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20040822(日) 夏の甲子園決勝&一次リーグ:長嶋JAPAN×ギリシャ戦&巨×広 第三戦@しろしま市民球場

本日は、深紅の大旗、北へ長嶋JAPAN×ギリシャ戦巨×広 第三戦中×横 第三戦をお送りします。


> 【高校野球】駒大苫小牧が初優勝!北海道に初大旗
>  (第86回全国高校野球選手権、第16日、決勝、済美10−13駒大苫小牧、22日、甲子園)歴史が動いた。北海道勢が悲願の初優勝だ! 駒大苫小牧(南北海道)が史上6校目の春夏連覇を目指した済美(愛媛)との壮絶な打撃戦を13−10で制し、全国4146校の頂点に立った。初戦の2回戦から決勝までの5試合のチーム打率は驚異の.448(174打数78安打)。平成13年に優勝した日大三(西東京)が持つ大会記録(.427)を塗り替えた“史上最強打線”が偉業を導いた。大優勝旗は春夏の甲子園を通じて初めて津軽海峡を渡る。
> ◇
>  その瞬間がやってきた。平成16年8月22日、午後3時55分。さあ、歓喜のときだ。
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>  マウンドにナインがなだれこむ。みんな、もう泣いていた。声にならない声をあげる。自分たちの夢をかなえた。北海道民の希望を形にした。深紅の大優勝旗がついに、初めて北海道へと渡る。
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>  「日本一になれてうれしい。日本一のチームワークでついに頂点に立てました!」。佐々木主将はヒーローインタビューで『日本一』を連呼した。
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>  壮絶な打ち合いだった。1−5の劣勢を、破壊力満点の打線が跳ね返す。3点をリードされた六回、糸屋の2ランなどで同点。七回は相手失策と4連打で3点を勝ち越した。19安打の済美を上回る20安打。全5戦のチーム打率・448は大会記録(・427)を塗り替える快挙だ。“史上最強打線”が真価を発揮。地元出身の“どさん子”だけのチームが、栄光のゴールへ飛び込んだ。
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>  出発点は現3年生が1年生の14年秋、明治神宮大会だった。初戦で遊学館(石川)に1−11の七回コールド負け。「本州のチームには勝てないのか。雪国のハンディは一生克服できないのかと悩みました」と糸屋。その冬から『3年計画』をスタートさせた。
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>  ティーや素振りなど1日1000スイングのほか直球、右カーブ、左カーブと3種類のマシンを設定。投球間隔を早くし、竹バットで1セット30球を1日20セットもこなした。
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>  雪に閉ざされる冬の日は、ブルドーザーで除雪し、凍ったグラウンドでノックを追う。氷点下15度になる厳寒の室内練習場では、芯を外すと激痛と衝撃が全身に走る。手は真っ赤に腫れ、時には血をにじませながら練習に明け暮れた。
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>  「雪の中でノックをしていたから、多少の不規則なバウンドでもきれいに思えた」と笑ったのは五十嵐。北の大地で培われた力があった。4月に土が顔をのぞかせた喜びを知る“どさん子”は強かった。日大三、横浜、済美と優勝経験のある強豪をなぎ倒しての全国制覇。駒大苫小牧が歴史の扉をあけた。
> (山下 千穂)
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>  【駒大苫小牧】 昭和39年創立。普通科のみの私立共学校で生徒数は856人(うち女子402人)。野球部創部も39年で部員数は73人。今大会は2年連続4度目の出場(春1度)。主なOBは橋本聖子(参院議員)、加藤謙如(元横浜)ら。所在地は苫小牧市美園町1の9の3。篠原勝昌校長。
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>  【苫小牧市】 北海道の太平洋側に位置する工業・港湾都市。特に製紙・エネルギー関連の工場が集積している。漁業では、ホッキ貝漁が盛ん。市内にはラムサール条約登録の湿地に指定されたウトナイ湖がある。「苫小牧」(とまこまい)はアイヌ語で「山奥に入っていく川」を指すマコマイが語源とされている。人口約17万。
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> 【高校野球】香田監督が涙「どさん子が頑張りました」
>  「どさん子が頑張りました。最高だ。みんな、ありがとう!」。駒大苫小牧・香田誉士史(よしふみ)監督の声が震えた。
>  実は生粋の九州男児。佐賀商高(佐賀)で甲子園の土を踏み、平成6年夏には佐賀商高のコーチとして全国制覇。その翌年、野球ではほぼ無名の駒大苫小牧高の監督に就任。縁もゆかりもない北海道にやってきた。
