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デジタル機材の発達により、大金を投資せずともある程度クオリティーの高いレコーディングが可能となり、その上インターネットやメールなどを通じて全世界に発信できるという環境が今では整ってきていますが、そのおかげで音楽産業と渡り合う必要なしに、アーティストがインディペンデントな活動をしていけることの可能性についてどう見ていますか? Colin:音楽の話では「テクノロジー」って言葉を避けるようにしてるんだ。古代の石器にしたってテクノロジー、つまり技術であることには変わりないだろ? デジタルとはいえ「道具」であることには変わりないんだ。それより肝心なのはアイディアなんだよ。どんな機材を使ってもアイディアがなければ何も生み出すことはできないんだから(笑)。レコード売上枚数が減ったこと以外で、今の音楽業界が抱えている問題は、市場に出回ってる作品が多過ぎることだろうな。市場規模とリリース数が見合ってない。テクノロジーってのは、良くも悪くもない、あくまでニュートラルな存在で、使いたかったら使う、それだけのもんじゃないかな。今はサイトに年間100ドル支払うだけで6000曲もダウンロードできる世の中だけど、その大半はクズ同然だ。それじゃあ何も改善されないね。ただ興味深いのは、キュレーターのような選択眼を持つ役割が必要になってきてるところだと思う。一般リスナーの大半は、何がいい音楽なのかわからず戸惑っているんじゃないかな。新曲を聴く度に「これはカッコいい」って感じるのは、どれも大して優れた作品じゃないってことだろ? リスナーとのコミュニケーションを感じさせる楽曲が圧倒的に少ないんだ。そしてある日突然、素晴らしい曲を耳にして驚愕したりするんだろうね。ともかく、テクノロジーに関して特に言いたいことはないよ。誰でも音楽を作れるようになったのは素晴らしいことだと思うけれど、とにかく、リリース数が多過ぎる。 なるほど。さて、現在ワイアーはヨーロッパ以上にアメリカで注目されているように思います。あなた方は、もしかしたらセックス・ピストルズ以上に、パンク・ロックの元祖としてリスペクトされているかもしれません。オール・トゥモローズ・パーティーズに出演した時など、そうした空気を実感したのではないですか? Colin:再結成する以前からアメリカでのマーケットは確立されてたからね。というのも、ファースト・アルバムの『ピンク・フラッグ』がEMIから全米リリースされたこともあったんだ。アメリカって国はUKと比較して、アティテュードってやつにはさほど興味を持たないんだよ。例えば、1976年に世界で最も重要なバンドといえば、セックス・ピストルズだった。でも彼らもスタイルはトラディショナルなロック・バンドで、音楽的に目新しいことは何もしていなかっただろ? つまり、メッセージや表現法の面で新しかっただけのこと。それは、アメリカ人にしてみれば過去のバンドと大して変わりない上に、楽器の演奏もろくに出来ないバンドだったってことだな。そして80年代、西海岸やボストン、ワシントンといった各地から次の世代として登場したのが若手ハードコア・バンドだった。「ちゃんとしたロックなんて演らない。1コードだけでも曲はできる」っていう開き直りが、ブラック・フラッグのようなバンドを生み出したんだよ。それにはある種のシンパシーを感じるね。そして今では、ヤー・ヤー・ヤーズやキルズといったガレージ・ロック・バンドがそれに続いている。ワイアーは2人のエンジニアと仕事をしているんだけど、うち1人はアメリカ、もう1人はロンドンに住んでいて、その2人ともライアーズと仕事したことがあるし、アメリカに住んでる方のエンジニアはヤー・ヤー・ヤーズとも仕事してる。(その伝手で)彼らのような若手バンドが俺達の新作を気に入ってくれてるらしいって話は聞いてるけど、実際には感想なんてのはあまり出てこないものなんだよ。でもこれは、もしかしたら文化の違いもあるかもしれない。再結成に関して、UKでの反応はそれほど大きくなかったからね。「はいはい、わかったよ」ってな具合さ。まあ、俺もロンドンの人間だし、似たようなところがあるんで気にはしてないよ。俺達みたいな年寄りが若い世代の音楽を演ってるってのが笑えるところだってのに、ちゃんとオーディエンスがいるんだからな。本当に最高だね。歳をとっても若い世代のアーティストにリスペクトされるなんて、しかも昔の功績でなく、今やってることに対して評価してもらえるなんて、これ以上のことはないよ。 ビッグ・ブラックとか、マイナースレット、さらにはR.E.M.といった80年代から活躍しているアメリカのオルタナティヴなバンドが、こぞってあなた方の曲をカバーしてますが、そういった若手によるカバー作品を実際に耳にしたことはありますか? Colin:ああ、LUSHが2曲ほどカバーしてるけど、それは両方とも好きだよ。