|
2003年の春にリリースされたカーシヴ4枚目のアルバム『アグリー・オルガン』は、発売と同時にファンや評論家筋から「大傑作!」と絶賛され、その後に行なわれた本国アメリカにおけるツアーでもバンドは各地で熱狂的な反応をもって迎えられた。ご存じのように同ツアーには、前年スプリット・アルバムを共同制作した仲であるイースタンユースが帯同したわけだが、お返しにイースタンが招聘する形で10月には待望の初来日公演が実現。それに先駆けて『アグリー・オルガン』の日本国内盤もめでたく発売される運びとなり、ここ日本でも、意識の高いリスナーの間でカーシヴは認知を一気に広めたのだった。 ザ・グッド・ライフは、そのカーシヴの中心メンバー=ティム・ケイシャーが携わる、もうひとつのバンドである。98年にカーシヴがいったん解散した頃からティムのソロ・プロジェクトとして原形ができ、その後カーシヴが復活して以降も並行して活動を続け、この稀代のソングライターが別の側面から表現欲求を追求する場として、単なるサイド・バンド以上の存在意義を発揮し、優れた成果を生み出してきた。 基本的にザ・グッド・ライフの音楽性は、カーシヴのドラマティックで激しい「動」のイメージに対して、ゆったりとたおやかな「静」のイメージを持ったものと言えるだろう。初のアルバム『Novena on a Nocturn』は2000年にベター・ルッキングからリリース。この時はまだソロ作品的な色合いが残っており、カーシヴのドラマー=クリント・シュネイスの他、ザ・フェイントのトッド・ビークルやブライト・アイズのプロデューサーなどを務めるマイク・モギスといった、地元オマハのサドル・クリーク人脈にいるミュージシャン達がゲスト的にバックを固める形で作られていたが、2年後のセカンド・アルバム『Black Out』ではドラムス/パーカッションにロジャー・ルイス、ギターその他にライアン・フォックスといった面々をメンバーに迎え、よりバンドらしさを整えている。 そして、カーシヴ『アグリー・オルガン』の成功を経て、このたび完成した新作が『アルバム・オブ・ザ・イヤー』だ。メンバーには前作から若干の変更があり、ティム、ライアン、ロジャーの3人に、新たにステファニー・ドゥルーティンをベースに加えた4人のラインナップとなっている。アルバム・タイトルは「今年度最優秀アルバム」といったような意味で、1曲目に収められたタイトル・ナンバーの中で、恋人達の間で交わされる冗談めかしたセリフの一節からとられているが、同時に「年間アルバム」というような意味にかけて、ブックレットはカレンダーの体裁をとっており、収録された12の楽曲がそれぞれ1年間の各月に割り当てられた形でまとめられるというユニークなものとなった。 なお、日本盤は限定2枚組仕様となり、本国では先行リリースされた6曲入りEP『Lovers Need Lawyers』に、イースタンユースの“東京快晴摂氏零度”のカバーを加えた内容のボーナス・ディスクがつけられている(※本国盤にも限定2枚組仕様のものがあるが、こちらはアルバムのアコースティック・デモ音源を収録)。今やカーシヴとイースタンユースの間に強固な友情の絆が出来上がっていることを知る者にとっては、心の底から嬉しいプレゼントだろう。ちなみに、ティムが巧みにオリジナル通りの日本語で歌ってみせるこのトラックはLAにて録り下ろされ、ジミー・イート・ワールドやハスキング・ビーのプロデューサーとして知られるマーク・トロンビーノがミックスを担当した。 過去にティムには、何度かインタビューさせてもらっているが、その時に本人から聞いた話によれば、カーシヴの復活アルバムとなった『Cursive’s Domestica』で顕著になった、ストレートに自己の心情を吐露しまくる生々しい歌詞から、もっとフィクショナブルな形をとったものへと、自身の作詞のスタイルが移行しつつあるということだった。実際に『アグリー・オルガン』はアルバムを中盤へと聴き進んでいくにつれ、そうした歌詞の変化を追えるような作品となっていたのだが、この変化は、ザ・グッド・ライフとしての創作作業にも確実に反映してきているようだ。 