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>  「きっと体が大きくてパワフルな子が多いのだろう」。そんな思いは、選手を見て吹き飛んだ。部員25人。長髪にジャージー姿。練習にユニホームを着て現れた選手はいなかった。「自分の考えが浸透するのに4、5年かかった」と苦笑する。
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>  監督として3度目の甲子園だった昨夏の初戦は、8−0と大量リードしながら降雨ノーゲーム。翌日の仕切り直しで敗れた。学校には「あんなに打たせず早く試合を進めておいたら良かった」と批判の手紙が何通も届いたという。
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>  監督10年目。「つらいことがほとんどだった」と言うが、それも大きな財産だ。「ずっとドキドキしていて、終わった瞬間にホッとして涙が出ました。“北海道もやればできる”んだ」。
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>  もう“野球途上地方”ではない。北国の球児に夢と自信を与える歴史的な優勝。趣味を問われると、照れくさそうに「スノーボードかな」。いまや“地元の人”だ。
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> ■香田 誉士史(こうだ・よしふみ)
>  昭和46年4月11日、佐賀市生まれ、33歳。佐賀商から駒大を経て平成7年に駒大苫小牧の監督に就任。平成13年夏、15年春夏と甲子園に出場しているが、いずれも初戦敗退。自身も佐賀商で昭和63年夏、平成元年の春夏に中堅手として3度甲子園に出場した経験を持つ。家族は妻と1男。
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>  【その時】 全校応援となった決勝戦。800人をこえる生徒が北海道から甲子園にやってきた。朝6時に学校に集合、羽田空港経由で伊丹空港に到着、正午すぎに甲子園へ。駒大苫小牧のアイスホッケー部は名門中の名門で、野球部と交流のある梁取慎也主将(3年)は初戦前に手紙を書き、宿舎に送った。「自分の好きな“忍″という字を手に書いてがんばれと手紙を出しました。自分もこれで優勝したので」。チーム全員の手のひらにはその文字が…。スポーツマンの友情。熱いです。
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>  【地元・苫小牧も熱狂】 優勝の瞬間、甲子園から遠く離れた北の地でも無数のメガホンが宙を舞った。野球少年や市民ら約500人が詰め掛けた駒大苫小牧高のホールでは試合中盤から涙ぐむ女性の姿も。勝利の瞬間は、抱き合いながら喜びを分け合った。
>  野球部OBの保護者らでつくる「深紅の会」の梶川昇会長(53)は「『深紅の優勝旗を北海道にもってこい』との思いで監督を応援してきた。感無量だ」。また、JR苫小牧駅近くのショッピングセンターでは、大型スクリーン前に市民ら約500人が応援。同市の会社員、佐藤和子さん(53)は「不景気など暗い話題が多かった北海道だけに、本当にうれしいです」と声を弾ませた。
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> ★糸屋が打率.700「何が何だかわからない」
>  20打数14安打、打率.700。驚異的な数字を残した糸屋はキャッチャーマスクを外してマウンドへかけ寄り、鈴木に抱きついた。この試合も4安打。3点を追う六回、「1、2、3で振った」打球は左翼スタンドへ。12−10の八回には貴重な追加点となる適時打。個人の大会最高打率記録(.727)に迫る活躍に「何が何だかわからない」と夢心地だった。
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> 【喜びの駒大苫小牧ナイン】
>  (1)岩田聖司・投手(3年) 「投球には悔いが残るけれど、優勝できたので思いきり喜びたいです」
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>  (2)糸屋義典・捕手(3年) 「こんな試合展開は全く予想できませんでした。最後まで気が抜けなかったです」
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>  (3)桑島優・一塁手(3年) 「香田監督に“体は小さくてもやればできる”と励まされてきた。監督の指導は間違ってなかったです」
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>  (4)林裕也・二塁手(2年) 「済美打線は最後まで食らいついてきて迫力があった。勝った実感がわきません」
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>  (5)五十嵐大・三塁手(2年) 「“うれしい”という言葉では言い表せないくらいうれしい。最高の夏です」
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>  (6)佐々木孝介・遊撃手(3年) 「昨年は悔し涙を流したので“今年はうれし涙を流そう”とみんなで誓い合いました」