ワイアーの楽曲に女の子っぽさを取り入れてて、なかなか面白い組み合わせだと思う。それからフィッシャースプーナーのカバーも気に入ってる。でもR.E.M.のやつは、いかにもロックって感じがどうも好きになれない(笑)。まあ、癪に障るってほどではないし、インスピレーションを感じてくれたのは有難い話だけどな。影響ってのはあくまで双方向的なものだと思うしね。しかしR.E.M.がよくインタビューなんかで自分達が影響を受けたバンドの名前を挙げたりしてるけど、そのメンツに俺達も入ってるのか?って考えると、ちょっとなあ(苦笑)。 (笑)。さて、ワイアーはアルバム・ジャケットとか歌詞をみても、アートに対する意識がとても高いですよね。ロックの世界では「自分達の表現はアートだ」とか意識してる人達の表現というのは、えてして脆弱なものになりがちですが、ワイアーのそれはタフさを兼ね備えているものだと思うんです。その違いを自分達でも意識していますか? Colin:ありがとう! それは俺自身も感じていたことなんだ。芸術家気取りのバンドが多いってのも分かるよ。要はシンプルであること、だと思う。あえて複雑にする必要はないし、シンプルにまとめることでアイディアがストレートに伝わってくるんじゃないかな。それにはまず、何事もアイディアありき、なんだよ。外側をハリボテのように飾り立てても肝心の中身がなくちゃどうしようもないわけで。 最新作も初期以上にワイルドになっている印象さえ受けますが、聴いていて感じるのは、歌詞を読んでも「世の中はクソだ!」というような直接的なものにはなっていないにもかかわらず、なぜか根底にある感情としてはそういったパッションと共通する感情がやはりあるのではないかと思ったのです。どうでしょうか? Colin:うん、昨年スペインで何本か取材を受けた際に、インタビュアーの1人がものすごく真剣な顔で「アルバムを聴きました。何かをとても強く感じるんだけど、それが何なのか分からない」って話してくれたよ。彼女の言ったことは当たっていると思う。ワイアーにはとても漠然とした何かが存在してる。日本も曖昧な国だって聞いてるけど、人間という存在自体、ある意味漠然としているし、何もかも単刀直入なんてこの世には有り得ないんだ。18歳のガキが「世の中なんてクソだ」って言ってられるのは、世間のことを何もわかってないからだろ? この世には白黒はっきりつくことなんて何一つない。でもそれと同時に、人と人のつながりに対する思いは共通してるんだ。感情や思いってのは、こればかりは言葉では上手く説明できないね。それに、叫んでるからといって何かに対する憤りってのもないんだ。ただ、1人でスタジオ作業をしていた時、アルバムに込めたい確実な何かがあって……俺はスタジオでヴォーカルの処理をしていて、かみさんと息子は上の部屋にいたんだけど「さっきから誰が叫んでるの?」って息子に訊かれたよ(笑)。まあ、だからと言ってヴォーカルのシャウトあってこそワイアーだとは言いきれない。それにリスナーにとっちゃある意味で馬鹿げた話だよな。せっかく聴いてやってるのに怒鳴られっぱなしなんて(笑)。 もはや今のパンクは、すごく様式化しているし、子ども達がスポーツ感覚でストレス発散のために聴く音楽というように見られていたりもしますが、そういった形式的なパンクではなく、「表現したい何かがそこにあったら、それを表現するためには何でもやっていいんだ」というような精神こそを真のパンク・スピリットと呼ぶとすれば、パンクは未だにこの世界に存在していると思いますか? Colin:俺はパンク哲学は信じていない。これまでにも「パンク・ロック」と呼ばれた音楽は多々存在していて、70年代には英国のパンク、つまりピストルズが主体だった。ワイアーがデビューしたのは彼らが登場した翌年だけど、俺達は技術的にもパンク・バンドには成り得なかったよ。そして現代のパンク・ロックだったら、ブリンク182のようなボーイ・パンク・バンドやアヴリル・ラヴィーンといった売れ筋になるだろうね。元気があってよろしいとは思う。でも俺達としては、そんなパンクって言葉にまつわる云々なんかよりも、ひたすら面白いことをどんどん突き詰めていく“ワイアー・アティテュード”を大切にしていきたい。俺がテクノにハマったのは、初めて聴いた時「そのアーティストが作り出したサウンドだ」ってことを強く感じられたからなんだ。何か伝えたいことをリスナーに伝えるまでには様々な過程を辿っていくことになるけれど、最終的にはそこを飛び越えることだってできる。DIYも一つの可能性ってことだよ。自分の思うままにやればいいのさ。
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