹木 一弥



1.Cruel Envelope


 4月のある日、僕の家のポストには真っ白い封筒がひとつ入っていた。

その封筒には今時珍しく毛筆で黒々と宛名が書いてあった。ものすごい達筆だ。

最近は年賀状だって毛筆にお目にかかることは少ないっていうのに、ちょっと

時代錯誤的なその表書きにシュールな笑いを誘われた。裏を返すと、見覚えのない

男の名前が二つも書いてある。いきなり良く知らない人からこんな封筒をもらうのって

けっこう不審だよな、と心の中で突っ込んでいた。封にはやたらおめでたい

金色のシールが貼ってあり、これをはがすと不幸になる封印みたいに見えた。


 いうまでもなく、結婚式の招待状だ。これを僕に送ってくる心当たりはひとつ

しかない。美弥だ。確かに送り主の一方の名前は、美弥のおじさんの名前みたいだ。

人の父親の名前なんて、いちいち覚えてないよな、とひとりごちた。



 美弥はおない年の幼馴染みで、僕が就職して家を出るまで、ずっと隣人でもあった。

僕達は良くある話ではあるが、きょうだいの様に育てられ、お互いのことはなんでも

知っていた。また良くある話だが、僕の初恋の相手は美弥だ。美弥も、僕のことを

男として意識していた時期があった。だけどそれは美弥にとっては成長過程のある

通過点に過ぎなかったらしい。そして僕は、まだその通過点からは離れられずにいる。


 僕が実家を出たのは、表向きには通勤時間を短縮するためということになっているが、

本当のところは、美弥から離れるためだった。僕をとっくの昔に通過した美弥は、

よく恋人に家の前まで送ってもらっていた。僕はそういう美弥の姿を垣間見ることに

耐えられず、家を出る決心をしたのだった。美弥を身近に感じなくなり、とうとう

僕も美弥を通過できるのかな、と思えるようになった矢先、美弥が結婚するという話を

母親から聞いたのだ。自分の娘が結婚するかのように喜ぶ母の隣で、僕は深海に

沈められたみたいに、何も聞こえなくなっていた。「美弥」「結婚」という文字だけが、

頭の中をぐるぐると回っていた。自分から離れることを望んだくせに、美弥が自ら

離れていくことにこんなにも動揺する自分が怖かった。母親の「結婚式にはうちの

家族をみんな呼んで下さるそうよ」という声だけが、かろうじて聞こえた。