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>  (7)原田勝也・左翼手(3年) 「北海道の人たちが駆けつけてくれたおかげで、大声援の中でプレーできました」
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>  (8)桑原佳之・中堅手(3年) 「優勝の瞬間は、昨年の雨天ノーゲームが頭をよぎった。あの悔しさを忘れずやってきました」
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>  (9)沢井義志・右翼手(3年) 「今までやってきたことが頭の中で爆発した感じ。よくわからない気分です」
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>  (10)吉岡俊輔選手(2年) 「まだ信じられません。応援してくれたたくさんの人の前で優勝できて、感動です」
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>  (11)鈴木康仁・投手(3年) 「(優勝の瞬間)マウンドにいましたが、勝ったという実感はなかったです。気がついたら、もみくちゃにされてました」
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>  (12)津島英利選手(2年) 「必死に練習してきたかいがありました。優勝できて、最高にいい気分です」
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>  (13)遠藤幸太選手(3年) 「きつい練習が報われました。優勝できたのはみんなが一丸となったからだと思います」
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>  (14)刈谷太一選手(3年) 「自分たちが全国で一番強いチームなんだと、じわじわと実感してきています」
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>  (15)松橋拓也選手(2年) 「甲子園で優勝することが目標でした。ここに連れてきてくれた3年生に感謝しています」
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>  (16)辻寛人選手(2年) 「やばいっス。自分たちが優勝旗を北海道に持ち帰るなんて、思ってもみませんでした」
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>  (17)樋江井暢選手(3年) 「もう最高です。まさか優勝できるなんて。うれしい、しか言葉が見つかりません」
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>  (18)佐々木優選手(3年) 「仲間を信じて最後まで戦おうと励ましあった結果です。夢みたいです」
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> 【記録アラカルト】
>   ★チーム打率  駒大苫小牧の大会期間中の打率・448(174打数78安打)は、平成13年日大三の.427を抜く新記録
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>   ★安打  駒大苫小牧が記録した20安打は決勝史上最多タイ。両チーム合計39安打は決勝史上最多
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>   ★塁打  両チーム合計60塁打は1試合最多塁打
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>   ★得点  両チームともに2ケタ得点は春夏の決勝で初めて、両チームの合計23得点は決勝史上最多
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>   ★残塁  両チーム合計26残塁は決勝史上最多
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>   ★二塁打  今大会の駒大苫小牧のチーム通算二塁打は18(5試合)で、昭和58年のPL学園がもつ19(6試合)にあと1本
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>  ◆日本高野連・脇村春夫会長 「どさん子の選手の皆さんは、高校野球史に新しいページを書き加えた。北海道民の悲願である深紅の優勝旗が、初めて津軽海峡を渡る。優勝おめでとう」
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>  ◆駒大野球部で香田監督の1年後輩にあたる西武・高木浩 「大会前に香田さんと電話したのですが“今年は1勝するように頑張る”と言ってました。香田さんは周囲に気を使う人で、後輩の僕もよく面倒をみてもらいました。感慨深いものがありました」