アルバム本編に収められた12の楽曲で歌い綴られる生々しいラヴアフェア――しかも破滅的なものばかり――の描写が、どれだけ本人の経験に基づいているものなのかは分からないが、そういったこととは関係なく、つまり現実のティム・ケイシャーという人間を離れて、曲ごとに綴られる一対のカップルの人生は普遍性を持ったドラマへと昇華されて描き切ってある。もちろん、その核にある感情は、彼自身の内側から出てきた虚偽の一切ないものであることには変わりなく、強いリアリティを持って我々に迫ってくる。つまりここにきて彼の書く歌は「現実として」のリアリティを超え、「表現として」超現実的なリアリティを獲得したのだ、と言っていいのではないだろうか。 特に“Inmates”は10分近くにわたって展開する大作だが、前作『Black out』に参加していたジハ・リーをゲスト・ヴォーカルにフィーチャーし、女性側の心情を歌い綴らせることで、恋愛沙汰の切り取り方に、さらに深みを持たせることに成功している。この曲の構成などは『アグリー・オルガン』での成果が確実に活かされ、伸ばされたものだと思う。 また、サウンド面に関しても、確実に進化が感じられる。これに関しては先行EP『Lovers Need Lawyers』の方が顕著で、軽快なポップ感をキラメかせる“Entertainer”や、アップテンポでパンクっぽいノリの“Friction!”などを最初に聴いた時には、実際かなり驚いてしまった(ちなみに歌詞の面で見ると、EPに収録された曲は、恋愛問題とは離れて自分自身の心情をストレートに叩き付けた、以前の路線に近いものも多く、アルバムとEPで見られるこの対比は興味深い)。 それに比べアルバム本編は、カーシヴでやってもおかしくないような“You're Not You”といった曲もありつつ、従来通りギター弾き語りを主軸に様々な楽器を絡めるアレンジメントを施すという基本線は、EPよりは遵守されているようにも思えるが、そのアレンジメントに関しては、やはり確実に変化が見られる。バンドとしてのまとまりが出てきたせいか、過去2作よりもずっとオーガニックな感触に仕上がっている印象を個人的には受けた。そして、そのアレンジの工夫が目立たないようでいて、非常にクオリティが高いのだ。基本部分はアカペラ独唱の小品である最終曲“Two Years This Month”で、面白いサウンド・コラージュをイントロにつけている部分だけを聴いても、そのセンスの良さは充分に実感できる。 ロック・アーティスト的な方向性でティムの資質が発揮されたのがカーシヴならば、シンガー・ソングライター的な方向性で才能が発揮されたのが、このグッド・ライフということになるのだろうが、いずれにせよ『アルバム・オブ・ザ・イヤー』は、ティム・ケイシャーが持つタレントの幅の広さと底の深さを改めて見せつける傑作であることは間違いない。 この夏、ザ・キュアーがアメリカ大陸を横断して行なう、まさに復活祭とでも言うべき大規模フェス=Curiosa(※90年代にアメリカのロックを支配したのはブラック・サバスだったが、00年代はキュアーということになりそうだ。現在のアメリカのインディー・バンドのほとんどがそうであるように、ティムもまたキュアーからの影響が少なくないことを公言している)に、カーシヴは堂々とセカンド・メイン格で参加を果たした。その後には(しばしカーシヴが休業に入ることもあり)本作『アルバム・オブ・ザ・イヤー』のリリースを受けて、ザ・グッド・ライフとしての活動はいっそう本格的に展開していくことになるだろう。そして、カーシヴの人気沸騰ぶりを考えれば、おそらくこのザ・グッド・ライフも確かな成功を収めることになるはずだ。もしかしたら年内に来日なんていう噂もあるので、なんとか実現してほしいと心から願っている(※10月の末から11月の頭にかけて彼らは初来日を果たし、東京のみだが計3回の公演が行なわれた)。 2004年7月 鈴木喜之 ※本稿は、国内盤アルバムのライナーノーツとして書かれた原稿に、一部手を加えたものです。
|