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>  ◆北海道(北海高)出身の巨人・堀田 「雪で3、4カ月もグラウンドが使えず、いろんな工夫をしてきたと思う。相手に力負けしていなかった。僕らの時代では考えられない、すごいこと」
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> ★ヤクルト・若松監督ニコニコ「大したもんだ」
>  北海道出身のヤクルト・若松勉監督(57)が、駒大苫小牧高の偉業をたたえた。
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>  「いつかは優勝してほしいと思っていたけど、大したもんだ。強いところを次から次に倒したのだから、すごい。本当におめでとうだ」。その一方でプロ野球の監督らしく、優勝の勝因をこう“分析”した。
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>  (1)雪や暑さに負けない 「札幌ドームができて冬でも試合ができるようになった。昔の道民は雪(の影響)や暑さに弱いといわれ、全国優勝ははなから無理だと思っていた」
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>  (2)戦力の均衡化 「以前は強いチームが固まっていたけど、今は強い学校が道内にいくつか出てきた。平均化して刺激し合っている」
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>  (3)日本ハムの移転 「頑張ればおれたちもプロになれると思うだけで違う。昔は北海道で、プロの野球教室もなかったから…」
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>  監督自身、北海高3年の夏に出場し、1回戦負けだったという甲子園。「本当にうれしいよ」。“小さな大打者”は、感慨深そうに宙をみつめた。
> (河野 聖)
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> ★日本ハム・新庄「よくぞ北海道を盛り上げてくれた」
>  札幌移転1年目の日本ハムも駒大苫小牧の快挙に大喜び。新庄は「すばらしい。(冬場は雪で練習できないなど)どこの都市よりも価値ある優勝だと思う。よくぞ北海道を盛り上げてくれた」。ヒルマン監督も「高校生が北海道に喜びを与えた。今度はわれわれが全力を尽くして、シーズンの最後にはもう1度、北海道に喜んでほしい」。“駒苫ナイン”にあやかり、プレーオフ進出に全力を注ぐ。
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> ★自民党・橋本参院議員が拍手
>  自民党・橋本聖子参院議員(39)は母校の優勝にアルプス席で大感激。「取られたら取りかえす野球というのはいいですね。相手を飲み込むくらいの雰囲気がありました」と選手たちの底力に拍手をおくった。民主党・鳩山由紀夫衆院議員(57)とともに2日連続で北海道から日帰り観戦となったが、最高の結果に満面の笑み。
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> ★高橋北海道知事が道民栄誉賞を検討
>  駒大苫小牧の全国制覇をスタンドで見届けた高橋はるみ北海道知事(50)は、飛びあがるようにバンザイ。「本当に誇らしく思います。大きな感動をありがとう」。言葉だけではない。快挙に対して道民栄誉賞の検討を明かした。「道民に勇気を与えてくれた。気持ちをひとつにしてがんばったので、道民栄誉賞も考えています」。また、計3試合を観戦した桜井忠苫小牧市長(50)は「最後まで気を抜かず、あきらめないで戦いました。よくがんばりました」と目を潤ませていた。
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>  【青春満開】 歓喜するナインの中に、他の選手とはまた違う喜びを感じている選手がいた。駒大苫小牧・桑島優一塁手(3年)。この日2安打、七回には中越え適時二塁打を放ち、貴重な追加点を挙げた。
>  実は今年2月、疲労の蓄積からはしも持てないほどのしびれを感じ、右ひじにメスをいれた。1年秋の北海道大会では、北海道尚志学園の柴田誠也投手(現オリックス)から延長で決勝本塁打を放ったこともある桑島の初めての挫折。「野球をやめたい」と両親にもらしたこともあるが、周囲の励ましもあって5月には練習に合流した。「あきらめないでよかった。幸せです」。いま、青春満開!
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> 【名言迷言】
>  ◆地元選挙区内に属する駒大苫小牧を応援するため、2日連続で甲子園に駆けつけた民主党・鳩山由紀夫衆院議員(57) 「優勝と準優勝では全く違います。政治の世界でも与党と野党では違うからね」
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>  ◆試合前、報道陣から“体調は?”と質問を受けた駒大苫小牧・五十嵐 「肩こってます。決勝なので、どうしても普段とは違うところに力が入ってしまう。尻も痛いです」

正直な話、東北人としては白河越えより先に大旗が津軽海峡を越えてしまったのは残念。
が、深紅の大旗が北の大地にもたらされた意義は非常に大きい!
偉業を成し遂げた駒大苫小牧ナインには、惜しみない賛辞を送りたいと思います。
しかし。
次は白河越えを果たす!(o゚▽゚)9!
…多分。


> 【高校野球】済美の初出場春夏連覇は叶わず
>  (第86回全国高校野球選手権、第16日、決勝、済美10−13駒大苫小牧、22日、甲子園)史上6校目の春夏連覇、史上初の春夏初出場連覇を狙った済美(愛媛)が、駒大苫小牧(南北海道)に屈した。今大会3本塁打、春の選抜とあわせて甲子園5本塁打の主砲・鵜久森淳志左翼手(3年)らの強力打線で中盤までリードしながら、壮絶な打撃戦の末、鵜久森が最後の打者になり、10−13の敗戦。偉業まであと一歩で散った。
> ◇
>  ミラクルは起こらなかった。深紅の優勝旗をかけたシーソーが3度、逆転劇で揺れ動き、5万2000観衆は総立ち。だが、勝利の女神は4たび、振り向いてはくれなかった。
>
>  10−13。一発出れば同点の九回二死一、三塁。打席に入ったのは4番・鵜久森。甲子園で5発を放った怪物の両腕に、もう力は残っていなかった。高く上がった打球が遊撃手のグラブに収まり、済美の甲子園連勝は9でストップ。春夏初出場連覇の夢はついえた。
>
>  「打撃でやられたのは記憶にないです。向こうの方が上でした」
>
>  素直に脱帽した。夏も全国4146校の頂上決戦に残れたのは、意地とプライドだった。
>
>  春の選抜優勝後の5月、主力選手だった3年生部員が寮の規則を破ったことが発覚し、高野連から野球部と部長が警告処分。対外試合を自粛し、選抜で逆転サヨナラ本塁打を放ったその主力選手は、自宅謹慎。処分が解けてもベンチから外された。
>
>  「こんなことして、意味ないんちゃうか」。日々の練習にモチベーションを失いがちな部員の声を、上甲監督は押しとどめた。
>
>  「やるしかない。信じてついてきてくれ」
>
>  選抜Vのおごりなど、ない。それを証明するため、ナインは一心不乱に指揮官に食らいついた。3時間ぶっ続けでノックを受け、意識が飛ぶまでグラブを出した。
>
>  鵜久森は寝ても覚めてもバットを振った。豆がつぶれた両手は、足の皮のように分厚い。
>
>  「結果には悔いが残りますが、やってきたことには満足しています」
>
>  阪神が今秋ドラフトで獲得を狙う主砲は、スタンドでずっと応援していた“彼”に向けて、銀メダルをかけた胸を張った。
> (三木智隆)
>
>  【済美】 明治34年、松山裁縫伝授所として創立。普通科、家政科、音楽科、美術科からなる私立共学校で、生徒数は1994人(女子1492人)。野球部創部は男女共学となった平成14年で、部員は78人。夏は初出場。今春の選抜大会では初出場初優勝。所在地は松山市湊町7の9の1。野沢善浩校長。
>
>  ◆済美・上甲監督 「駒大苫小牧は強かった。安打数は互角だったが…。細かいミスがあったし、選手が焦った。福井は疲れていた。試合は負けていないと思っている。運がなかっただけ。連覇できなかったのは悔しい。でも、初出場で春夏合わせて9つ勝てたことには感謝している」
>
> 【名言迷言】
>  ◆春夏甲子園の通算20勝目を逃した済美・上甲監督 「まだ1勝不足してますから。“もう一回やりなさい”ということじゃあないんですか」
>
> ★第21回AAA世界選手権の選抜チーム18人を発表
>  日本高野連は第21回AAA世界野球選手権大会(9月3日−12日・台北)の日本選抜チームの代表18人を発表。同選手権は米国、キューバ、台湾、韓国など12カ国・地域が参加。監督は横浜(神奈川)の渡辺元智監督が務める。代表選手は次の通り。
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> ▽投手 鈴木康仁(駒大苫小牧)福井優也(済美)小椋健太(中京大中京)涌井秀章(横浜)ダルビッシュ有(東北)浅香明生(日大三)岩見優輝(熊本工)
>
> ▽捕手 糸屋義典(駒大苫小牧)梅田大喜(明徳義塾)
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> ▽内野手 佐藤俊司(横浜)松島侑也(日大三)神戸宏基(PL学園)石川雄洋(横浜)佐々木大輔(日大三)小山琢也(浦和学院)
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> ▽外野手 鵜久森淳志(済美)甘井謙吾(済美)大沼尚平(東北)




> 長嶋ジャパン金ロードへ揺ぎなし、準決勝は豪州
>  長嶋ジャパンが金メダルに向けて大きく前進した。野球1次リーグ最終戦で、日本はギリシャに6−1で圧勝。6勝1敗として、同リーグ1位通過を決めた。決勝トーナメントには日本のほか、キューバ、カナダ、豪州が進出。日本はまず24日の準決勝で、豪州と対戦する。
> ◇
>  一歩でも本塁に近く。一つでも塁を進めたかった。三回。右前打の宮本は一塁を回ってもスピードを落とさなかった。右翼手がお手玉した瞬間、一気に二塁へ。得点にこそならなかったが、主将の泥臭いプレーに日本ベンチは勇気をもらった。
>
>  「(1次リーグでは)全勝するつもりだったけど。負けても1位は最低限、確保しようと思っていた」
>
>  ギリシャ戦に勝てば、文句なしの1次リーグ1位通過が決まる。白星フィニッシュは、宮本にもチームにとっても一つの大命題。宿命を帯びた“首位打者”は試合開始から貫禄(かんろく)を見せ付けた。
>
>  第1打席で中前打。六回の第3打席には三塁前へのボテボテのゴロになったが、必死に一塁を駆け抜けた。七回の中前打は次打者・高橋由の2ランを誘発するつなぎの打撃だった。21日の予選6戦を終えて打率・440は出場選手中、トップの成績。4打数4安打は、その数字通りの暴れっぷりだった。
>
>  昨秋のアジア予選で長嶋監督から主将の命を受けた。リーダーシップを存分に発揮して、五輪出場権を獲得。その夜、宮本は予選を戦い抜いた“戦友”の部屋一つ一つに『本当にありがとう』と書いた紙を挟んだ。五輪本番でもやはり、主将。長嶋監督の出場辞退にショックを受けたが、中畑ヘッドとの“心中”を心に決めた。
>
>  日本をたつ直前、同ヘッドに小学校時代の思い出を告白。「野球教室でグラブに書いてもらった中畑さんのサインは今でも宝物です」と成田のホテルで打ち明けた。五回の守備で右足を痛め、七回で交代したが、「大丈夫。配慮してもらったんだと思う」と首脳陣との太い絆(きずな)を再確認した。
>
>  宮本に触発された打線は、七回に福留の3号2ランと高橋由の3戦連発の2ランで4得点。24日の準決勝を前に、最高の弾みをつけた。
>
>  「今からはもう調子は関係ない。気持ち一つ。金を取るという強い気持ちで臨みたい」
>
>  宮本は熱く、冷静に先を見据えた。佳境を迎える“聖戦”。首位打者、そして最高のキャプテンが、長嶋ジャパンを世界一へといざなう。
> (山田貴史)
>
>  ◆長嶋茂雄監督(68) 「ギリシャ戦、お疲れさまでした。清水君、ナイスピッチングでした。七回途中までギリシャ打線を抑え込んだことが勝因です。打つ方も、1点1点貪欲(どんよく)に取っていこうという姿勢がよく出ていました。そして予選(1次)リーグ1位通過、おめでとう。ここまで7試合を終え、猛暑の中、疲れもピークだと思う。ほぼ満身創痍(そうい)の状態でしょう。決勝トーナメントは精神力が勝負です。己の限界がどこまであるのか、自分自身と向き合ってみてください。あした(23日)はゆっくり体を休めて準決勝、決勝のために英気を養ってください」 (長男・一茂氏が代筆して代表宿舎にファクス)
>
> ★ヨシノブ3戦連発
>  高橋由が七回、左中間芝生席へ3戦連発となる3号2ランを放った。「もっと早い回でどうにかしたかった。(3発を打ったが)そのために来たんじゃない」とキッパリ。九回の第5打席で右上腕に死球を受けながら、その裏の守備も続行。「あと2試合、全力で行く」と力強く宣言した。
>
> ★清水粘って好投
>  先発の清水直(ロッテ)が七回途中1失点で五輪初勝利を挙げた。18日の豪州戦は立ち上がりの不調から黒星の原因を作ったが、この日は粘りの投球。「2日前に先発を言われた。中継ぎも疲れているので、チャンスだし、何とかしようと思った」と肩の荷が下りた様子だった。
>
>  ◆七回、大会3号となる2ランを右翼へ放った福留(中日) 「最初の3打席で全く仕事ができなかったから。もう負けられない。どんな形であれ、絶対に勝つ。倒れてもいいから」
>
>  ◆1次リーグ1位通過について中村(近鉄) 「これからは負けは許されない。目の前の一戦だけに集中する」
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>  ◆二回に先制打の小笠原(日本ハム) 「先取点が大事だし、いいところで打てた」
>
>  ◆イタリア合宿中のけがでこの日が初出場の木村拓(広島) 「中畑さんが気を使ってくれた。感謝したい」
>
>  ◆六回に左前に渋い適時打を放った谷(オリックス) 「ラッキーだった」
>
>  ◆九回を三者連続三振に抑えた小林雅(ロッテ) 「きょうは珍しくコントロールが良かったかな」
>
> ★スタンドに家族ら40人
>  1次リーグ最終戦には選手の家族や関係者もスタンドに集結した。中畑ヘッドは「40人ぐらい来ているみたい。きょうは家族とリフレッシュすればいい」と試合後は家族との食事会が開催された。「ここに来た意味合いはこれから。本当のスタートはこれからです」と同ヘッド。
>
> ★小早川毅彦★
>  準決勝の相手は豪州に決まりましたが、決勝は日本とキューバで戦っていると予測しています。
>
>  決勝ではキューバは左投手を先発に立ててくるのでは。予選は好調だった日本打線ですが、対左投手は、左打者はもちろん、中村、谷、和田一といった右打者もインサイドのひざ元をうまく攻められ、内の意識が強いためか、体の開きが早いような印象があります。
>
>  キーマンは、打者では3試合連続本塁打の高橋由。投手では岩瀬、石井弘の左のリリーバー。決勝トーナメントに進んだ3カ国はいずれも長打力のある左の好打者がいます。どの場面で先発から左にスイッチするか、首脳陣の判断も重要です。
>
>  スーパースターばかりの日本代表が、好機できっちりバントで送るなど、日本では見られない作戦も忠実にこなしています。日本のプロ野球のプライドを守りたい、との思いがそうさせているのでしょう。戦いである以上、勝利を求められていますが、金メダルを獲得しても「おめでとう」ではなく「ありがとう」、また敗れることがあっても同じ気持ちで、ラスト2試合を見守っていくつもりです。
> (サンケイスポーツ専属評論家)

準決勝の豪州戦も頼むぞ!長嶋JAPAN!(o゚▽゚)o!

> 岩隈体調不良で先発変更/五輪野球
> <アテネ五輪野球:日本6−1ギリシャ>◇22日◇1次リーグ
>  近鉄岩隈が体調不良のため、チーム宿舎で静養した。21日に発熱し、この日は平熱に戻ったが、首脳陣の判断でベンチから外れた。開幕直後はギリシャ戦の先発が予定されていたが、状態が戻らず、20日カナダ戦終了後に清水直に変更した。「以前から体調を崩していた。精神的な部分もある」と大野投手コーチは話した。
> [2004/8/23/07:28 紙面から]

なるほど…だから先発が清水だったのか。
大丈夫なんだろうか…岩隈は。
心配だ…


> 巨人自力V復活!“代役”小田、佐藤宏が大役果たす
>  (セ・リーグ、広島4−5巨人、24回戦、巨人15勝9敗、22日、広島)ゲームセットの瞬間、マスクを豪快にはぎ取った小田が両こぶしを握り締める。ベンチで見守っていた佐藤宏は、周囲の祝福に笑顔。“史上最強打線”の看板は、この日ばかりは駒大苫小牧に譲ろう。ここ広島で巨人の主役を張ったのは“代役”たちだった。
>
>  「ヒーローインタビューは初めて。気持ちいいですね。(スタメンは)チャンスだと思って頑張るだけ。気合です」
>
>  試合後、眼鏡のレンズを汗と熱気で曇らせた小田が声をうわずらせた。20日の広島戦(広島)で右脇腹を痛めて帰京した阿部に代わり、2試合連続の先発出場。1点を追う二回一死一、二塁で左翼線に2点適時二塁打。守っても七回二死二塁、嶋の二塁内野安打で本塁を狙った尾形を好ブロックで仕留めた。
>
>  口にした「気合」はアニマル浜口ではなく兄貴と慕う番長・清原から授かった言葉。6月24日から左太もも痛で阿部が13試合離脱したときは5勝8敗だったが今回は連勝。“阿部ショック”を和らげた。
>
>  「きょうは何とかしたかったんで勝ててよかった」。6回4失点ながら3勝目を挙げた佐藤宏も、アテネ五輪で抜けた上原の“代役”。7月の広島遠征は直前に二軍落ち。応援にきた地元の後援会メンバーに寂しい思いをさせたが、今回は客席に招待した兄・正志さん(29)の前で晴れ姿を見せた。
>
>  「小田には(監督賞など)何か考えなきゃな。(佐藤宏は)六回の2点がなきゃもっと楽勝だったよ。(東京に)帰ってからが楽しみになってきたな」
>
>  風邪による体調不良で午前中のテレビ番組出演を取りやめ、点滴を打って試合に備えた堀内監督も“代役”たちの活躍に顔色良好、体調回復気配。監督にとっては勝利が良薬だ。中日が引き分けたため、自力Vの可能性も復活。ゲーム差は5.5。さあ、24日からの直接対決3連戦で“首位の代役”をたたきにいく。
> (阿見 俊輔)
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>  ◆3勝目の先発・佐藤宏について巨人・池谷投手コーチ 「(六回に許した2ランは)2アウトから打たれちゃいかん。いい形で点を取ってもらって、打線がビタミン剤になっていたね」
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> ★岡島がサヨナラ負けの悪夢を払拭
>  岡島が1点リードの九回一死二塁で久保からバトンを受け、代打・野村を左飛、尾形を二ゴロでゲームセット。20日の延長十二回、1点リードを守れずサヨナラ負けした悪夢を振り払った。「野村さんが初球を打ってくれたのが助かった。尾形も1球内角をつけたからね」と気持ちよさそうに汗をぬぐった。
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> ★ローズが4年連続の40号
>  ローズが広島・永川の直球をとらえ、中堅左に40号ソロ。4年連続の大台は王(巨人)、山本(広島)、野村(南海)に続く4位だ。「記録は関係ないよ。個人の記録はチームが勝った後に考えるから」とフォア・ザ・チームを強調。自力Vの可能性が復活し、24日からは首位・中日戦(東京ドーム)。「勝てばゲーム差が縮まるし、楽しみ」と気合を入れ直した。
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> 【データBox】
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>  (1)巨人が広島に勝ち、中日が横浜と引き分けたため、巨人の自力Vが復活した。巨人は残り29試合に全勝で87勝51敗2分け、勝率.630。中日は巨人との残り9試合に全敗し、他カードに全勝しても87勝51敗2分け、同.630で並ぶため。しかし、24、25日で中日が巨人に連勝、ヤクルトが広島に連敗すると、中日に優勝へのマジックナンバー「26」が点灯する。
>  (2)巨人・ローズが一回に今季40号本塁打。近鉄時代の平成13年から55本、46本、51本と放っており、4年連続40本塁打以上。これは王貞治(巨人)の8年連続(昭和38−45年)、山本浩二(広島)の5年連続(同52−56年)に次ぎ、野村克也(南海、同37−40年)と並ぶ史上4位。ローズは平成11年にも40本塁打しており、5度目の40本以上もこの3選手に次いで4人目。


最終回、久保から岡島へスイッチしたあの采配はどうなんだ!?(゚Д゚;)
勝ったからよしとすればいいのか…
複雑だ。

> 【江本孟紀】巨人OB以外の意見も聞いたら
>  最近、日米の地位協定について取りざたされているけど、そのニュースを聞くたび、なぜか巨人が頭に浮かんでくる。
>  外様監督がいないのが巨人の伝統やけど、監督どころか、巨人OB以外の評論家は、いくら画期的な意見を言っても、聞く耳すら持ってもらえない。「巨人の敗戦を検証したい? 大きなお世話」てな感じよ。
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>  地位協定というのは、その国の地位を守るためのものであり、背景には「自分たちの方が上」という特権意識がある。巨人が常勝球団であり、また巨人野球が模範であったのは過去の話。これだけ毎年、補強に大金をかけてもうまくいかんのやから、もう少し外からの意見を聞いてもいいと思うんやけどね。
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>  24日からは中日との3連戦。プライドを捨て、巨人の野球をやるのではなく、どういう打順を、どういう戦法を中日が嫌がるか、練り直すべき。そして負け越すようなことがあれば、来年に向け巨人再建策を公募するぐらい、謙虚にならないといかんよ。
> (サンケイスポーツ専属評論家、桐蔭横浜大学客員教授)

えもやんの仰る通りなんですけど、多分そうはしないと思いますけどね…堀さんは(つД`)ノ


> 中日痛いドロー…落合監督“温情采配”が裏目に
>  (セ・リーグ、横浜3−3中日=六回裏無死降雨コールドゲーム引き分け、22回戦、中日13勝7敗2分、22日、横浜)結果的に“温情采配”が裏目と出た。同点で迎えた六回裏に降雨コールド。だが、オレ流に徹していれば勝てた試合、勝っていた試合だった。
>  「あそこで代えるつもりだったが…。(朝倉が)どうしても抑えると言ったからな。でも打たれたのはオレの責任」
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>  分岐点は1点リードの五回だ。二死一、二塁の場面で落合監督がマウンドに歩み寄る。先発の朝倉はここまで2失点といえども五回途中まで毎回被安打。交代を告げるつもりだったが、朝倉の「投げたい」という気持ちを尊重した。そして待っていたのは石井琢の同点打。勝利の権利を目前にした若手を前に非情になりきれなかった。
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>  「まあ、あの1点が入って審判も中止にしやすくなったんだろう。負けなきゃいいんだよ」。試合後はケロリとしていた落合監督。だが、この日の引き分けで巨人の自力Vが復活したのは事実だ。24日からは敵地での巨人との3連戦、厳しい戦いが待っている。
>
>  「(五回は)踏ん張りがきかなかった。次にチャンスがあれば今度こそ抑えたい」と歯を食いしばった朝倉。痛いドローに終わったが、次回に名誉挽回してくれれば裏目采配も救われる。
> (兼田 康次)


次の朝倉の登板のことを考えると引き分けは安いのでは…
それにつけても負けない中日(つД`)ノ

前日

前日(長嶋JAPAN×台湾&巨×広第二戦)
同日 翌日

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